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第十四章 三の空と大地

首が痛ぇ…



「利道様、そろそろお時間で御座います」



「あぁ、分かった」



 

 天空都市に一際大きく、そして荘厳さを誇る大神殿。そこの隅にひっそりと存在する庭園で、利道は貰った聖剣で素振りを続けていた。ソーサレイドから自分の世界に帰ってからも出来る範囲で鍛錬は続けていたので、かつての勘は順調に取り戻しつつあった。その様子を見守る神官達の視線も、召喚当時と比べて尊敬や畏怖の眼差しが増えた気もする。


 現在、自分の世話役を担当してくれてるこの『ラーゼ』もその一人ある。召喚された当日、神からの力を授かった利道が魔法よりも、彼ら天空都市の住人にとっては当たり前に生えてる白い翼を気に入った事に面食らっていた。その事もあって彼に対して腫れ物を扱うような態度を取っていたのだが、今は普通に接してくれる。

 



「いよいよ初陣ですが、緊張とかしてらっしゃいますか…?」



「大丈夫、これでも慣れてるつもりだよ…」



 

 今回の世界『ゼルデ』は現在、戦争の真っ只中だという。大地に溢れる世界の恵みは天空都市ゼルデットに生きる彼らにとっても必要不可欠なものである。だがそれと同時に、地上には『不浄の輩』が蔓延っていた。


 資源を手に入れようと地上に降りたゼルデットの人々と、地上に住まう『不浄の輩』達は尽く争う事になり、戦いは激化の一途を辿る事になった。そして今ではゼルデット以外に幾つも存在する全ての天空都市を巻き込み、世界は天空と大地の二つに分かれての戦争状態になっているのだ。


 これまで訪れた世界は戦争が既に終わっており、その後始末の様な役割を任されるべく送られてきた……どっちにせよ、命懸けだったが…。そして今回は初めて本物の戦争とやらを経験する事になる。けれど、よく考えたら結局自分のやる事はいつもと変わらない。ただ世界を救うべく倒すべき者を倒し、守るべき者を守れば良い。



「頼もしい限りです。貴方ならきっと、地上の完全なる浄化を果たせるでしょう。最初から最後まで真に勝手なのは重々承知しておりますが、敢えて言わせて頂きます……御武運を…」



「はい」



「利道殿!!ここに居られましたか!!」



 ふと空を見上げると、翼を生やした騎士甲冑の集団が宙を舞っていた。彼らはゼルデットの聖騎士団であり、この都市の精鋭部隊である。西洋風の剣やら盾やら槍やらで身を固めた彼らは、これから地上に住む『不浄の輩』に対して打撃を与えるべく出撃するのだ。そして利道も今からこれに加わり、彼らと共に地上へと向かうのである。


 その一団のリーダー格である隊長が翼を羽ばたかせながら利道達の前に舞い降り、綺麗に着地してみせた。その動作は終始優雅であり、惹かれるものさえあった…。



「出陣の時間で御座います!!お迎えに上がりました!!」



「ありがとう御座います」



「では、行きましょう利道様!!我らと共に世界を救いに参りましょうぞ!!」



 

 その言葉と同時に彼は降りてきた時と同じように翼を羽ばたかせ、空に舞い上がった。それを追いかけるようにして、彼らと同じ騎士甲冑を纏った利道は聖剣を携え、自身に生えた“純白の翼”を羽ばたかせて空へと飛び立った…。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆






「はふぅ~……フッカフカですぅ…」



「何してんのヴァーディア…」



 ベッドに腰掛け、暗い地下牢で自分の“漆黒の翼”を撫でながら当時を語っていた利道。ところが途中からヴァーディアの何かが限界を向かえ、彼にボディアタックを食らわせてきた。突然のことでありながらも、利道は軽く横にずれて回避して見せた。しかし、それと同時に背中の翼に違和感が…


---振り向いたら、ヴァーディアが利道の翼を抱きしめるようにしながら顔を摺り寄せていた…


 もの凄く恍惚とした表情を浮かべながら、彼女は利道の翼に顔を擦り付けてくる。この黒翼…並の攻撃なら軽く弾くほど丈夫なくせに触り心地が良く、何度か包まって布団代わりにしたことがあったくらいである。その心地よさを彼女は一目見ただけで察していたようで、遂に欲求が理性を凌駕したみたいだ…


 まぁ、嫌われるよりは良いか。別に迷惑でもないし、好きにさせても構わないだろう…









「あああぁぁ…利道様の香りがしますぅ……じゅるり…」






---前言撤回…




「勇次君、パス」



「え?って、うおッ!?」

 

 

「あ~れ~~」

 


 即座にヴァーディアを引き剥がし、即効で彼女を勇次に向かって放り投げる。今朝のこともあり、ヴァーディアに対する扱いはこのぐらいで丁度良いということがよく分かった。実際、投げられた彼女は未だにトリップ状態であり、口から涎が少々…



「失敬な!!これは涎などでは無く、溢れ出した私の愛です!!」 



「馬鹿言ってないでさっさと拭け!!俺の服に掛かりそうだからッ!!」



「うわッ、汚い!!」



「お前がなッ!!」



 もう色々とツッコミたい所があったが、もう見ないフリをしても構わないだろうか?それにしても、何だかんだで仲良いなこの二人。これに加え巫女さんと亜人の子も居ることだし、彼はハーレムを作ろうと思えば作れるのでは…



「おい、何かえらく不快な気分になったんだが…」



「気のせいだよ。さて、そろそろ続きを話そうか…?」



「ちょっと待って下さい利道様、先に一つ訊きたいことが…」



 話を続けようとしたその時、ヴァーディアが口を挟んできた。因みに、涎も拭いて表情も元通りの状態である。



「ん、何かな…?」



「さらりと流しましたが貴方のその翼って、最初は白かったんですか…?」



「……その事については後で教えるよ…」



 本当に抜けてるんだか鋭いんだか分からない子だ……あるいはその両方か…。



「天空都市の人々が生きる場所は、如何なる存在の手も届かない遥かなる大空。僕たちが天国だの天界だの神聖な場所を空に思い浮かべたように、ゼルデの人間たちも同じ様な考え方を持っていたよ…」



 どんな存在よりも高く、神に近い場所に生きるゼルデットの民。その事を誇りに思い、常にそれに見合うだけの振る舞いを身に着けながら長い歴史を刻んできた。まさにゼルデきっての聖なる存在、この世界で唯一の神の使途と呼ぶに相応しい存在。大地に溢れる恵みの力も借りて、ゼルデットの民達は栄華を極めていった。


 ところが、その大地の恵みを手に入れることが困難になる事態が発生した。『不浄の輩』と呼ばれる者達の存在である。彼らは突如、いつもの様に大地へと降り立ち資源や食料の取りに来たゼルデットの民達に襲い掛かり、皆殺しにしたのである。


 それ以降、ゼルデットの民達は大地に住む『不浄の輩』に対して警戒し、資源回収役である降下部隊につける護衛を大幅に増員した。ところがそれに合わせるようにして『不浄の輩』達も戦力を増強し、戦いの規模は段々と大きくなっていったのである。そして気づいた頃には、天空に住むゼルデットの民と大地に生きる不浄の輩達の全面戦争に陥っていたわけだ…。


 ゼルデに召喚された利道は、その事を神官達に耳にタコが出来そうなほど聞かされた…



「許せねぇな、その不浄の輩達ってのは…」



「勇次様…?」



「……。」



 話が一区切りした途端、勇次が憤るようにして呟いた。どうやら世界を戦争に巻き込んだ不浄の輩と呼ばれていた彼らに対して怒りを覚えた様だ。


 そして、その彼の様子を利道はただただ静かに見つめていた。ヴァーディアはともかく勇次はその様子に気付かず、彼は言葉を続ける。おまけに、次第に彼の口調は激しいものになっていった…

  


「だって普通に考えてそうだろ!!そいつらがゼルデットの人達を殺したりなんかしなければ、世界は平和なままだったんだろう!?それなのに…」



「確かに彼らが牙を向くような真似をしなかったら、戦争は起きずに平和だったろう……少なくとも…」






---ゼルデットの民達だけにとっては、ね…





 利道の囁く様にして、それでいて耳に良く響く様に発せられたその声は、憤慨する勇次を反射的に黙らせた。口調こそ穏やかなものだったが、その内に秘められた何かは勇次の本能に直接語りかけてきた。




---『それ以上喋るな』と…




 決闘で惨敗し、しかもヴァーディアの話を信じるならば、当時の利道は微塵も本気を出していなかったという認めがたい事実。それらの記憶が、勇次を有無も言わせずに静かにさせ、その場に正座させて話を聞く体制を取らせた。それを確認した利道はため息を一つ零し、頭を掻きながら口を開いた…




「全く……君を見てると、当時の自分を見ているみたいで腹が立つよ…」



「え、今何て言った…?」



「何でもない。えぇっと…あぁそうだ、初陣の時の話か。あの後、僕は騎士団の奴らと一緒に地上へと向かい、不浄の輩と呼ばれる者達の集落を襲撃したんだ。」



 遥か上空に聳える天空都市から飛び立ち、風に乗りながら目的地へと飛翔する。人類が一度は夢見る大空を舞い、利道はこれ以上に無い感激と高揚感を抱いた。戦場に向かう身としては不謹慎だったかもしれないが、どうしてもそう思ってしまう……否、嫌な事を全て忘れることが出来たのだ…。


 この感動を教えてくれたゼルデ…今回も、自分が持たないモノを与えてくれたこの世界の為に命を懸けて見せよう。そう思う事が出来た……







---不浄の輩の集落に辿り着き、この世界の戦闘を初めて目撃した、その時までは…






「……ねぇ、勇次君…」



「な、何だよ…?」



「君はゼルデットの民達を、どう思った…?」



「どうって…」




 何の脈絡も無しに投げかけられたその問い掛け。あまりに唐突だったため狼狽えてしまったが、すぐに気を取り直して勇次は答えた。




「そりゃあ…見た目も含めて天使の様な、高貴というか…神聖な人達だと……」




---純白の白い翼



---誰よりも高く、神に近い場所に生きる



---それに比例して高い誇りを持ち、神々しさを持つ



---まさに彼らは、勇次たちが思い浮かべる天使そのもの




 それが彼の利道の質問に対する答えであった。だが、その答えに対する利道の反応は…






「……そうか…」





 随分と素っ気無いものであり、どこか落胆したものだった。利道の雰囲気に何かを感じ取り、立て続けに問いかけようとした勇次だったが、それよりも早く利道が言葉を紡いだ…





「じゃあ、もう一つだけ訊かせてくれ。ゼルデットの民達は…君の言う神聖な人達とは……」


 

 



 











---翼が生えてない者全てを不浄ムシケラと称し、嗤いながら彼らを嬲り殺しにする奴らの事を指すのかい…?





 

 利道のその言葉の意味を理解したに二人目の勇者は、心臓を鷲掴みにされる感覚と、時間が止まったかのような錯覚を経験した…。



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