第三十二章 四の理念
「ふむ、中々センスあるね」
「それはどうも」
空白地帯にある森の一角で、利道は王国の騎士…アストに魔法を教わっていた。今の彼の手の平には、拳ほどの大きさの火、水、風、雷の塊がそれぞれクルクルと回っている。
このベルフィーアとう世界の魔法は、ゼルデに存在していた魔法よりも遥かに優れていた。特に個人で使える魔法に関しては圧倒的であり、魔力に何らかの属性を持たせて放つことしか出来ないゼルデの魔法と違い、ベルフィーアの魔法はとことん自由度が高い。いつだかのアストのように近辺一帯を氷河期に突入させたり、魔衛騎のように火の龍を生み出すことも出来る。この前なんて、身体をバラバラにしても平気でいられたり、影の中に潜り込んだりする魔法を見せて貰った。
ゼルデで魔法を習得し、ある程度魔法という存在に慣れた利道にとって、この世界の魔法がより一層御伽噺に出てくるようなぶっ飛んだ代物であると実感した。
「ところで、ここでの生活はもう慣れたかい?」
ふとアストがそんな事を尋ねてきた。ヴァンに強引な勧誘をされ、それに屈して空賊の仲間入りをしてからそれなりの日数が経っており、彼の親友でもあるアストとも交友関係を築き上げていた。今ではこの様に、暇な時間を使ってこの世界の魔法を教えて貰っている。
「最初は戸惑ったけど、今は満喫させて貰ってるよ。ただ…」
無論、自分がこの世界に呼ばれた原因でもある魔王を、彼らがあっさり倒してしまった事には唖然としてしまった。しかし、今となってはそれほど気にするような事でもない。世界にとって害を為す魔王が消えた事は喜んでも悲しむことは無いし、例えそれが原因で元の世界に帰れなくなろうとも、そこまで不自由な思いもしていないので、そこまで深刻になれそうもない。
おまけに無理やり誘われたとはいえ、空賊生活もそんなに悪いものでは無かった。というか、一応彼の仲間と言う事になったが、依然として空賊らしい仕事はしておらず、もっぱら空賊たちの取引先でもある空白地帯の村の護衛や用心棒ばかり任されていた。そのせいもあってか、利道の名前は空白地帯の住民にもそれなりに知られるようになっていた。しかし、それはさておき…
「死・に・な・さ・いッ!!」
「ちょ、待て死んじゃうぎゃああああぁぁぁ!?」
「……あの船長には慣れそうに無い…」
「アレはね、慣れるもんじゃない。諦めるのが一番だよ」
少し離れた所で、悪名高き空賊船長が、帝国のエース…フィノーラに殴り飛ばされていた。手加減無しでぶん殴られたヴァンは、凄まじい音を立てながら吹っ飛んでいく。その姿は、本当にこのベルフィーアで最も有名な悪党なのかと疑わざるを得なかった…
「君達は、どうしていつも彼と一緒に居るんだい? 特にフィノーラ…」
そんなヴァンとアスト達は、親友関係にあった。しかもヴァンは空賊、アストは王国の騎士、フィノーラは帝国の兵士と、彼らの立場はこの世界において、決して交わり合うはずの無い代物である。にも関わらず、彼らはこうして毎日のように空白地帯で顔を合わせ、交流を続けているのだ。
「う~ん…腐れ縁ってのもあるけど、やっぱり一番の理由は僕もフィノも、ヴァンの生き様に惹かれているからかな?」
「彼の生き様…?」
ちょっと前に聞かせて貰ったのだが、彼ら3人の出会いは偶然によるものだったそうだ。互いの立場は敵同士であったが、いざまともに会話してみれば意外と気が合う性格のようで、今でもこうして定期的に顔を合わせているとの事だ。それにアストとフィノーラに至っては恋仲にまで発展しており、現在は互いの国に悟られぬようにヒッソリと、命がけの遠距離恋愛を続けている位だ。
しかし、二人の仲がそこまで進展出来たのは、ヴァンの性格に影響された点が大きいと彼は言う。
「ヴァンは本当に欲張りで、我が侭な男だ。だけど同時に彼は、その欲望を叶える為になら、何処までも全力を尽くす…」
空賊であるヴァンは、アスト達と違って何ものにも縛られない。彼の行動理念の全ては、常に己の欲望を叶える事にある。その為になら彼は、どんな事だってするし、どんなモノとだって戦おうとする。例えその望みが、周りの人間から見れば小さな事であろうと、全身全霊を持ってして事に当たる。
そして何より彼は、自身の欲深さを自覚しており、その上で自分自身を誤魔化そうとしない。周りの人間に何と言われようが、決して彼は自分のサガを否定せず、自分の心に正直に生きている。
その生き方は、国と自身のしがらみが頭を過ぎり、どうしても最後の一歩が踏み出せないアスト達に、とても眩しいモノに映るのだ。
「綺麗事や建て前で本心を誤魔化さず、周囲からの視線も気にせず堂々と自分自身を貫く彼になら、この白黒の世界に“もう一つの色”を生み出してくれる気がするんだ…」
どこか嬉しげに、そして羨望の色を浮かべ、アストはそう呟いた。利道は『もう一つの色?』と尋ねようとしたが、その言葉は件の男の悲鳴により遮られた…
「ふんッ!!」
「ぐあああああ!? 助けてくれアストおおぉ!? お前の彼女に殺されるううぅぅ!?」
いったい何をしたのか、彼はフィノーラにロメロスペシャルをくらっていた。辺りにメキメキと痛そうな音を響かせ助けを求めるヴァンの姿は、先程アストが語った男とは思えなかった。本人曰く、ヴァンにとってフィノーラは『からかい甲斐のある妹』みたいな存在らしいが、どう見ても『ダメな兄貴が〆られている』ようにしか見えない。
「はいはい、分かったよ……んじゃ、ちょっと行ってくる…」
「いってらっしゃい」
半ば呆れ気味の表情で、アストは二人の仲裁に入るべく腰を上げて歩み出した。そんな彼の背中を見送りながら、利道はなんとも複雑な表情を浮かべてヴァンを見た。彼は依然として情けない声を出しながら、必死にもがいているところだった。
その姿を見ていると、やはり悪い奴には到底見えなかった。アストの話を何も考えずに聞いていると、ヴァンという人間は私利私欲の為に生きる最低最悪の人間にしか聞こえない。しかしどういう訳か、利道が今まで出会ってきた悪党とは、ヴァンは何かが根本的に違うとも思えた……いや、何だかんだ言ってその理由には見当がついている…
「……その原因は彼の性格にもあるだろうけど、やっぱり一番の理由は…」
徐に地面に寝そべって空を見上げ、呟かれた彼の小さな独白は、再度響き渡ったヴァンの悲鳴にかき消された…
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「以上が、ここ最近の主な出来事で御座います」
「分かった…御苦労、もう下がって良いぞ」
「御意」
シルバニア教総本山『ラティナ大聖堂』…王都の外れにて雄大に聳えるその建物は、このエイシェント王国に存在する建物の中では、王城の次に巨大で荘厳な建築物である。
そのラティナ大聖堂で最も広く、最も金が掛けられた部屋…『最高神官長室』にて、執務椅子に座っていた『ギルデロイ・エイブラム』最高神官長は、近況を報告しに来た部下が部屋から出て行ったことを確認すると同時に、深いため息を吐いた。
「どうしてこうなってしまったのだ…」
そう呟き、ギルデロイは先程よりも深い溜め息を吐いて俯いた。彼がこうなった原因は、先日決行された獣人族の粛清及び扇動作戦が失敗して以来、ギルデロイ率いるラティナ大聖堂の状況が日に日に悪化している事にある。
部下に亜人粛清計画が失敗した原因を問い詰めたところ、『女神の使いである白い巨人に邪魔された』等という意味の分からない答えが返ってきた。最初は件の指揮官が己の失態を誤魔化すため、適当な事を言っているのかと思い、一笑に付したが後になってそうも言ってられなくなってしまった。
獣人族に対する粛清が失敗した後も、ラティナ大聖堂はエルフ族、ドワーフ族、翼人族とあらゆる亜人達に対して粛清を試みた。ただでさえ冥軍の侵攻に伴い大半の戦士は前線へと駆り出され、自由に動かせる手駒は限られている。その数少ない兵力をやりくりし、無知で愚かな王族と巫女の目を必死に掻い潜りながらようやく実行に移したにも関わらず、粛清は悉く失敗したのだ。
「何が女神の使いだ…崇高なる我々の計画を阻むような者が、偉大なる女神シルバニアの使徒なわけ無かろうがッ!!」
その原因は、部下のデマカセと思われていた『白い巨人』だった。奴は差し向けた軍勢が向かう場所に必ず現れ、まるで亜人達を守るかの様に此方の粛清を邪魔してくるのである。
淡く白色に輝く巨体と怪しげな未知の力を武器に、正体不明なアイツは騎士達の剣だけでなく、心まで完全にへし折っていった。ただでさえ、何を血迷ったのか中途半端な信仰心を持つ若い信者達が、亜人に対する粛清に罪悪感を抱く等という事態が発生しているというのに、巨人の存在はその事態を更に悪化させかねなかった。
否、既に事態は悪化の一途を辿っている。例の巨人のせいで、決して少なく無い信者がラティナ大聖堂から去ってしまい、僅かに残った直轄の神官達の士気も異常な程に低かった。口にこそ出さないが、彼らも巨人の事を女神の使いと思い始めているのかもしれない。
そして気付けば、既に快く彼の意思に従う者は、殆どいなくなっていた…
「しかし、これもまた女神シルバニアより課せられた試練に違いない。こんな時こそ、我々の信仰心が試されるというもの…!!」
突っ伏していた執務机から勢いよく起き上り、ギルデロイは力強く拳を握る。
粛清は全て失敗し、配下の者達は次々と自分の元から去っていく。しかし、そんな状況に追いやられようとも、彼は一切諦めるつもりなど無かった。むしろ、この苦難の道が神からの試練だと思えば、逆に彼の意思はより強固なものに変わっていく。
―――全ては若き日より目指した、理想郷を実現させるため。その為になら、手段を選ぶつもりは無い…
「神よ、どうか見ていて下さい!! このギルデロイ、偉大なる貴方の教えに従い、必ずや世界に恒久的平和を…!!」
まるで自分に酔ったかの様に、何もない天井を見上げて声高に宣言するギルデロイ。自分を阻める者は居らず、己の野望が必ず成就すると信じて疑わない彼は、今にもその場で踊りだしそうだ。しかし…
「寝言は寝てから言おうか…?」
「ッ!? な、何者だ!?」
自分以外は誰も居ない筈のこの部屋から、薄らと聞き覚えのある声が響いた途端、彼は瞬時に現実へと引き戻される。そして、声のした方…部屋の入り口へと目を向けると、いつの間にか黒マントを身に着けた黒髪の少年が立っていた。その少年の姿を見たギルデロイは、一瞬で全身から血の気が引くかのような思いをした…
「ッ!?貴様、トシミチ・カナタか!?」
「どうもお久しぶりです、ギルデロイ最高神官長。お会いするのは、僕が召喚された日以来ですかね?」
優雅に一礼しながら、礼儀良く話しかけてくる一人目の勇者…利道を前にして、ギルデロイはギリギリと音を出しながら忌々しそうに歯軋りした。
利道をこの世界に招いた当初、冥軍に対する切り札として召喚したにも関わらず、あろうことか本人が戦いを嫌がるという事態に直面した。期待外れにも程があった為、すぐにでもその場で殺してやりたかったが、女神のお告げの事もあり、ひとまずは生かしておいたのだが、それが間違いだった。
腑抜けた根性を叩き直すべく、利道に決闘を申し込んだ二人目の勇者…勇次を圧倒的な実力差でねじ伏せ、おまけにその後下僕として扱うという始末。その出来事の後、何を吹き込まれたのか、自分にとって理想の勇者とも言えた大葉勇次は随分と変わってしまった。奴隷として売られる筈だったエルフの小娘を保護し、冥軍が現れた場所へと自発的に趣くようになったのはまだ良いが、此方が指示を出す前に自分で考え、自分で自分のやる事を探すようになったのが一番の痛手だ。その彼の様子は利道が行方を暗ました後も続き、いつの間にか自分の価値観を勇次に共感させる事が簡単には出来なくなり、それどころか疑いの目を向けてくるようになった。ギルデロイにとって最大の戦力となる筈だった二人目の勇者は今、一歩間違えば最大の脅威になりかねない、御伽噺に出てくるような本物の勇者に成ろうとしていた…
---この目の前の男が現れて以来、何もかもが狂いっぱなしだ…
そう思った途端、ギルデロイはある考えに辿り着いた。そしてこの状況、このタイミングで自分の目の前に現れた男の顔を…自分を嘲笑うかのような、見下すような視線を送る一人目の勇者の表情を見て、彼は全てを確信した。
「……そうか、最近の出来事は全て貴様が…!!」
「察しが良いね。流石は“エセ信者”の長…」
シルバニア教を信仰する者達の頂点に君臨する自分を“エセ”と称され激昂しかけたギルデロイだが、利道がいつの間にか間合いを詰め、目にも留まらぬ速さで曲刀を喉元に突きつけられ、罵倒の為に開きかけた口をやむを得ず閉じた。
全ての元凶を目の前にして腸が煮えくり返っているギルデロイに反して、依然として涼しい表情を見せる利道は、彼に代わって口を開いた。
「まぁ落ち着きなって、ちょっと簡単な取引をしようじゃないか…」
「悪魔に貸す耳など持たぬ!!」
「おやおや、コレを見ても言えますか?」
そう言って利道は、マントからある物を取り出した。それは一見するとバレーボールサイズの水晶玉なのだが、透明なガラス体の中で黒い煙のような物が蠢いており、時たま煙の隙間から赤い炎の様なものがチラついていた。まるで轟々と燃える炎を黒い煙が包み込み、それごとガラスの球体が全てを包み込んでいるといった感じである。
「ッ!?…あ…そ、それは……!?」
その怪しげな水晶玉を目にした瞬間、憮然とした態度を貫こうとしたギルデロイの様子が一瞬で変貌した。利道が部屋に現れた時とは比べ物にならない程に顔を青くし、身体は恐怖によるものなのかガタガタ震えだした。
彼のその様子を見た利道の表情は現れた時と同様に薄ら笑いを浮かべていたが、心なしか目だけは一層冷たいものになっていた…
「コレを持っているという事は、僕はコレが何処にあったのかも知っている…というのは、分かりますよね?」
「知らん…私は何も知らん!! そもそも、そんな怪しげな水晶が何だと言うのだ!?それが私に一体何の関係が…!?」
「はい、更にコレを追加」
明らかに何かを知っている様子だが、自分は何も知らないと言い張るギルデロイに、利道は追い討ちを仕掛けた。水晶玉と同じようにマントから何かを取り出し、それを無造作にギルデロイの目の前に放り投げた。乱暴に扱われたそれは、使い古され大分くたびれた一冊の…
「こ、れ…は…」
「言うまでも無いでしょう? 貴方の日記ですよ」
「読んだ…のか……?」
「えぇ、読みました。特に今年の序盤…“冥軍が出現する少し前の頃”は何度も、ね?」
「ッ!!」
その言葉を聞くや否や、ギルデロイは剣を突きつけられている事にも構わず、その場から逃げ出そうと立ち上がった。しかし、それを目の前の男が許すわけも無く…
「はい、妙な気は起こさないで下さいね~」
後頭部に何かの圧力が加わったと思った途端、ギルデロイの視界は顔面に激痛が走ると同時に真っ暗になっていた。どうやら利道に頭を掴まれ、そのまま執務机に叩き付けられたようだ…
痛みに呻き、必死にもがくギルデロイに冷めた視線を送り、先ほど放り投げた日記を開いた手で拾い上げ、それをポンポンと手で弄び始めながら再び口を開いた。
「実に予想外でしたよ。この日記に、まさかあんな事が書いてあるなんて…」
神官達が冥軍騒動に乗じて亜人の殲滅を目論んでいた事は、利道も把握していた。今回ギルデロイの元に現れたのは、その事に関して色々と問い詰め、場合によってはこの世から御退場願おうかとしたからである。だが、事のついでに情報収集を兼ねて彼の寝室を探った結果、思いもよらない収穫があった。
ギルデロイの日記…それには、彼が部下や仲間にすら明かしていない秘密が記されていたのである。その内容の重大さは、彼の様子が見事に物語っている…
「……よ、よせ…言うな、やめろ…!!」
「いや、本当に僕もビックリしましたよ? 異世界から勇者を召還をしなければならない程、この国が追い詰められた原因が……まさか、“貴方だった”とは…」
---日記に記された事実…それは、彼が冥界の軍勢をこの地に呼び込む切っ掛けを作った事だった……
「確かに冥軍は、この世界にとっては何よりも強大な存在ですよね……ちゃんと制御出来ればの話ですが…」
「だ、黙れ…!!」
ある日、古い文献を読み漁っていたギルデロイは、冥界の軍勢をこの世に呼び寄せる方法を見つけてしまった。かねてより亜人たちの存在を疎ましく思っていた彼は、この強力無比な軍隊を利用する事を一切躊躇わなかった。王国の最果てにある古代遺跡にて必要な準備を単身整え、彼は冥軍を召喚する為の儀式を執り行い、それを成功させてしまったのである。
しかし、ここで問題が発生した。呼んだは良いが、この最凶の軍隊は自分の指示に一切従おうとしなかったのである。それどころか、召喚された冥軍は狂った本能の赴くままに彼を殺そうとした位だ。結局、冥軍の制御は諦め、儀式に用いた水晶玉を手に死に物狂いで逃げ、何とか王都に逃げ帰ったのだ。
---この地へ冥軍を次々と呼び寄せる、冥界への扉を開いたまま…
「私は何も悪い事はしておらん!! 全ては、偉大なる女神シルバニアの意志の元に…」
「だから寝言は寝て言えっての」
「グッ!?」
この期に及んで開き直ろうとするギルデロイの顔面が、再度机に叩きつけられる。そのままメキメキと音を立てながら力を篭められ、声にならない悲鳴を彼は上げた。
しかし、苦しむ彼を余所に、利道は淡々と言葉を紡ぐ…
「どんな理由にせよ、冥軍のせいで世界に被害が出ているのは事実。その責任を取るどころか、逆に規模を大きくしようとするなんて論外だ」
一言喋る事に利道の腕に力が篭められ、その度にギルデロイの頭からメキリという音が響く…
「そもそも、正しいと思っているのなら、どうしてこの日記に記された内容を、君は隠す? 全ての人間にとまではいかなくても、せめて自分の腹心位には明かせるんじゃない?」
「だ、黙れッ!!」
ついに堪え切れなかったのか、ギルデロイは強引に利道の腕を払いのけた。利道は別に力負けしたわけではなく、彼の言い分を一応は聞こうと思っただけのようで、肩を怒らせ自分を睨むギルデロイを静かに見つめた…
「貴様に何が分かる!? 異世界から呼ばれた余所者如きに、我々の崇高なる神の意志が!! 亜人など…奴ら下等種族など、我々の世界にとって邪魔にしかならん!! この世界は女神シルバニアの御意志の元、正しく導かれなければならん!! その為にも、世界の大半を所持している亜人共を根絶やしにせねばならんのだ!!」
そして、同時に激しく落胆した。感情の篭め方と、目に宿った光からして、今の言葉が彼の本音であり、彼の全てなのだと、利道は察する事が出来てしまった。
---くだらない、実にくだらない…
---中途半端な信念、中途半端な使命感…
---その想いが、感情が、何処から来ているモノなのか、自分自身で理解できていない…
---否、本当は分かっているのだ。分かっているが、認められないのだ…
---自分で自分が間違っていると薄々感じてはいるが、それを受け入れることが出来ないのだ…
---受け入れる事が出来ず、自分を無理やり正当化する事によって今を保っているだけ…
ベルフィーアで出会ったあの空族とは…『ヴァン・リーガロッド』と比べたら、この男など取るに足らない小悪党だ。自分のやった事に自信も誇りも持てず、コソコソとするしか能の無い、卑怯者だ。
あの男は、自分の欲望の為になら何だってした。あの男は自分の親の墓の為に軍隊と戦い、自分の快楽の為に異世界人を仲間に誘い……自分と友が、本当の意味で笑い合える世界を創る為に、世界を滅ぼした…
「私にはまだ、成し遂げるべき事があるのだ!! このような場所で、私は…!!」
「……もう、喋らなくて良いよ…」
「ッ!?」
まだ喚いていたギルデロイの言葉を遮り、彼の胸倉を掴んで宙吊り状態にする。利道の急な行動と、彼の空気が酷く冷たいものになったことに恐怖し、ギルデロイは何も言葉を発せなくなった。
「そんなに自分の考えに自信があるのなら、チャンスをあげるよ…」
「な、何を…」
戸惑うギルデロイを余所に、部屋の扉が乱暴に開かれた。それと同時に、部屋の外から大聖堂の衛兵が10人程、ゾロゾロとなだれ込んできた。ギルデロイは一瞬、彼らが自分の事を助けに来たのかと思ってホッとしたが、それは勘違いであるとすぐに気付かされる羽目になる。
「んなッ!?」
「動くな、逆賊め!!」
---部屋に入ってきた全ての衛兵が、ギルデロイに剣を突き付けたのだ…
「な、何をする貴様ら!? 何故この私に剣を向ける!?」
「お前だから剣を向けているのだ、ギルデロイ最高神官長……いや、王国を危機に陥れ、女神シルバニアの名を汚した大罪人が…!!」
その言葉に、ギルデロイは凍りついた。視線を衛兵達から利道に向けなおすと、彼は最初に見せた冷たい笑みを再び浮かべていた。
「ま、まさか…」
「あ、うん。さっきの僕達の会話全部、彼らに筒抜けだったから…」
全てを暴露されてしまった事を悟り、ギルデロイはただただ、呆然とするしかなかった。利道は、そんな彼を一瞥したあと、衛兵達の方へと突き飛ばした。
ギルデロイはすぐさま我に返り、抵抗を試みたが、全ての元凶を前にして怒りに震える彼らを前には全て無駄だった。籠手を装着した拳を手加減抜きで数発くらい、あっと言う間に取り押さえられてしまった…
「と、言うわけで…」
「ッ…!?」
衛兵に抑え付けられ、グッタリするギルデロイに顔を近付けて、そっと彼に話し掛ける利道…
「さっき僕に語った、君の信じているという神の教えと理想…そして、その為に君が何をしたのかを王国中の人々に、全て包み隠さず伝えてみようか」
「……は…?」
「もしも君の理念が正しいのであれば、例え監獄に送られようとも王国の人々が君の助命を願ってくれるさ。だって君は、偉大な女神シルバニアの教えを元に、正しい行いをしただけなのだから…」
「ま、待て…待ってくれ!! そんな事をされたら、私はッ…!!」
「まぁ、もっとも…」
自分が辿ろうとしている末路に気付き、ギルデロイは必死になって利道に救いを求めた。しかし、実質の命乞いである彼のそれに対し、利道が浮かべた表情は…
「君を助けようとする人間より、君を殺そうとする人間の方が、遥かに多いと思うけどね……」
---どこまでも残酷で、悪魔のような冷たい笑みだった…
四の世界での話は、あと二回程で終了し、それが終わったら五の世界及び冥軍決戦編を開始したいと思います。




