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第三十章 四の悪質な彼


「ま、大まかな背景はこんな感じだ。何か質問あるか…?」



 簡潔に、それでいて大切な部分はキッチリと含まれた、この世界に関する説明を終えたヴァン。彼の言う通りであるならば、この世界は微妙な状況にあると言える。情勢が常に不安定であるのは確かだが、本格的な戦争が起こっている訳でも無い。それぞれが保有する自身の力の恐ろしさが枷となり、終末を招きかねない全面戦争を躊躇わせているのだ。それでも尚、世界から争いの火種が消える兆しが見られないのがタマに傷という奴だろうが…

 自分の世界にも冷戦時代はあったが、当時の人達は随分と神経をすり減らす毎日を送っていたと聞く。半世紀も続かなかった冷戦でそうなのだから、そんな情勢が五百年も続いているこの世界の人達は一体、どんな想いを抱いて生きているのだろうか。特に、五百年前の戦いで一度更地になり、長い時間を掛けて復興したと言う…



「この場所は…空白地帯って言うのは、実質どんな扱いなんだい?」



 かつてこの土地には、帝国や王国以外にも多数の国家が存在していたと言う。その殆どが例の戦いにより跡形もなく消滅するか、二大国家に吸収されてしまったが、辛うじて無事だった土地や、戦火に巻き込まれぬよう遠くの地へと離れた民は事なきを得たそうだ。しかし、いざ戦いが終わって戻ってみれば彼らの故郷は無くなっており、今まで通りの生活を送る事は、当然ながら不可能な話だった。そして、五百年経過した現在、復興したと言われるこの土地に、国と呼べるものは一つも残ってないらしいのだが、どうなっているのだろうか…?



「亜人や少数民族の国で埋め尽くされていたのは昔の話、今は精々、その末裔たちが作った集落や村が点々と存在しているだけ。下手したら、帝国と王国が作った前線基地の方が多いかもしれねぇ…」


「それは、つまり…」


「世界統一の土台にして、世界唯一の戦場ってとこだ。素晴らしいもんだろ? 戦争続けてる本人達の国そのものが戦火に巻き込まれる事は、殆ど無いからな…」



 復興を完了させたとは言え、大陸中央部に存在していた国が再建される事は無かった。自分の国以外は世界統一の邪魔にしかならないので、あの二大国家がそれを自ら望む訳が無かったのである。それどころかこれ幸いとばかりに軍の施設を次々と建設し、あろうことか彼らの土地を半ば強引に奪い、自分たちの領土にしてしまった。そして今はその拠点の数々を主な戦力とし、睨み合いと小競り合いを繰り返して領土の奪い合いを続けているそうだ。

 国を持たなくなった亜人達や少数民族に、この二大国家の暴挙に抗う力は既に残っていなかった。この五百年もの間、大きな行動を起こす事も出来ず、世界唯一の戦場とも言える場所に成り果てた、中央部の片隅でヒッソリと暮らしているそうだ。

 そんな彼らに対し、最初こそはある程度の敬意や、彼らの国々を滅ぼしてしまった罪悪感を抱いていた両国だが、五百年もこの状況が続けば人の認識は変わってしまうものだ。いつの間にか『イトリア無法地帯』と呼ばれるようになったこの場所を『世界唯一の戦場』と定め、やがて国を持たない彼らを見下すようになってしまった。



「ま…この御時勢、住んでる場所に問わず大抵の奴は、それなりに上手くやってるけど……」


「え?」


「おっと、何でもない。それより、気は変わったか…?」


「いや、この世界の事はだいたい分かったけど……今の話のどこにその要素が…?」



 為になる話ではあったが、自分が彼の仲間…空賊になる理由となりそうな部分は無かった。帝国と王国を放置出来ないのは確かだろう。その為に王国か帝国属するかもしれないし、ゼルデの時のように流浪の旅をするかもしれない。故に選択の候補の一つに入るかもしれないが、別に空賊に固執する必要もない。そもそも、まだ肝心である空賊についての説明がまだである…



「要素? 必要ねーよ、そんなもん…」


「……は…?」


「とにかく、最後にもう一度だけ勧誘しよう…俺と一緒に空賊をや……」


「やなこった」



 もう最後まで言わす気は無かった。彼の言葉を遮り、これ以上話すことは無いと言わんばかりに背を向け、利道は登っていた木から飛び降りて歩き始めた。それを追うようにしてヴァンが飛び降り、あからさまに残念そうな声を出しながら口を開いた。



「あ~ぁ、最後まで断られちまったか。しょうがねぇ、約束通り勧誘は諦めるよ……勧誘・・は諦めて…」





―――脅迫・・させて頂こうか…





「……ッ!?」




 穏やかでは無い言葉が聞こえた途端、不穏な空気を感じた利道は周囲に意識を向ける。すると遠くの方から凄まじい勢いで、随分と身に覚えのある気配が迫ってくるのが分かった。しかもその気配は一つや二つでは無く、30は確実に超えている。そして段々と気配だけではなく、不本意ながら音も届いてきた…



「見つけたぞ!! 異世界人だ!!」


「今度は絶対に逃がすなよ!!」


「第一、第二小隊は西に回り込め!! 包囲するぞ!!」



 明らかに心当たりのある気配と声を聴き、利道は反射的にヴァンを睨み付けた。すると案の定彼は、してやったりと言いたげな、恐ろしくムカつく笑みを浮かべていた。



「……まさか、君が…!?」


「おぅよ、俺がチクった。本当なら格好つけて『従わなければ殺す』とか言ってみたかったけど、お前強いんだもん。勝負挑んだら、俺は絶対に負ける自身があるッ!!」



 情けない事を力強く言いながらケラケラ笑う彼を、思わず本気の殺意を籠めて睨み付けた。『絶対に負ける』と、いったいどの口が抜かすのだろうか?時代の基準が違うとはいえ、魔王を討伐した上に、現在進行形で向けている自分の殺気を笑いながら受け流しておいて、よく言えたものだ…

 しかし、それよりも今は、この場をどうにかするのが先決である。今も近辺を探り続けているのだが、自分を目指して迫ってくる気配は増えつつあるのだ。このまま完全に囲まれ、さっきと同じ様な連中とまたやり合うのだけは勘弁して貰いたい。だが逃げる前に、こんな状況を作ってくれた迷惑な空賊に、一撃入れていく位は許されるだろう。そう思い、利道が夜羽に手を掛け抜き放とうとした時、再びヴァンが口を開いた。



「……さて、そろそろ俺も逃げるか…」



 何故か顔を青くし、この元凶である空賊はそう言った。自分を脅すために兵士達を呼んだのは彼自身であるにも関わらず、当の本人が狼狽しているという不可解な状況に、利道は困惑して思わず動きを止めてしまった。するとその時、先行していた数人の兵士達が二人の数十メートル前まで辿り着き、武器を此方に向けてきた。機械的な鎧を身に纏っているところから考えるに、帝国の兵士達のようだ…



「見つけたぞ、さっきの異世界人だ!!」


「おい、ちょっと待て。異世界人の隣に居るのって……リーガロッドじゃないか…?」


「リーガロッドって、あの『蒼風』の? 幾つもの帝国の艦船を沈め、盗んだと言われる…」



 彼らは二つ三つ言葉を交わし、ゆっくりと顔を見合わせ頷き合い、またゆっくりと顔を此方に向けた。心なしか、彼らの殺気が一段と濃いものになった気がする。それを彼も感じたのか、ヴァンはさっきと打って変わって引き攣った笑みを浮かべ後、一瞬で回れ右して走り出した。その途端…



「あ、待ちやがれ蒼風ッ!!」


「逃がすなブチ殺せえええぇぇぇ!!」


「異世界人共々簀巻きにしてくれるッ!!」




―――尋常じゃない殺気と怒気を放ち始めた彼らを見て、利道は思わず逃げ出した…




「何で君まで追いかけられてるんだよ!?」


「そりゃ俺が空賊だから!! 因みに、チクリは匿名でやった!!」



 この世界においてもトップクラスの身体能力を駆使し、二人は並んで森を全力で駆け抜けた。それを追うようにして、後ろから弾丸と罵声が飛んでくる…



「捕まえろ!! 手柄を立てるぞ!!」


「待ちやがれ、金返せクソ野郎めッ!!」


「うちの親父の酒場の支払い踏み倒した恨み、ここでブツけてくれるわぁ!!」


「俺たちのアイドル…じゃなくて、将軍の娘さんに手ぇ出したってのは本当かケダモノぉ!?」 




―――何か、隣で走ってる奴が『最悪』ではなく、『最低』の人間に思えてきた… 




「おい、何だその目は!?」


「別に…ていうか、何がしたいのさ君は!?」



 相手を脅すために呼んだ兵隊に、自分も追いかけられるという訳の分からない男。ただ表情から察するに、逃げるのに必死なのは本当のようである…



「何度も言うが俺の仲間になれ!! そうすりゃ今の状況を何とかしてやるし、今後も何かと面倒を見てやる!! それでも嫌だって言うなら、首を縦に振るまで何度もお前の居場所を軍に教えるぞ!! 言っとくが空白地帯は俺達の庭みたいなもんだ、お前の居場所なんてすぐに分かるからなッ!!」


「その度に君も一緒に追いかけられてもか!?」


「残念だったな、俺はこう言う状況に関してはベテランだ!! 例え一個師団に追われようが逃げ切ってみせうおおおおおおおぉぉぉぉ!?」



 ヴァンが喋っている最中、怪しく光る閃光が飛んできて彼の頭スレスレを通り過ぎた。彼に当たり損ねた閃光はそのまま木に衝突し、爆発して周囲を吹き飛ばした。その光景にゾッとしながらも、魔力の気配を感じた事により王国軍の兵士まで来ている事まで分かってしまった…



「あ、危ねぇ!!…おい、気は変わったか!?」


「気が変わるも何も僕は…!!」



 空賊の仲間になる気は無い…利道は、そう言うつもりだった。しかし……



「クソ、なんて逃げ足の速さだ…!!」


「報告通り、やはり百人では足らなかったのでは?」


「馬鹿者、これで逃がしたら上層部は倍の戦力を投入しかねんぞ!? 既にたった一人の人間の為に貴重な予算をドブに捨てているのだ!! これ以上国に無駄金を使わせるんじゃない!!」



 その言葉が聞こえたその時、走りながら利道は暫く葛藤した後、鬼気迫る表情でヴァンの方に顔を向けた。そして散々躊躇った後、ついに…



「空賊勧誘の話、受けるよ畜生ッ…!!」


「よっしゃ歓迎するぜ相棒!! 早速、最初の仕事だ……逃げる為に囮になってくれ…!!」




―――反射的に依頼主の足を蹴って転ばして囮にしたけど、それに関しては反省しても後悔はしてない…





◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「で、その後なんとか二人で逃げ切って、正式に彼の仲間入りを果たしちゃったという訳…」


「それはまた、独特な誘い方ですね…」


「……その一言で済ませて良いのかしら…」



 空賊ヴァン・リーガロッドとの出会いを話し終えた時のヴァーディアとミレイナの表情は、何とも複雑なものだった。ヴァンの事を語った自分自身、彼の言動や人柄を思い出す度に、微妙な気分になる。

 彼の印象を一言で表すなら、『何でもやる男』という言葉がピッタシだ。先程の話に出てきた地味な所業だけではなく、違法取引や盗難及び略奪行為、傭兵や用心棒の真似事までしていた。もっとも、利道自身は傭兵と用心棒、後は軽い雑用以外の仕事は任されなかったが…



「ていうか結局、利道様は空賊をやったのですか?」


「ま、そうなるね。けれど何だかんだ言って、あの世界の空賊…特に、ヴァンの空賊はちょっと他の世界の盗賊とは違ってね……」



 そもそもベルフィーアの空賊は、二大国家からの脱走兵と空白地帯の住人達を中心に結成されている。一部の過激派を除き、その大半が空白地帯の集落や村を相手に商売をしたり、他の地域同士による交易の橋渡し役を担う事を主な生業としていた。資金集めの為二大国家の要塞や艦船を襲ったりもするが、大国も空白地帯の集落に対して似たような事をしているので、その点に関してはお相子と言える。

 おまけに帝国と王国にも、彼らを利用する者が少なく無かった。大国故に一枚岩になりきれず、国内の派閥争いや、秘密裏に空白地帯の住民と交流を持ちたい者は、ほぼ必ず空賊の手を借りるのだ。

 その事もあって王国も帝国も、一応は彼らの犯罪行為を取り締まってはいたが、本腰を入れて大規模な空賊の一斉検挙や討伐を行った事は無かった。空白地帯の住人に至っては尚更だ…



「その事実があろうが無かろうが、どのみち空賊の仲間入りは避けられなかったと思うけどね……主に脅しのせいで…」


「あ、あはは…」



 心底疲れた雰囲気で呟いた利道に、ミレイナは乾いた笑みを浮かべるしか無かった。これ以上話を続けたら、何やら地雷を踏みそうでしょうがない気がしたのだ…



「それで、彼曰く愉快な空賊ライフは満喫出来たのですか…?」


「……ふッ…」



―――その地雷を平気で踏み抜くのが、彼女ヴァーディアが彼女たる由縁なのだろう…



「あれ、利道様? どうかしました? 何だか利道様の周りだけ一段と暗いような…」


「な、何でもないよ……ただ、また長くなるから、続きは明日ね…」



 利道がそう言った途端、急にヴァーディアを眠気が襲った。あまりやらない野宿で疲れた上に、既にかなり遅い時間帯になっている。ミレイナに至っては既に横になり、スヤスヤと寝息を立てながら熟睡していた。こうなるのも仕方ないの事かもしれないが…



「それにしたって…急過ぎるような……」


「はいはい、無理せず今日は寝なさい。おやすみ~」


「……あ…」



 ついに我慢出来ず、心地よい眠気に誘われた彼女は瞼を閉じて横になった。それを見届けた利道は魔法・・を中断し、彼女達が完全に眠ったのを確認した彼は立ち上がる…



「……ミレイナはともかく、何で君はすぐに寝ないのかな…」



 苦笑を浮かべながら、思わずポツリとそう漏らす。二人を帰らすのは諦めたが、これからやる事に同行させる気は微塵も無い。色々と手は打ってあるし、あまり時間は掛からないと思うが、わざわざ人に見せる様な代物でもない。それに今からやろうとしている事をヴァーディアに見せてしまった場合、彼女の野次馬根性に拍車が掛かるのは確実だ…



「とにかく二人とも、そのまま良い夢を……そして…」



 彼女らに優しげな笑みを浮かべた彼は顔を上げ、とある方向へと視線を向けた。すると人一倍鋭い彼の五感が、幾度も自身を救った本能が、ここから遥か遠くに離れた場所に、“彼ら”が予想通りの規模とペースで迫っている事を告げた。その“彼ら”が何なのかミレイナ達が知った場合、彼女たちは一瞬にしてパニック状態に陥るだろう。だが利道は逆に、この状況を歓迎しているかのようだった。その証拠に…




「神官長直属兵士千名様、悪夢へようこそ…♪」



 間もなく森の入り口に辿り着こうとしている千人の軍勢が居る方角に、彼は真っ黒な笑みを浮かべた…



次回は七つ目の世界で再び利道無双を…

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