第七章 二の英雄
ソーサレイドには和風文化だけでは無く、西洋やアラブ系の文化も色々あります。出す機会が今のところありませんが…
「お~い、勇次く~んお茶~」
「……ほれ…」
「あ、そこの奴も取って」
「……ほらよ…」
「ありがと、ついでに肩揉んで…」
「いい加減にしろよこの野郎ッ!?」
地下牢に響くは二人目の勇者、勇次の心からの叫び。例の決闘から三日後、約束通り利道のパシリと化した勇次は同じ牢屋に入りながら良い様に使われていた…。
城の者達は決闘の結果とはいえ世界を救おうともせず、挙句の果てには勇次を下僕にした利道に対して良い感情を抱いてはいなかった。ただ実力は確かなものであり、上手くいけば自分達の戦力になってくれるかもしれないので、あまり強く物を言ってはこないのが現状である。
つまり、勇次のパシリ化を積極的に阻止する者は居なかったというわけだ…
「利道様~、ご飯お持ちしましたよ~」
我慢の限界を超えて全力抗議をしようとしたその時、いつもの様にヴァーディアが食事を届けに来てくれた。本当はこれも勇次にやらせようかと思ったのだが、彼女がやると言って聞かなかったので結局任せたままにしたのである。
「おや、ヴァーディア。そういえば、もう昼か…」
「そうですよ~。て、何してるんですか?」
「ん?何って、見ての通り御裁縫だけど…」
そう言って利道はヴァーディアに手に持った糸を通した針と、立派なロングコートになりかけている黒い布を見せた。コートにはどこから仕入れたのだろうか、やや控えめな、それでいて地味過ぎない程度に綺麗な金の装飾が施されていた。
「御裁縫って、利道様…その仕上がり、下手をすれば職人レベルですよ?」
「そうかな?ま、とにかくありがとう」
「……俺の存在は完全に無視か…」
「え?……あ…」
利道と同じ場所に居るにも関わらず、半ば放置状態にされている勇次がジト目で睨みながら呟いた。その呟きが耳に届いたのか、ヴァーディアは声のした方向へと顔を向け、その視界に勇次を捉えた。そして…
「なんだ、只の勇者様ですか。居るの気付けませんでしたよ。流石は勇者(笑)ですね」
「俺、君に嫌われることしたっけ!?」
思いっきり毒を吐いた…。これには流石の利道も目が点になってしまったが、彼女は相変わらず良い笑顔を浮かべている。
「冗談ですよ、本気にしないで下さい」
「……本当に冗談なのか…?」
「当然ですよ、あはは…」
―――目が全く笑ってなかった…
「しかし、本当にパシリやらされてるんですね…」
「あぁ…」
本当に冗談だったのか疑わしいところだったが、話を逸らすようにヴァーディアが別の話題を出した。それにより今の自分の現状を改めて思い出したせいか、勇次の雰囲気が幾分暗いものになる…。
「でも、貴方は半ば強要する形で利道様を死地に向かわせようとしたんですから、このぐらいで済んだのはむしろ良かった方でしょう…」
「良いわけ無いだろ!!」
ヴァーディアの言葉に勇次は憤りながら声を張り上げる。その剣幕に一瞬彼女は怯んだが、利道はそれを無視する様にしながら黙々とコートを仕立て上げていった。そんな利道に気付かないまま、勇次は言葉を続ける…
「こんな馬鹿な事をしてる間にも、冥界の軍勢に苦しめられてる人は大勢居るんだぞ!? それなのに俺は…」
元はといえば後先考えず条件付の決闘を持ちかけ、勝手に敗北した自分にも多少の非はある。けれど、それとこれとは別だ。自分がこの世界に召喚されたのは、大勢の苦しむ人間達を救うためだ。このような場所で油を売ってる場合では無い筈なのである。
「俺は…俺はこんな場所で、こんな馬鹿な真似をしてる暇は……!!」
「……本当にそう思うなら、一度確かめてくると良い…」
「え…?」
そんな時だった…徐に、利道が口を開いたのは。彼は視線を動かす手に向けたまま、突然のことに呆ける勇次に向かって言葉を紡ぎ続けた。
「今日の用事は既に終わったし、もう戻っても良いよ。その代わり、一度でいいから城の外に出ろ。そして、城の者以外の人間の言葉に耳を傾けてみるんだ。そうすれば、自ずと様々な可能性が見えてくる筈だ」
「様々な…可能性…?」
利道の言葉に何か思うところがあったのか、勇次は反射的に彼の言葉を復唱していた。そんな彼に利道は、最後まで一瞥もくれてやることは無かったが…
「そう、可能性だよ…とにかく、今日はお疲れ様。巫女さん達にもヨロシク」
「あ、あぁ…」
そう言って勇次は最早カギが掛かることのなくなった牢屋の扉を開き、利道の言った言葉を理解しようとするかの如く『可能性、か…』と呟き続けながら地下牢の外へと歩みを進めた…
「おい勇者~帰りに焼きそばパン買ってこいよ~~」
「アホかッ!!ていうか、やっぱりお前俺のこと嫌いなのか畜生ッ!?」
涙混じりの声で叫んだ後、勇次は走り去るようにして帰っていった。思わず表情が引き攣り、とうとう作業をやめて顔を上げる羽目になる。向けた視線の先には、本当に良い笑顔を浮かべたヴァーディアが…
「ヴァーディア…」
「すいません、一度で良いから言ってみたくて…」
実はドS?パシリの定義は全世界共通なの?ていうか、ここにも焼きそばパンあるの?など、色々と訊ねたいことはあったが、何か聞いてはいけない気がしたので、どうにかその言葉の数々を飲み込んだ。
そんな事を知ってか知らずか、ヴァーディアは逆に此方に対して質問してきた…。
「時に利道様、何故あのような事を…?」
「ん?さぁ、ね…」
あのような事…とは、城の外に出て人々の話を聞いてこい、と言った事だろう。城の者達のみ…つまり一箇所だけからの情報というものには、少なからず内容に偏りが生じるものだ。故に正しい選択をしたいのであればあらゆる立場の人物から話を聞き、それらを元に考えてから物事の決断をするべきなのだ。
それに、もしかしたらこれを機に彼が自分にとっての『世界の定義』とやらを確立することができるかもしれないのだ。どちらにせよ、自分にとっても彼にとっても損は無い話である。
「あ、いえ…パシリの件です。ちょっと巫女様にも聞いてくるように頼まれたので……」
「あぁ、そっちか…」
彼をパシリにしてから三日経ってしまったが、実を言うとこれは利道にとっても予想外だった。本当は一度だけ彼と接触できればそれで御の字だったのだ…
―――彼の背中に、盗聴器の役目を果たす術式を施すだけだったから…
今までの振る舞いが原因で自分は城の人間達に避けられる節があるが、勇次は違う。そんな彼になら城の人間達も色々と重要な話をしてくれる筈だ。そしてそれらの情報を手に入れた上で、とある別の手段で手に入れた勇次でさえ聞かされていない情報と照らし合わせ、物事を見定めるつもりだったのだ。
しかし律儀にも彼は、嫌がりながらもこの三日間欠かすことなくこの地下牢を訪ね、こちらの用事を伺いに来てるのだ。どうやら、はっきりと解任されるまでパシリを全うするつもりらしい。いくら自分から言い出した事が原因とはいえ、本当に変なとこで真面目な男である…。
てっきり初日でうんざりして来なくなるもんだと思っていた身としては、何だか複雑な気分にならざるを得なかった……折角なので『冒険禁止命令』を出し、ちゃっかりコキ使い続けてる自分が居るが…
利道はほんのちょっぴり後ろめたい気持ちになり、誤魔化す様にして新しい話題を振ることにした…
「ところで、君には二つ目の世界…『ソーサレイド』の話はどこまでしたっけ…?」
「利道様の師匠、『雨之宮天牙』様との出会いまでです」
「なんだ、まだそこまでしか話して無かったのか…」
言って思い出すのはかつての師匠…そして、自分にとって永遠の憧れ。おそらく、自分は死ぬまであの人の背中を追い続けるかもしれない。当の本人は『剣の腕も、それを振るう為の心も、お主はとっくに拙者を超えてるで御座るよ…』と言ってくれたが、そうは思わない。自分にとって『雨之宮天牙』という男は、それ程までに大きな存在なのである。
--―実際、あの人なら自分と同じ道を歩んでも、今の自分の様に心が折れることも無かったろうに…
「ソーサレイドがどんな世界なのかは教えたっけ?」
「えぇと確かニズラシアと同様、一度滅亡した世界だったんですよね…?」
「そうそう。だけどニズラシア一度目の滅亡は僕が召喚される1万年前、ソーサレイドはたったの10年前さ。そして、厳密に言うと滅亡したんじゃなくて“国境が消えた”だけなんだよね…」
10年前に起きた世界大戦により、ソーサレイドに数多く存在していた国々は悉く崩壊。世界中のあらゆる境界はその意味を無くし、皮肉にも世界の滅びが世界を一つにする結果を生んだ。
人々は街以上の規模を持つ集落は作らず、自給自足を中心とするその日暮らしを選択した。文明からの恩恵は限りなく減ってしまったが、同時に悩まなければいけないことも減った。
―――『国』という巨大な存在の運営
―――隣国との摩擦
―――諸外国との戦争
国境なるものが消えたため、元他国の者達との交流も楽になり、独特の文化と発展を世界にもたらした。交流を望む者同士だけが接触を、拒む者はそのままジッとしていればいいので大きな争いが発生することも無く、何より戦争によって世界が一度崩壊しかけたばかり故に進んで揉め事を起こそうなんて輩は殆ど居なかったのだ。その為ソーサレイドは世界崩壊から10年後、過去に類を見ない平和な時代を謳歌していたのだった…。
「とは言っても、やっぱりどの時代のどの世界にも、無法者ってのは居るもんでね……少しばかり治安が悪い地域もあったわけさ…」
全体と比べたら本当にごく僅かだが、少なからず盗賊家業で生計を立ててる者達も存在していた。そんな彼らは一切の躊躇なく無防備な村や街を襲っては略奪を繰り返していた。タチの悪い奴らはそれに殺戮が追加され、挙句の果てにはそれを楽しむ者も居る始末だ…。
「うわぁ…賊という存在は、全世界共通なんですかね……?」
「人というモノが存在する限り、そうだと思うよ。で、そんな輩から人々を守るために自分の腕を売り込む…つまり傭兵や用心棒みたいな真似をする人も多くいてさ、師匠もその内の一人だったのさ……」
基本的に傭兵や用心棒を名乗る者達の実力は十中八九確かなものばかりだったが、その中でも天牙の実力は群を抜いていた。にも関わらず雇われた際に要求する金額はごく僅かであり、場合によっては無償で人助けをする日もあったぐらいだ。その為彼は世界中の人間達に『英雄』と呼ばれ、千人の盗賊を一人で撃退した日を境に『大英雄』と称えられる様になったのである。
「千人を一人でっ、て…本当に人間なんですか、その人……?」
「人間だよ……多分…」
確かにあの人は人間である。だが、今までの記憶を掘り返すと正直言って自信が無くなる一方である。それでも彼は、ゆっくりと目を閉じながら当時の事を思い出し始めた…
◆◇◆◇◆◇◆◇
「よおぅし!!利道、次はそこの大木を斬るで御座る!!」
「はい!!」
―――太さ1メートルはあろうかという大木が倒れ…
「次はそこの巨大な岩で御座る!!」
「はい!!」
―――明らかに利道より巨大な岩が4つに分断され…
「そこの川を縦に割るで御座る!!」
「はい!!」
――-森を流れる川がどこかの神話を再現し…
「あの空に舞う入道雲ッ!!」
「まだ無理です!!」
---意思を持たない筈の空が、安堵の溜め息を吐いた気がした…
「ぬぬぅ…仕方あるまい、ならば拙者を斬れぃ!!」
「はーい!!」
「ぬおぅ!?一切の躊躇無しで御座るか!?」
天牙の弟子になってからメキメキとその実力を伸ばし、既に化物の領域に両足を突っ込み始めた利道は己の全力を持って師匠に斬りかかった。憎んでるわけでは無い、憎む筈が無い…そんな彼に全力で刀を振るうのは、彼に対して絶対的な信頼感を抱いているから。故に…
「ふんぬ!!」
「うわッ!?」
両腕に全力で力を込めた一撃を、片手持ちの剣であっさり弾き飛ばされる現実だって簡単に受け入れる。まだまだ自分は、師匠の相手にはなれそうに無いのは残念だが、この人の実力を考えたら当然の事である。
---少なくとも自分は、刃の一振りで海を割ったり、要塞を一刀両断なんて真似はできない…
「いやいや、恐るべき速度でその領域に近づいとるで御座るよ?少なくとも、次からは両手を使わないと危ないかもしれんしのう…」
「何か言いました…?」
「いんや、何でも無いで御座る……全く、師匠の威厳を保つのも大変で御座るな…」
実際まだ実力的には天牙の方が遥かに上なのだが、そう遠くない日にそれは覆るかもしれない。こんなにも人柄と才能に恵まれた良い弟子を送ってくれた太陽神には、心から感謝せざるを得ない。
「さて、とりあえず今日の稽古はここまで!!ご厄介になってる村に帰るで御座るよ!!」
「はい!!」
気付けば空は夕焼け。元気な声を二人して響かせ、意気揚々と修行の場に選んだ山奥から麓の村へと向かおうとした天牙と利道…。
「良い弟子を取ったな、雨之宮天牙…」
そんな二人の耳に届いたのは、ここらでは聞いたことの無い男の声。天牙が野太くも明るい声音であるのに対し、この男は幾分高いものであるにも関わらず暗くて不気味なものだった。師弟揃って後ろを振り向くと、そこには天牙と同じく侍風の姿をして刀を持った男が立っていた。
「お主……『白狼刀夜』、なのか……?」
「久しいな、友よ…」
---獰猛な獣を思わせる笑みを浮かべながら、かつての大国『大和連邦』の大剣豪はそう呟いた…