第十五章 三の狂気
あぁ…まだ三つ目の世界しか書いてない……四つ目は省略できるけど、五つ目がなぁ…
---人を殺したことがある。
ソーサレイドで師匠と旅をしていた頃、野盗に襲撃されている最中の村に遭遇した時だ。
賊の類とは何度も出くわしており、その度に退けてきたのだが、その時はまだ命を奪うまではしなかった。その事に関して誰も口を出して来なかったし、自分自身も相手の命を奪おうとまでは思わなかった。彼ら盗賊は非力な者達を武器で脅しながら財を奪おうとするが、命まで奪う奴は殆ど居なかったからだ。
---だが、その時は違った…
今まで出会った奴らは手段を選んで無いとは言え、誰もが生きるために身を堕としていた。中には家族や身内を養うためにこの道を選んだ者も居た。それを知っていたからこそ、師匠は賊を退けても殺そうとしない自分に対して何も言わなかったし、襲われた村人達でさえ彼ら盗賊を憎むと同時に憐れみもした。
方法や立場は違うが結局、自分達が生きるために、他者には不幸になってもらう。それは村を襲わねば生活出来ない盗賊達にとっても、そんな盗賊達に飢え死にして貰わねば平穏を迎えれない村人達にとっても同じだ。
だから彼らは皆、互いが互いに全力で抗い、それでいて両者とも相手に罪悪感を覚える…ソーサレイドに生きる殆どの者が、そんな奇妙な心情を抱いていた。そして、一時的にとは言えそこで生きた利道とて同じだ。
だからこそ許せなかった…そいつらを見た瞬間、頭の中が真っ白になり、ただ激しく猛り狂う己の感情の赴くままに身体が動いた。
剣を持った腕を
兜を被った頭を
鎧に包まれた身体を
視界に映った自分を狂気に誘うその全てを斬り捨てるまで、自分は破壊の嵐と化した。そして、その利道により助けられ、同時にその光景を目撃した村人達は口を揃えてこう語った…
---あれは魔人だ、と…
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おい、そっちに行ったぞ!!」
「回り込め!!」
「一匹も逃がすなよ!!」
---自分はいったい、何をしているのだろうか…?
「不浄がぁ!!死ねぇ!!」
「はっはっは、見ろ!!殺してやったぞ!!」
---この世界…ゼルデを救う。その為に彼らと共に飛び立ち、戦いの元凶を滅ぼしに来た…
「我らに歯向かうからだ、下等生物がッ!!」
「貴様らは大人しく、地べたを這いずり回っていればいいのだ!!」
---だが、コレは……コレは本当に、そうなのか…?
「利道様、どうかなさいましたか?もしや、御具合でも…」
「……。」
騎士団の一人が声を掛けてきたが、彼は答えない…否、答えれない。利道はただ、目の前の光景を凝視しながら立ち尽くすことしか出来なかったのだ。
「利道様…?」
「……。」
利道は聖騎士団に随伴し、翼を羽ばたかせながら件の集落へと降り立った。その集落に目を凝らしてみると、ゼルデットの民が『不浄の輩』と呼ぶ者達が確かに居た。鬼の角が生えた人間の様な見た目をしている彼らは、未だ此方に気付いた様子も無くせっせと畑仕事をいていた。
そのやけに平和的な光景に疑問を抱いた瞬間、信じられない光景を目にする羽目になった。
警告も名乗りも無しに、いきなり聖騎士団が魔法を集落に撃ち込んだのだ。
それと同時に戦闘は開始され、辺りには戦い特有の喧騒と騒音に包まれた。彼らの行動に驚き、利道はしばし呆然としてしまったがすぐに気を取り直して剣を構え、自分も役目を果たすべく戦場へと躍り込もうとする。
ところが、その戦場で利道の目に映った光景は、耳にした音の数々は…
「あッはははははは!!」
「やれぇ!!皆殺しにしろぉ!!」
---狂ったように嗤いながら、破壊の限りを尽くす聖騎士団と…
「やめろぉ!!」
「女子供は早く逃げろ!!戦える奴は武器を取れ!!」
「畜生!!またゼルデットの奴ら…」
---それに必死で抗う『不浄の輩』と呼ばれる者達。そして…
「ははははは!!死ね死ね死ね死ねぇ!!」
「ぐあああああああああああああッ!!」
「潰れろ、害虫…!!」
「やめてくれ!!やめ…うあああああああああああ!?」
「一匹残らず滅ぼせ!!神聖なるゼルデットの御名において、地上を浄化せよ!!」
「頼む!!家族だけは…家族だけは見逃してやってくれ!!」
---どこまでも広がる殺戮劇と、その場に乗じて次々と命を奪い、そして奪われる者達…
「利道様、本当に大丈夫ですか?何なら、今日のところは帰りますか…?」
「……。」
「御覧の通り、奴ら不浄共は文字通り虫の息。奴らが如何なる数を持ってして地上に蔓延り、“天空都市が生まれる前から存在”していようが所詮は下等種族。神の加護を受け、聖戦に身を費やす我らの敵では御座いません。」
---これが、聖戦…?
「きっと貴方の役目はこのような小さい集落を浄化する事では無く、もっと大きな不浄…そうですな、例えば奴らの首都や本拠地など、我々には出来ないもっと大きな物を相手にして貰う事なのでしょう。そうでもなければ、世界を救うという大役は任されないものです」
---これが、世界の救済…?
「ですから利道様、どこか気分が優れないのでしたら言って下さい。この様な害虫共の巣に長居する必要は、今はまだありませんので…」
---こんな奴らを救うことが、世界を救うことになるのか…?
胸の内に沸々と湧き上がる久しい感覚により、無意識に拳を握る力を強くしたその時、利道の耳に何かが届いた。勢い良くそちらの方を振り向くとそこには、利道達から少し離れた場所で子供を腕に抱えた女の『不浄の輩』が足を挫いたのか蹲っており、それに向かって聖騎士団の一人が剣をスラリと抜きながらゆっくりと迫る光景が映った。
その時、利道の脳裏にとある記憶が甦った…
『おい、ソイツを抑えとけ。死ぬまでに刀が何本刺さるか試すんだからよぉ…!!』
『ははは!!バラバラにしちまえ!!』
『殺せ殺せぇ!!一人残らず殺しちまえぇ!!』
『てめぇらは人間なんかじゃねぇよ、豚だ。俺達の食い扶持になる家畜だ!!』
『ぎゃあぎゃあ喚くんじゃねぇよ!!黙って死ね!!』
あぁ…次々と甦る。あの時の記憶が、あの時の光景が、あの時の言葉が……。
理由も、理屈も、倫理も、道徳も…その時は何もかも忘れ、爆発した感情に身を任せ、ただひたすらに刃を振るい、根絶やしにした。いつもなら賊側には賊側の、村人には村人側の事情を考えて動ける筈なのに、あの時は一切そんな事は出来なかった。
ただ許せなかった
ただ抑えれなかった
人を傷つけることを、人を殺すことを当然の様に楽しむアイツらを
自分に殺される間際まで、己が殺される理由を理解してなかったアイツラを
そんな奴らの行いを見て、今回の様にただ呆然として立ち尽くす利道を動かしたのは、奴らによって命を奪われそうになっていた一人の村人の、たった一つの言葉だった…
「助けてッ!!」
子供を抱えた女性が叫んだのと同時に、それを見て嘲笑を浮かべた聖騎士は剣を振り上げた…。
そして
ゼルデッドの救世主は天空都市の聖騎士団に、その牙を向けた。
次回、利道は自分にとっての『世界の定義』について悩み抜いて貰います。




