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第二十二章 黒を滅する黒

実質の第二部スタートです。年内に完結……出来るかなぁ…(遠い目)


「お願い、誰か…誰か……!!」



 王都からずっと離れた土地に、どこまでも続く深い森林地帯がある。そこに人間と言う種族は殆ど存在しておらず、その代わりに様々な『亜人』が住みついていた。



―――精霊と心を通わすことが出来る『エルフ』



―――獣たちの一部を持つ『獣人』



―――尖った角と異常な怪力を誇る『鬼』



 多種多様な容姿と特徴を持つ彼らは人間たちとはまた違った文明と歴史を持っており、それぞれ国を持っていた。これまで人間と亜人達は何度も大規模な衝突を繰り返していたが、今ではすっかり沈静化しており国境近くでは極少数ながら異種間の交流もある。もっとも、その異種間交流とは人身売買などの悪い面も含めてなのだが…


 しかし、基本的に両者の国は互いの事…特にまつりごとに関しては不干渉を原則としている。下手に口を出し、また大きな戦に発展するという展開はどちらも望んでいないからだ…


 だから国境に近いとは言え、この亜人達の縄張りとも言える『悠久の深森』に人間たち…ましてや兵士や軍隊が居るなどということは有り得ないと考えて良いだろう……



「誰か、助けて…!!」



 なのに、なのにどうして自分はこんな目に遭っているのだろう?…獣人猫又族であるその少女は、生まれ持った猫さながらの身体能力で深い森の中を必死に走り続けていた。体力も既に底を尽きそうだが。それを理由に止まるわけにはいかない。


 三角型の耳は己に迫る死の音を捕らえ続け、体は尻尾の先端まで震えている。数刻前に遭遇してしまったそいつらの気配は、今も尚消える気配は無い…



『グオオオオオオオオオォォォォ!!』



「ッ!?」



 背後から聴こえたのは、身の毛がよだつ様な不気味な雄叫び。恐怖故に走っている最中は絶対に後ろを振り向かなかった彼女だったが、その時ばかりは思わず後ろを振り返ってしまった。そして同時に、心からその事を後悔した…

 

 人間を遥かに凌ぐ速度で走り続けたにも関わらず、自分が出遭ってしまったそいつらは未だに自分の事を追いかけ続けていた。しかも、全力で走ったにも関わらず少しも奴らとの距離は最初の時と殆ど変っていなかったのである…



「……何なの…何なのよアンタ達は…!?」



―――彼女の後方からは、全身から黒い瘴気を放つ“黒い鎧騎士”達が迫っていた…



 野草や果物を探して森の中を散策していた最中、彼女はそいつらと出遭ってしまった。大人達に何度も危険だと教えられ、絶対に関わるな警告された、騎士甲冑に身を包んだ人間の兵士達に…


 突然の遭遇により、身を隠すことさえ叶わなかった。此方と目があった黒騎士の一人が剣を抜いた瞬間、彼女は一目散に逃げ出した。いくら屈強な兵士とはいえ所詮は人間、亜人の中でも特に瞬発力が優れているとされる猫又の自分なら確実に逃げ切れる。そう思い、彼女は自分が出しうる力の全てを使って奴らから逃げるべく走り出した…



―――その思いが脆くも崩れ去ったのは、逃げ出してから10分経った辺りだろうか…



 もう大丈夫だろうと思ったその時、自分の耳は確実に自分の元へと近づいてくる、奴らの足音を正確に捉えていた。それも、亜人でさえとっくにバテる様な距離を走ったにも関わらずだ…


 どんなに走っても、奴らの足音と気配はなくならない。挙句の果てには人間とは思えない化け物の様な雄叫びを聴かされる始末。今の彼女には絶望しか感じなかった…


 そして、さらなる絶望が彼女を襲う…



「ッ、きゃあ!?」



 背後に意識を向けたせいか、足を躓かせてしまったのだ。全力で走って互いの距離が変わらなかったというのに、転んで止まったりなどしたらどうなるか……そんなの、考えるまでもない…



『オオオオオオオオァァアアアアァァ!!』



「い、いや…来ないで!!」



 改めて見ても信じられないような速度で奴らはあっと言う間に距離を詰め、自分の元へと迫りくる。逃げようと体を起こそうとするも、打ち所が悪かったのかすぐに立ち上がる事が出来ない。


 どんどん大きくなる恐怖の気配に耐えきれず、彼女は思わず目を背けた。それは殆ど諦めに近いものだったが、彼女を襲った絶望と恐怖がそれ以外をさせなかったのだ…


 やがて走馬灯を見る暇さえなく目を閉じた彼女は、全てを意識の外に追い出した。黒い化け物に対する恐怖も、生に対する執着も、あんまりな終わり方に対する悲しみも…何もかも。今はただ目を閉じる瞬間に見てしまった、黒騎士が振り上げた剣が自分に振り下ろされる瞬間から目を背けたたかった…


 そして自分に迫る死を伝え続けていた自分の耳は、最後までしっかりとその音を捉え続けた…





―――ヒュオッ!!




 自分を殺すべく振り下ろされた、鈍く光り輝く剣が風を切る音と…










「おっと、そこまでだよ」





 そして、優しげな少年の声だった。その声の口調は彼女に何処か無機質なモノを感じさせたが、同時に言いようのない安心感を与えた。その感覚を信じ、彼女は目をそっと開けてみた。すると最初に目に入って来たのは、自分の事をさっきまで追いかけ続けていた黒騎士だ。近くで見て改めて思ったが、やはりこの黒騎士は何かがおかしい。鎧のあらゆる隙間から黒い瘴気の様なものを漂わせ、兜から覘く瞳は紅く光輝いていた。


―――やはり、こいつは人間では無い…


 そして黒騎士は案の定、転んで動けなかった自分に向かって剣を振り下ろしていた。全身は黒ずくめの癖にやたら白く煌めいていたその剣は今も尚、どうにか振り下ろされようとしているのか当たる寸前でプルプルと震えている…




―――もっとも、横から伸びた誰かの手がしっかりとそれを掴んでおり、それ以上動かせなかったが…




 剣を掴んだ手の主の方を見てみると、そこには黒騎士に負けず劣らず真っ黒な恰好をした少年が立っていた。その自分と大して年の変わらなそうな少年は、旅人が使うものとは少し違う黒いコートを纏っており、腰にはサーベルに似た曲刀を携えている。やがて、その少年は再び口を開いた…




「ふぅん…実物は初めて見たけど、これが『冥界の軍勢』か……」



「ッ!!」



 『冥界の軍勢』…それは、最近になって世界に出現した謎の集団である。基本的に人間たちの王国を目指して進軍しているようであり、他の亜人の国には目もくれずまっしぐらだそうだ。しかしその為に邪魔なものは迂回などせず片っ端から蹂躙する習性を持っており、奴らの進路上に存在していた他の集落や村が踏みつぶされるように壊滅したという話も幾つか聴いた。


 まさか、目の前に居るコイツラが…




「体力は殆ど無限な上に、技量は一般的な兵士を軽く凌駕しているね。成程、これは確かに厄介だ…」



『ッ!!』



 彼らが勇者に縋りたくなるの納得だ…そう呟いた瞬間、彼は剣を掴んでいた手に力を込めた。すると、さっきまで彼女をあの世に送ろうとしていた剣はパキンッ!!と音を立てながらあっさり折れた。それに黒騎士は一瞬だけ怯んだ様子を見せたが、すぐに折れた剣を捨てて彼に掴みかかろうとした… 



「おぉ、早い早い…」



『グオオオオオオオォォォォッ!!』



「でも遅い」



『オオオォォォッ……!?』



 キィン…という甲高い音が響いたと思った瞬間、彼は“全く動いてない”にも関わらず黒騎士は縦に真っ二つになった。それと同時に黒騎士の目から紅い光が消え、身体から漂わせていた瘴気も止まる。そして、ガランガランと耳障りな音を立てながら地面に崩れ落ちた……しかし…



「え…?」



「……あれま、やっぱり噂通り…」





―――崩れた鎧の中身は、完全に空っぽだった…





「冥界の軍勢は黄泉の国からやってきた亡霊たち、か……本当みたいだね…」



「な、なん…!?」



 人間の鎧を纏ったこの化け物達が、実体を持たない何かという現実を見せつけられたにも関わらず、少年は殆ど動揺していなかった。それに反して獣人の少女は連続で遭遇した非現実的な出来事に混乱しかけていたが、命が助かったことを認識した途端に思い出したくない現実を思い出してしまった…


 人間の鎧を纏ったこの化け物達…そう、化け物“達”だ……



「さてと、そろそろ…」



「ちょ、ちょっと待って!!まだ他にもアイツと同じのが…!!」



「ん、それってアレのこと…?」



「アレ、って?……ッ!?」




 言葉と共に指された彼の指を追って視線を移した瞬間、彼女は戦慄した。人間の遥か上を行く獣人に勝る身体能力を持ち、一流の兵士に匹敵する技量を持っている黒の集団。理不尽を体現したようなそいつらは全員で10人、確かに居た…



―――無数の光輝く魔法の刃で、一人残らず森の木々に磔にされた状態でだが…




「……うそ…」



「…やっぱり全員、中身は無さそうだね。それじゃ遠慮なく……燃えよ…」




 気に磔にされた黒騎士たちは何とか拘束を振りほどこうともがき、うなり続けていたが長くは続かなかった。彼がそう唱えるや否や、奴らに刺さっていた光刃が勢いよく燃え始め、そのまま黒騎士達は炎に包まれていく。その最中何度も騎士達はあの不気味な雄叫びを上げ続けていたが、やがて一人目の騎士の様にガランガランと鎧が崩れる音を最後に静かになった…




「……あの魂の質、やっぱりあの世から引き摺り出された物か。もう一回殺せばあの世に帰ってくれるみたいだけど、条件によっては無限ループになるなぁ…」



 

 この場に居た全ての黒騎士が消滅したことを確認した途端、彼はブツブツと何やら呟いていた。僅かに聴こえた言葉の中に随分と気になる単語があったかもしれないが、今はそれ以上に…



「やっぱり、彼らを冥界から呼び出してる何かをどうにかしないと泥沼だな……どうしよ…」



「あ、あの…」



「うん?…あぁ、ごめん。怪我は無い?」



「だ、大丈夫…あの、助けてくれてありがとう」



「どういたしまして…」


 

 そう言って彼は優しく微笑んだ。心なしかその微笑は、とても同じような年齢とは思えない随分と大人びたモノだった。それに一瞬だけ見惚れそうになったがすぐに気を取り直し、彼女は言葉を続けた…



「そう……あの、助けて貰っといて厚かましいことこの上無いかもしれないんだけど…」



「うん?」



「……私を村まで送ってくれない?お礼はそれなりにするから…」  



「あ~確かに他にもアレと似た様なのが居るかもしれないしねぇ…」



 

 今回は幸運にも、目の前の少年に助けても貰ったが次はどうか分からない。図々しいかもしれないが、彼女が頼み込むのも無理はない話だ。そして幸いにも、彼はそれを断るような性格をしてなかった…



「よし、分かった。引き受けるよ」



「本当!?ありがとう!!」



 思わず抱きついてしまった。しかし、年頃の女の子に突然抱きつかれたら普通はそれなりに動揺したりしそうなものだが、彼の場合…



「コラコラ、女の子が簡単に見知らぬ男に抱きついたりしちゃいけないよ…?」



「え?……ッ!!」



苦笑を浮かべながら、爺さんが子供を諭すような口調で注意するだけだった…


 見た目が自分と変わらない相手に子供扱いされた事もアレだが、確かにその通りでもある。どっちかっていうと、彼女はあまり異性に免疫が無い。なので…



「あわわわわッ!?」



 思いっきり狼狽えて彼から離れた…


「ご、ごめん!!」



「気にしない、気にしない。むしろ謝られると逆に悲しくなってきた…」



「……え、えっと…」



 自爆した上に気まずい雰囲気にしてしまった…この空気をどうにかするべく、彼女は話題を変えることにした。



「えっと…あ、そうだ!!名前!!」



「ん…?」



「名前、教えて!!私は『ミレイナ』よ、貴方は…?」



 この場を誤魔化す意味合いが殆どだが、命の恩人の名前はちゃんと知っておきたいのも本音だ。そして目の前の彼は、ミレイナのその言葉にあまり間を空けずに応えた。








「『彼方利道』…じゃないや、こっちじゃ逆だ。僕の名前は『トシミチ・カナタ』だよ」



「トシミチ?変わった名前ね…」



「自覚はあるさ。とにかく、よろしくねミレイナ」




 この時ミレイナは知る由もなかった……自分の選択が、巡り巡って世界の命運を左右していた事を…



彼は色々と枯れてます…

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