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第十三章 三の世界




「……何だコレ…」



 慣れとは恐ろしいものだ。自分の常識をぶち壊し、この世の法則に正面から喧嘩を売るような出来事も三度目の経験ともなれば大して動揺しなくなる。


 利道がソーサレイドから自分の世界に帰ってきてから3年。二度も経験すれば流石に異世界での記憶に現実味が出てきてしまい、彼はその時のことを夢だったと片付けることは出来なくなっていた。


 だから学校帰りに突然足元が強く光り輝き、それに包まれるようにして周囲の景色が、見慣れた町並みの通りがどんどん遠ざかっていっても、自分の心を占めたのは『驚愕』よりも旅行に出かける時の様な『期待感』の方が大きかった。



「……何なんだよ、コレ…」



 二度あることは三度ある…その言葉はその通りであると思った日は、自分の世界でも異世界でも幾度となく経験した。今回の三度目の召喚にしたってそうだ。だから、もう異世界に跳ばされること事態に動揺することはしない……そう思っていたんだが…




「何なんだよコレええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇッ!?」




 現在、絶賛パニック中である。これまで自分はこの様に慌て、動揺し、悲鳴を上げた事はあったろうか?いや、あるわけがない。何故なら、後にも先にもこんな状況に出会うことなんて無い筈なのだから…




---召喚された場所が雲より高い大空のド真ん中で、今まさに自分は凄い勢いで落下中なんて…




「何しても死ぬううううぅぅぅぅ!?いや何も出来なくて死ぬうううううぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」




 ニズラシアで得た直感も、ソーサレイドで身に着けた剣技も重力の法則相手に遥か下方に広がる大地へと引っ張られる今の自分を助けることは出来ない。このまま何も出来ず、広い台地に小さな赤い染みを作る以外の未来は無さそうだ。さっきまで旅行気分に浸ってた自分を殴ってやりたい…


 冷静でいられなくなり、通常時の半分も働けてない思考で尚も打開策を編み出そうとする利道。けれどやっぱりこの状況をどうにかする方法なんて存在せず、ただただ落ちていくしかなかった。


 そんな時だった…




「救世主様あああああぁぁぁッ!!」



「ッ!!」



 常人ならば落下するとき特有の風の音で一切聞こえないようなその声量。しかし、利道にはハッキリとそれを耳にすることが出来た。強引に首を横に曲げると、どこまでも広がる青空に浮かぶ白い雲に混じって、何かが此方に向かってくるのが見えた。


 その何かは2mを軽く超える白い翼を羽ばたかせながら、真っ直ぐに利道の方へと飛んでくる。一瞬、利道はそれが巨大な鳥に見えたのだが、段々とそれが接近してくるにつれて違うという事が分かった。


 何故なら白く大きな翼を持つそれは嘴なんて持たず、利道と同じく2つの腕をしっかり所持していたし、白い衣服だって身に着けている。というか、その背中に生えた白い翼だけで以外、利道と構造的に大きな違いはなさそうだ。


 そして利道の語録には、その特徴を一言に纏めた言葉があった…。





「……天使…?」



 

---落下する自分を空中でキャッチした3つ目の世界『ゼルデ』の住民の腕に収まりながら、そう彼は呟いた…






◆◇◆◇◆◇◆◇◆






「天使ですか!!良いですねぇ!!」



「いや…その前に召喚のされ方を気にするべきじゃね……?」



「……あれのせいで、それ以降に召喚される度に震えが止まらなかった…」



「……。」



 相変わらずの彼女の反応にげんなりしながらも、何も言わずただ優しく肩に手を置いた勇次。そんな彼の気遣いに、ちょっとだけ勇次に感謝した利道だった。 



「それにしても…あれは本当に無い……」 



 何も出来ず、抵抗することも足掻く事も出来ないという恐怖は簡単には忘れられそうに無い。ゼルデ以降の召喚時はいつも片膝を付いてそれっぽいポーズになりながら現れるようになったが、ただ単に震えまくって立てなくなってるだけだった……我ながら情けない…



「ところでヴァーディア、この世界に天使みたいな亜人は居たりする…?」



「いえ、飛鳥族という鳥の様な種族は居ますが、お世辞にも天使の様な神聖な存在とは…」



「……神聖、ねぇ…」


 

 何故かどことなく冷たい雰囲気を漂わせながら発せられた利道の呟きに、ヴァーディアと勇次は一瞬だけビクリと体を震わせた。だが、それは本当に一瞬のことであり、すぐにその冷たい雰囲気は消えていつも通りの空気が戻る。人知れず安堵のため息を漏らす二人を無視しながら、利道は言葉を続けた。



「とりあえず、その最初に出会ったゼルデの住人…『エルミ・グレンダール』に抱えられた僕はそのまま彼に連れて行かれた。」



「連れて行かれたって…どこにだよ……」



「彼らの本拠地であり、世界でもある天空都市…『ゼルデット』」




 あの空に浮かぶ芸術的な造形物の数々は、今まで見たどんな街並よりも綺麗で華やかであった。ニズラシア同様、中世ヨーロッパを連想させるアンティークなデザインに加え、魔法を使ってそれを空に浮かべるという技術の片鱗がそれをさらに幻想的なものへと仕立て上げていった。

 

 そんな天空都市のさらに上空を飛ぶエルミに抱えられた利道は、都市の中央にある大神殿へと連れていかれた。その時点で利道は、この後自分がどうなるか何となく想像がつき、案の定それは当たった…。




「『貴方は神に選ばれた救世主。どうか我らと共に、地上に蔓延る不浄の浄化を!!』だったっけな?…早い話、一緒に戦えってことだけど……」



「またですか…」



 しかし空から転落死しかけたとはいえ、利道も流石に慣れた。二つ返事でそれを承諾し、救世主専用の聖剣と力、自分の部屋、いらない付き人…貰うべき物を貰って来る日に備えることにした。


 この時、勇次は無意識に自分が召喚された時を思い出していた。その時の自分の反応はともかく、それ以外の周囲の反応はだいたい一緒だったからである。



---ただそれだけなのに、何故か自分の胸の中にモヤモヤしたものが現れるのだが…



 そんな勇次の胸中を知ってか知らずか、利道の話は続く…


 

「勇者専用の武器が剣だったのは素直に喜ぶべきか、それとも刀が良かったと欲を張るか悩んだけど文句は言わなかったよ。その後に貰った力に感動しちゃって…」



「……力に感動…?」



 その発言に思わず思考を中断してまで反応する勇次。利道に何度か凹まされたせいで多少丸くなったが、未だに性格はそのままである。故に己の力に酔ったとか、俺様至上主義の類に出会うと反射的に頭に血が上るようだ…

 

 まぁ彼の場合、召喚の際に貰った力に酔ったり、それを見せびらかしたりするどころか、忘れるくらいだから真っ直な性格なのは確かだ……たまに、それが半端無くタチが悪いと感じる時があるが…



「お前、まさか大きな力を持っ…」



「あぁ~確かにそれ以来魔法の類が使えるようになったけど、別にそんなのはどうでも良かった。ゼルデの神官達にとっては、その魔法行使そのものが神からの力と呼ぶべき代物だったらしいけど…」




 貰った力に対する感想を述べた時の神官達の呆然とした表情は、中々ツボにくるものがあって笑いを堪えるのに必死になった記憶がある。何せ偉大なる救世主様が気に入ったものは彼らにとって、神が授けた力のオマケに過ぎないものの方だったのだから…




「でもやっぱり、一番嬉しかったのは…」




 そう言って利道はおもむろに立ち上がり、牢屋の中にあるヴァーディアが持ってきた大きすぎる差し入れ…どこからか運び込んできたベッドの上に置いてある、先日完成させた黒コートを手にとってそれを二人の目の前で羽織る… 


 

---豪ッ…!!



 その瞬間、地下牢に一迅の風が走った。外部から隔離された場所とは思えないほどの強風に、ヴァーディアと勇次は咄嗟に両腕で顔を覆う。だが、その謎の強風はすぐに止み、再び静寂が地下に戻った。


 何が起きたのか分からない勇次とヴァーディアは状況を確認するべく、恐る恐る両腕をどけて視線を周囲に巡らす。そして二人は同時に、再び驚愕する羽目になった…


 二人の目の前には、視界を塞ぐ直前と殆ど同じ格好で立っている利道が居た。突然あんな風が吹いたにも関わらず、大して動揺することも無く涼しい表情を浮かべていた。本来の勇次なら文句や皮肉の一つでも言ったかもしれないが、それは出来なかった。あのヴァーディアでさえ開いた口が塞がらないでいる。


 だが、それも無理も無い話だ。何故なら、いくら非常識的な実態を持つとはいえ彼が…







「どうだい、中々格好良いだろう…?」






---地下牢の闇以上に黒い、漆黒の翼を背中に広げたのだから…

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