第四章 一の終わり
利道のそれぞれの世界における別れと帰還は、後半で一気に纏めます。多分、その方が彼の心情の変化が伝えやすい気がするので…
先程まで衝撃と轟音が走り続いていた儀式場は、今はそれが嘘の様な静けさに包まれていた。音の発信源である3つの存在のうち二つは呆然としながら天を見上げ、一番巨大なもう一つは地に倒れ伏して動かなくなっていた…。
「これは…いったい…?」
「な、何なんだ…?」
突如出現した聖剣(仮)を片手に、利道は天井を見上げながら思わず呟いた。足元に居るリーフも同じ様な状態であり、さっきから二人して上手く言葉が出てこなかった…。
少しだけ時間を遡るとしよう…
謎の魔方陣から出現した聖剣(仮)を手にした利道はその見た目に戸惑ったものの、動きを止めていたドラゴンが再び動き出した事により自身も我に返った。しかし武器を手に入れたからと言って、自分があんな巨大な生物と戦えるなんて少しも思えなかった。故に彼は命がけな鬼ごっこの続きを始めようとしたのだが、またもや異変が起きた。しかも、今度は自分の身にである…
『斬れ』
『恐れるな』
『迷うな』
『躊躇うな』
『信じよ』
『さぁ』
『斬れ!!』
いきなり自分の頭の中に誰かの声が響いてきたのだ。まるで暗示でもかける様に、洗脳でもするかの様に、声は利道の頭の中で何度も何度も囁き続ける。それのせいで一瞬だけ意識が逸れてしまい…
気付いたら大口開けたドラゴンが目の前に迫っていた。
リーフが遠くで叫んでいたように思えたが、もう逃げるにしても避けるにしても間に合わない。だから彼は、潔く諦めることにした。ドラゴンから逃げることを、ドラゴンを避けることを……故に…
『斬れ!!』
---利道は、声に従うと云う選択をとった
目を瞑り、子供が持てる位に軽いその剣を彼は振るった。すると不思議なことに、剣など振るうどころか持ったことの無い筈の利道の体が勝手に動き出した。まるで何年も剣を振り続けた達人の様に、幾年もの時を剣のみで生きてきた猛者の様に……自分でも信じられない様な動きを彼はやってのけてみせた…。
暫くして、騒音響く儀式場に静寂が訪れたのを機会に目を開けて見ると、目の前には見事に切り伏せられ沈黙したドラゴンが横たわっていた。それを確認して緊張の糸が切れた利道はその場にへたり込み、そんな彼にリーフは駆け寄ってきた。が、またもや異変が起きた…
ドラゴンが出現した時と同様に、また儀式場が輝き出したのである。さっきの様なドラゴンが再び現れるのかと思った利道は震える体に鞭打って無理やり立ち上がり、これまた震える腕で剣を構えた。
---せめて、この世界で親友となったリーフは逃がしたい……自分がどうなっても…
年不相応な事を考えながら、彼は必死の思いで身構える。しかし、リーフもまた同じことを考えていたのだ。そして二人は同じ事を考え、同じ事を言おうとし、同じタイミングで口を開いた…
---故に、目の前に出現した光景に呆然としたのも同時だった…
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「な、何が出てきたんですか…!?」
食いつくように身を乗り出しながら、ヴァーディアは興味津々で利道に続きを促してきた。その際にまたもや鉄格子に額を強打し、地下牢に何とも痛そうな音を響かせながらその場に蹲ってしまった…。
そんな彼女の様子に思わず引きつった笑みを浮かべてしまうが、とりあえず彼女のご要望に応じることにして話の続きを語り始めた。
「歴史、真実、知識、文明…とにかく色々だね。儀式場を包み込んだ光は、やがて集まって一つの球体へと形を変えた。そして、薄暗い儀式場を照らすようにしながら天井の方へと昇っていき、あるものを映し出したんだ……」
天井ギリギリまで上昇していった光球はやがて静止し、輝きの質を変えて驚くべきものを映し出した。映し出されたのは鮮明な映像であり、利道とリーフはその規模に圧倒されて言葉を失った。だが、それが映し出した内容に対する驚きは今までの比では無かった……何せその映像は…
---1万年前の二ズラシアを支配していたのは、人類だったと云う事実を示していたのだから…
「映像が映し出したのは、今よりずっと進んだ文明を誇る都市の数々と、そこに住まう人間達。そして、彼らが滅ぶ直前にした事の内容…」
理由は分からないが、二ズラシアの人類は滅びの道を辿っていた。利道の世界よりずっと進んだ技術と文化を持っていたにも関わらず、それは避けられない運命だったようだ。だが、彼らもただでは諦めなかった。このままニズラシア唯一の知的生命体である人類が消え、古代の世界へと逆戻りすることが我慢ならなかった彼らは神をも恐れぬ所業へと手を染める…
---創ったのだ…今までの進化の積み重ねを全て否定した生命体と、それが繁栄できる環境を……
「リーフや皆の存在は自然の摂理を無視して造られ、創られたものだったのさ」
「そんな…ことが、本当に…?」
「あぁ、本当さ。それを示すかのように、知性を持った動物達が創られる映像も流れたよ…」
それだけでは無い。彼ら動物達が食料としているあの特殊な果実も、新しい命を誕生させるあの儀式場も、全て彼らニズラシアの人類が造り出したものだった。自分が戦ったドラゴンや手にした聖剣、さらには王城の地下に眠る例の儀式場もそうだったろう…
---そして、勇者召喚のシナリオさえも…
「食料の生産、さらには生命を誕生させる儀式場を管理するシステムがニズラシアの何処かに存在してたらしくてね、世界を包み込んだ黒雲は、それの負荷が形になったものだったのさ。」
世界の安定そのものを司る様なシステムだ、それが溜め込む負担は半端な物では無い。いずれ外部から少なからず手を加えなければ限界を迎えてしまう。だからこそ利道は呼ばれたのだろう……勇者として、第三者として、ガス抜きの役目として…
「今思えば、ニズラシアの人類は本当に意地が悪いと思えるね。世界が危機に陥る前に召喚させたのは僕がニズラシアに愛着を持つ時間を作るため、幼い勇者を選んだのは物事に余り疑問を抱かないから、自らと同じ人類を召喚させたのは…リーフ達が人類を憎む事を、少しでも軽くしたかったのかな?」
人類の我侭で神と自然の摂理に真正面から逆い、彼らという存在を産み出してしまったのだ。少なからず罪悪感を抱いていたのかもしれない。だから別世界とは云え人類である利道を召喚させ、人類の手で僅かでもその清算を行いたかったのだろう。
だから彼らはシステムのメンテナンスを可能にする儀式場…装置を造り、来るべき時に備えて勇者召喚のシナリオと全ての真実を告白する為のメッセージを作成した。1万年後に訪れるであろう、世界管理システムが異常をきたすその日に合わせて…
「…結局のとこ、それでも人類が積み上げてきた文明と文化を、簡単には廃れさす事を許容出来なかったみたいだけどね……」
ニズラシアの真実を示した光球は再度輝きの質を変化させ、またもや別のものを映し出した。映し出されたのはビッシリと書かれた数字と文字の数々と、何かしらの設計図やら図式であった。薄っすらと残った記憶を頼りに今考えてみると、あれはかつて繁栄したニズラシアの人類達の技術が詰め込まれたもの…所謂古代の遺産だったかもしれない。頭脳は普通の子供な勇者が見たところで意味は理解できず、技術を盗み出される心配が無いということも、幼い自分が呼ばれた理由だと今なら思える…
「ま、つまり僕はニズラシアの人類に良い様に使われたってことさ。リーフ達との日常は本当に楽しかったから、特に文句は無いけどね……むしろ、感謝してるかな…?」
「そんな事で納得して良いのですか…?」
「良いの。とにかく、人工ドラゴンを倒すことがスイッチになってた儀式場のシステムが作動して黒雲は浄化消滅。世界に光が戻り、僕とリーフは先人達の遺産を手に帰還。何か釈然としない部分もあるけど、僕も晴れて正真正銘の勇者になったのさ…」
全てはニズラシアの先人達が書いた脚本通りに踊っただけに過ぎず、自分は本当に世界を救ったのか自信が持てなかった…。
けれど、リーフがそんな自分に向かって『確かにそうかもしれない…けど、あのドラゴンから逃げなかったのは誰のものでもない利道の意思だろう?だったらお前は充分、勇者に値する男だよ。少なくとも、“あたし”はそう思うよ』と言ってくれた。自分にとっては、それだけで充分だった…。
「質問です」
「何かねワトソン君?」
「誰ですか、ワトソンって……それよりも!!狐のリーフって女の子だったんですか!?」
「あれ、言ってなかったっけ?……あぁ、言ってなかったね。でも、どうでも良いだろう?」
「いやいやいやいや!!恋話は!?恋愛は!?ラブコメは無かったんですか!?」
「……当時はっさ…じゃなくて、6歳の子供に何を期待しているんだい…?」
だが実際のところ、目の前でハイテンション状態のヴァーディアに教えるつもりは無いが、最後の別れ際に『利道!!あたしが“つがい”になりたいと思える位に良い男になれよ!!』と、リーフに言われてたりするのだが…。
果たしてアレは本気だったのだろうか?確か先人達の遺産に、彼ら動物達を人間の姿に変える技術が混ざっていたような……その時のこと、次に逢えたら是非とも訊ねたいところだ…。
---もっとも…それが出来ないからこそ自分は今この場所で、今のような無様を晒してるのだが……
「……さてと、言った通り大分端折ったけど、これでニズラシアでの話は終わり…」
「え、その後は何も無かったのですか…?」
「うん。ニズラシアから黒雲が消えて少し経って、すぐに別れの時間が来てね……リーフ達や皆に見送られながら、僕は自分の世界に帰った…」
『帰った』の部分を寂しそうに、切なそうにしながら語る利道にヴァーディアは違和感を覚えた。確かに長い時間を共にした者達と別れるのは辛いだろうが、どうも利道のどこか悲しげな表情から察するに、それだけでは無いような気がしたのだ。
それを確かめるべく、再び身を乗り出して利道に問いかけようとした。だが、そんな彼女を利道は手の平を翳して制止する。さらに、そのまま通路の北側…ヴァーディアがやって来た方にチラリと視線を飛ばし、深い溜め息吐いた。そして身体をほぐすかの様に、首を左右にコキコキと鳴らし始めるのだった…。
「と、利道様?さっきも突然に準備運動を始めてましたけど、どうかしたんですか…?」
「いや、ね…『一人目の勇者』なんて肩書きを持ってる時点で無関係で居るとか無理だよな~って、諦めただけだよ……」
「は…?」
言うや否や利道は立ち上がり、外の様子を伺い始めた。すると、ヴァーディアが歩いてきた通路…さっき利道が視線を飛ばした方向から誰かの会話が聴こえてくる…
「ほ、本当に御会いになるのですか…?」
「あぁ、勿論だよ。皆が困ってるのに一人だけ何もしないなんて、そんな無責任な真似が許される筈が無いんだ…!!」
会話は二名分、男と女が一人ずつ。女の方は随分と聞き覚えがある…多分、自分を召喚した巫女のものだろう。が、もう一人の男の声は初めて聴く……と、いうことは…
---ガチャンッ!!
「んなッーーー!?」
「ッ!?」
「な、何だ!?」
突如、中に居る人間を完全に閉じ込める筈の扉があっさりと開かれた。この牢獄は全て特殊な術式が施されており、どんな魔法を使っても鍵が無ければ開かない仕組みになっている。それこそ魔王を閉じ込めることさえ可能と言われるくらいに…
---にも拘らず、利道の牢屋の扉は開いた。それも自動的に開錠された状態で…
「そ、そんな!!城中の魔法使いがありったけの力を込めた術式が…!?」
「と、とと利道様?い、一体何をなさったので…?」
「ん~?……秘密、かな…?」
この世界の常識上、どんだけ有り得ない事が起きたか理解している巫女とヴァーディアの驚きっぷりは半端無かった。しかし、利道は返事もそこそこにのっそりと牢屋から通路へと出た。
まず最初に目に入ったのは、呆然としているヴァーディア。ポカンと口を空けながら此方を見つめている。そして通路の反対側へと視線を向けると、予想通り二人の男女が立っていた。いや、むしろ立ち尽くしていたと言う方が正しい…
ヴァーディア以上の間抜け面を晒しながら唖然としている巫女の隣に、二人と同様に此方を驚きの視線で見つめる男が居た。彼の見た目は、今の自分の肉体年齢とほぼ同じ…十代の半ばあたりだろう。髪の色は茶髪であり、身に纏っている黒装束は……自分と同じく“学ラン”だ…
そんな此方の視線に気付いたのだろう。彼は表情を引き締め、此方を睨むようにしながら見つめ返してきた。彼が視線に込めていたのは『憎悪』でも『嫉妬』でもなく、ただ単純な『批難』だった。どうやらさっき通路で巫女と会話していた時の言葉は本音のようだ…
---正直な話、彼の様な真面目君より、外道な屑の方が気が楽だった……だって、これじゃあ…
「やぁ、始めまして。僕の名前は『彼方利道』…君と同じ日本人で、君と同じ様にしてこの世界に呼ばれた、“ただの学生”だ。以後よろしく…」
---これまで通り、見捨てる事が出来ないじゃないか…
そう言って利道は、目の前に居る二人目の勇者に笑顔で手を差し出す。その彼の笑みに悲しみが混ざっていた事に気付けたのは、ヴァーディアだけだった…
次回、立てたフラグを回収