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第六章 二の剣

シシガミ・バングを知ってる人、どれだけ居るかな…



 ニズラシアから帰還して4年…あれは夢だったのでは?と思い込んでしまいそうな日もあったが、リーフ達と過ごした日々によって少なからず変わった自分は、そこそこ充実した毎日を送っていた。読書好きなのは相変わらずだが比較的社交的になり、自分から誰かと積極的に関わろうとするようになった。お陰で以前と違い、寂しく独りで居ることも少なくなった。


 それに、運動だって欠かさない。当時と比べたら雲泥の差だけど、少しでもあの時の自分に近づける様に体力を付ける努力をした。けれど…



―――何かが足りなかった…



―――何かが抜けていた…



―――何かが消えていた…


 

 本来ならば充分な程に満たされても良い筈なのに、その何かが分からないが故にどうも胸にモヤモヤしたもの渦巻いていた。そんな風に、何かに納得出来ないまま過ごしていたからなのだろうか…





―――二度目の異世界召喚を経験する羽目になったのは…





「ここは、何処…?」



 自分を異世界へと跳ばした魔方陣の中心に立ちながら、周囲をグルッと見回してみる。今度も人っ気の少ない森の中。しかしニズラシアの時とは違い、ここは白くて深い霧の中だった。酸素も心なしか薄いので、もしかすると自分は山岳地帯に居るのかもしれない。その証拠に、吹いてる風の流れに乱れを感じる…。



「ッ!?」



 そこまで考えたその時、いきなり自身の背後から人の気配が現れた。反射的に振り向くとそこには、編み笠に和服、さらには腰に刀という明らかに侍風な男が立っていた。



「な、何故この様な山奥に…それも、よりによってこの場所に子供が……?」



その男は此方と視線を合わすと、まるで驚いたかのように目を見開いた。男は暫く呆然とした後、考え込むような仕草を見せながら『まさか…』だの『いや、しかし…』だのブツブツと呟き始めた。やがて、『うむ、きっとただの迷子で御座ろう!!そうに違いない!!』と、一人で勝手に納得した様子を見せて自分に本格的に話しかけてきた。割と近くに居るにも関わらず、野太く、やたらデカイ声で…



「少年、御主は迷子で御座るな…!?」



「え…まぁ、自力で帰れないのは確かですが……」



「そうかそうか、やはりそうであったか!!ならば拙者が家まで送ってしんぜよう!!」



 悪い人では無い…むしろ良い人なのは確かなのだろうが、このおじさん暑苦しい。後、声がでかい。五感が比較的優れてる身としては、結構キツイものがある……。



「して、少年!!大雑把で良いから、自分が来た道なりなんなりを教えて御座らんか!?何処から来たかさえ分かれば、拙者がどうにかしてしんぜよう!!」



「何処から来たかですか?……強いて言うなら、ここです…」



 そう言って、足元に展開されたままの魔方陣を指差した。その瞬間、男の表情が引きつったまま固まってしまった…。



「もう一度だけ、言って欲しいで御座る…」



「ですから、ここです…」



 何か不味い事でも言ってしまったのかと不安になったが、二度目の質問にも素直に正直に答える。すると、男の雰囲気が一変した。心なしか凄く焦ってる様にも見えるが…



「……まさか、お主…異界から跳ばされてきた、とか言ったりせんよな…?」



「え…あ、その……ぶっちゃけ、そのまさかです…」



「ははは、やっぱりそうであったか……ふぅ…」



 一つの溜め息の後に訪れたのは、しばしの静寂。そして…










「マジで御座るかあああああああああああああああぁぁぁぁぁあああああぁぁぁあああああああぁぁあああああああああああああああああぁぁぁぁッ!!!?」



「ふぉわ!?」



 鼓膜が破れそうになる程の声量で発せられた叫びは、山中に木霊した。その雄たけびは眠っていた鳥や獣達を叩き起こす結果になり、さっきまで静寂そのものだった山岳地帯が途端に騒がしくなった。

 

 けれど目の前の男は、そんな事お構いなしと言わんばかりである。此方の両肩を掴み、思いっきり顔を近づけてきた。むさい雰囲気の割には意外と若い見た目だったが、大分近かったてめそんな事を意識する余裕は一切無かった…。



「と、ととと、という事は!!お主が拙者の弟子!?太陽神様が拙者の為に天界から送ってくれると約束して下さった拙者の弟子なので御座るか!?」



「え、弟子!?何の話ですか!?」



「何ということで御座るか!!男とは言え、このような子供ではいくら何でも無茶で御座ろう!!いや、しかし…!!」



「あの、ちょっと…!?」



「えぇい、成せば成る精神で御座る!!少年、とりあえずよろしく頼むで御座るよ!!」



「話聞いてえええぇぇ!!」




―――二つ目の世界、『ソーサレイド』。その世界で『大英雄』と称えられた男、『雨之宮天牙』との出会いは、こんな感じで何とも締まらないものだった…







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「……何で今あの時の事を思い出したんだろう…」



 理由は言わずもがな、自身の手に握られたこの剣と、それを振るうために用意されたこの舞台だろう。あの声がやたらデカくて、限りなくお節介焼きのお人好しで、心から尊敬できる己の師匠…。


 そんな人に教えてもらった様々なモノの一つに、『剣』があった。それは今の自分にとって掛け替えの無いモノの一つであり、今の自分を形作る要因の一つと言っても過言では無い。それを使うに値する『心』もしっかりと教えてもらったし、受け取った。


―――だからこそだ…だからこそ、どんな理由と状況であれ……




「悪いけど、負ける気は一切無いから」



「お…まえ……ふざ、けんな…!!」



 利道の宣告に、勇次は息も絶え絶えに返事を返すのがやっとだった。何とか立ってはいるものの、肩で息をし、両足はガクガクに震えている。決闘用に準備された剣は既に3本にまで減らされ、精神的にも大分追い詰められている様子だった。


 それとは対照的に利道は依然として余裕を見せており、剣はまだ一本も減っていなかった…。



「くっ…そおおおおおおおおおお!!」



「ほいッ」



「うあ!?」



 気合の雄叫びと共に再度勇次は利道に斬りかかるが、利道はこれまで通り微塵も動揺することなく剣を一閃し、勇次の剣を弾き飛ばした。これで勇次の剣は残り2本である。その残り少ない剣を即座に持ち、構える勇次だったがその表情はより一層険しくなっていた。


 『一人目の勇者は腑抜け』…巫女と神官達が言ったこの言葉を信じる者は、少なくともこの場所には一人も居なくなっていた。言った本人達でさえそうだ。自分達が支持する勇次が、腰抜けと揶揄した一人目に圧倒されるという目の前の光景を信じられない彼女らは今、誰よりも間抜けな表情を晒していた…



「時に勇次君……て、もうヘロヘロじゃないか…」



「うる、せぇよ……何…だよ…!!」



「あぁはいはい、分かった分かった……質問するけど君は、何でこの世界を救おうと思った…?」



「……はぁ…?」



 利道の問いかけに、勇次は心底不思議そうな顔を見せる。あまりに予想通りな反応に、思わず利道は頭を抱えたくなった。そして案の定、勇次の口からはこれまた予想通りの言葉出てきた…。



「そんなの決まってる…その為に呼ばれたからだ……!!」



「……へぇ…そうかい!!」



「なッ!?」



 先程から斬りかかっては弾き飛ばされ、斬りかかっては弾き飛ばされてを繰り返していた為か、逆に利道から来ることは無いと思い込んでいた勇次はあっさりと9本目の剣を吹っ飛ばされてしまった…。


 唖然とする勇次に剣の切っ先を向けながら、利道は再び口を開いた…



「次の質問だ…どうやって“この世界”を救うつもりだい?」



「どうやって、て…この国を脅かす『冥界の軍勢』を倒せば……」



「……“この国を脅かす”、ねぇ…」



 勇次の答えにどこか不満気な風を見せる利道だったが、すぐに剣を下げて自分の位置に戻っていく。一瞬だけ呆けてしまったが、勇次もすぐに最後の剣を取りながら自分の所定の位置へと戻る。そこで二人が再度にらみ合う形になった時、利道は感情を読み取れない複雑な表情を浮かべながら、最後の問いかけを勇次にしてきた…。



「じゃあ、最後の質問だ……君にとって『世界の定義』って、何…?」



「世界の定義?そんなもの……」




―――あれ?



 考えるまでも無い…と、自分は確かに言おうとした。けれども、上手く表現することができない。


 人?生物?国?自然?それとも……いや駄目だ、どれもしっくりこない…


言われなくとも理解している筈なのだが、どうしても言葉に出来ない……いや、それ以前に…



―――もしかして、俺って…



「考えるまでも無い事なんかじゃない…」



「え…な、お前ッ!?」



「考えたことも無かっただけだろう?……君は…!!」



「うおッ!?」



 気付いたときには剣を下段に構えた利道が目の前におり、その剣を振り上げるところだった。慌てて勇次も剣を振ろうとするが間に合わず、彼の剣はキィンという甲高い音を立てながら“縦”に両断されてしまった…。

 利道の問いに答えが出せなかった上に、決闘に完敗した勇次はその場に脱力してヘナヘナと崩れ落ちた。観客として見守っていたクリスティアも目の前の光景が信じられないようで口を両手で抑えた状態で固まっており、他の者達も似たようなものだ。視界の端に映り込んだヴァーディアだけは狂喜乱舞していたが…


 が、それらの事を意識の外に追いやり、利道は勇次のそばまで歩み寄っていった。そして、崩れ落ちた彼を見下ろせるところまで近寄り…



「ところでさ…」



「ッ…!!」



「僕が勝ったら何でも言うこと聴いてくれるって、言ったよね…?」



「……言った…」




 余程負けたことを認めたくないのか、物凄く低い声で返事をしてきた。しかし、言質はとった…




「じゃあさ、早速だけど…」










―――君、しばらく僕のパシリね




 この日、再び城に激震が走ったのは、言うまでもない…


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