第十二章 三人の語り
行き着けのネットカフェが配線に異常をきたすとかマジで無いわ…
家のパソコンは午前中にしか使えないってのに…
「利道様…私、気付いてしまったのです……!!」
「ヴァ、ヴァーディア…?」
地下牢故に朝日を見ることは叶わないが、無駄に正確な体内時計が今は明朝であると教えてくれる。実際、寝起きにも関わらず頭はスッキリしているので昨夜はグッスリ眠れたみたいだ。
だから、目が覚めたら目の前に居た…顔を超至近距離にまで近づけていた彼女の姿は夢じゃないのだろう……
「あぁ、もう!!……本当に、どうして今日まで気付かなかったのでしょう…!?」
「ヴァーディア…ちょ、ちょっとでいいから落ち着こうか…?」
目の前に居る彼女は明らかにおかしい。顔を薄っすらと赤く染め、恍惚とした表情を浮かべている。ぶっちゃけ今までの経験上、こういう状態になった女の子と関わると碌な事にはならない。だが彼女はさり気なく利道に半ば覆いかぶさるような体勢を取っており、本気で逃げようとしたらちょいと危ない結果になりかねない。にも関わらず、侍女ゆえか彼女の力は割と強くて簡単には離れられそうに無い…
「しかぁし、大切なのは今!!過去の事など忘れましょう!!てなわけで利道様、さぁ聞いて下さい……私の…」
「え、ちょっと!?いきなり……!!」
さらに顔を赤く染めたヴァーディアは瞳に何かの決意を宿し、真っ直ぐに利道を見つめながら口を開く。殆どゼロ距離で彼女と顔を付き合わせる形になっていた利道は動揺し過ぎて逆に冷静になり、一切の抵抗を止めてしまった。そして、そんな状況を作った本人の開かれた口から出た言葉は…
「私の、『勇次様の脱☆勇者(笑)計画!!~これで君も一人前の勇者だZE!!~』を!!」
「……。」
「……。」
「……勇次君…」
「……何だよ…」
「……居たんだ…」
「居たよ…最初ッから…」
---割と長い時間を生きてきたが、こんな朝の迎え方は新感覚過ぎる…
鉄格子に寄りかかり、酷く疲れたかのような表情を浮かべる勇次を見ながら、利道はそう思った…
◆◇◆◇◆◇◆◇
「え~と…つまり、彼にも僕の過去を聞かせるってこと?」
「はい!!ベテラン勇者である貴方の話を聞けばこのヘッポコも成長!!あわよくば私に加えてもう一人の相談相手も出来て正に一石二鳥!!どうですか!?」
「へっぽ、こ…orz」
さり気無く酷い事を言われっぱなしな勇次は地に沈み、彼の居る場所だけ暗くなっていた。つくづく明るくなったり暗くなったりと忙しない暗闇(地下)である…
と、そこで昨日の事を思い出した利道は彼に問いかけてみた。
「そういえば、君はあれから外に出掛けたのかい…?」
「……あぁ…」
利道の問いに勇次は答えたが、何処と無く歯切れが悪い。少し怪訝に思ったが、すぐに言葉の続きを紡ぎ始めた。
「言われた通り城の外に出て、見えなかった可能性とやらを確かめてきた…」
「ほう、それで?」
「……余計に分からなくなった…」
「そりゃまた一体…?」
「亜人に…初めて会った…」
巫女を連れて城下町を巡っている最中、尖り気味で長い耳の種族…俗に言うエルフ族の少女と出会ったそうだ。ただ、道端で普通にこんにちはとはいかず、鎖で繋がれて奴隷商人に売られているところを見つけたのだ。その様子に反射的に激昂した勇次は奴隷商人をぶっ飛ばし、半ば連れ去るようにしてそのエルフを助けてきたとの事である。
この国では奴隷商は基本的に禁止されているが、商人共は賄賂や根回しをフル活用して上から奴隷商を黙認してもらってるらしいのだ。そもそも“人間達の価値観”が亜人専門の奴隷商に関して否定的では無いと言うのが現実である。城の人間はおろか、街の人間達もそのエルフや亜人の奴隷達を見ても大した感情を抱かなかったのだろう。
そんな背景もあり、自分という亜人を助けた人間に感謝と興味を持ったそのエルフは勇次に好意を抱き、勇次達もそのエルフを保護する名目で城に連れてこられたらしい。今はクリスティアが面倒を見ているとかなんとか…
「おやおや、ここに来て初めて友達が出来たのか。良かったじゃないか」
「別に初めてじゃねぇよ!!クリスや団長とだって仲良いいよ!!」
「あぁ、確かに君は巫女さんと仲良かったね…」
巫女であるクリスティアは城の人間の中でもマシな分類に入るらしく、王国の人間にしては珍しく亜人に対する差別や偏見は持ってないらしい。なので一部の神官達に煙たがられていると“彼ら”から聞いた。
「話がズレちまったけど、ルリカ…その友達になった亜人の子から色々とこの世界の事を聞かせて貰ったんだけど…」
そんな事を考えてたら勇次が話の続きを再開していた。そして段々と口調が弱くなり、最後に消えそうな声音でポツリと…
「……冥界の軍勢に襲われているのが、この王国だけだって聞かされた…」
「……。」
エルフの子ルリカ曰く、突然現れた『冥界の軍勢』は確かに破壊の限りを尽くした。進行途中にある村や町を踏み潰すように進撃し、邪魔する兵士は全てなぎ倒す。まるで絶望の嵐だ…。
全て王国の領土内のみでの出来事だが…
『冥界の軍勢』が現れたとされる『冥府の門』が出現したのは、この王国の最果てだ。しかし、冥界の軍勢は北にあるエルフの国も、南にあるドワーフの国も、東にある獣人の国も無視して西へと真っ直ぐに突き進みながら王都を目指しているとのことなのだ。
流石に進行方向に居たら蹴散らされるが、道を空けてしまえば襲われる事もない。そして逃げても進む方向に居なければ追って来ることもない。それが亜人であろうが人間であろうが、だ…
そういった事実もあり王国は声高に『世界の危機』と叫び続けているにも関わらず、亜人達は人間達ほど危機感を感じていない。確かに王国は滅びかけているのは事実だが、自分達を勝手に見下し蔑む人間達を助けてやる理由も無い。故に亜人達にとっては『人間の国が未知の種族に負けそう』程度の事でしかなく、『冥界の軍勢』への対応は今後次第という感じなのだ。
「本当にこの世界は滅びかけてるのか?……いや、この国の人達をほっとく訳にはいかないけどさ。でも神官達の言ってる世界って、どうしても王国の事だけを指してる様な気がするんだよ…」
「多分、それは間違ってないと思うよ」
世界的に見れば、幾つもある国々の一つが破滅の危機に追いやられているだけだ。もしもそれを世界の危機と称したら、利道達の世界は永遠に破滅と隣り合わせのままだ。実際そんなもんだが…
だからといって、王国の人間達が素直に滅びを享受する理由も道理も無い。そして、それを勇次が救ってはいけない理由も無い。だが何かもっと別の…根本的な解決策が他にはあるのではないか?彼は、そう思えてならないのだ。
「お前が何で俺にとっての『世界の定義』を訊いてきたのか少しだけ解ったよ。でも、それだけに余計にわけ分かんなくなっちまって…」
この国には良い人達がいる。でも悪い人達もいる。古くから積み重ねてきた歴史は国に繁栄をもたらしたが、同時に亜人達に半ば見殺し状態にされるという今を作った。
それを知った今、王国を救う事が本当に世界の救済に繋がるとは最初ほど素直に思えなくなってしまった。だが、それでもクリスティア達がいるこの王国を救いたいという気持ちは残っている。
その勇次にとって矛盾した2つの感情は彼自身に迷いを与え、これからどうすれば良いのか分からなくさせた。そんな風に悩んでいたところをヴァーディアに見つけられ、これ幸いとばかりに連れてこられたそうだ…。
「なぁ、俺ってどうすりゃ良いと思う…?」
「……自分の行動に悩んだり迷ったりするようになったのは、進歩した証か…」
正直な話、勇次の現状を見て少し安堵した。このまま世界の現状を知らないまま王国の言う事だけを聞くようになっていたのなら、利道は彼を改めてボコボコにする気だったのだから。
極端な話かもしれないが、勇次の中で王国=正義の構図が定着した場合、彼は白狼刀夜の二の舞になるだろう。王国の人間が『エルフは邪悪』と言えば彼は何の疑いも持たずにエルフを討つかもしれない……本来なら、奴隷として売られる姿を見ただけで憤るにも関わらず…
「……何か今、背筋がゾクリとしたんだが…」
「気のせいだよ。さて、困ったな…」
相談して貰いたいのはこっちだと言うのに、何でこうなったのやら…
もっとも…過去を全て話した所で自分のこの苦痛を理解し、和らげるなんて事は誰にも出来ないと利道自身が思っているのだが…
だから、結局またヴァーディアの提案にのる形になるが、彼にも自分の過去を助言の意味合いも込めて聞かせてみるとしよう。
「ま、参考になるかは君次第だけどね…」
「構わない。だけど、本当なのか?……お前は既に六回も世界を救った事があるって…」
「え…?」
「どうした、やっぱ違うのか…?」
「あ…いや、何でもないよ。因みに、巫女さんから聴いたのかい?」
「いいや、ヴァーディアから…」
「利道様、すいません…テヘッ☆」
いつもなら、可愛いらしく見せようと舌を出しながら謝る彼女にチョップでもくれてやったが、新しい疑問が発生したので今日は保留だ。
明日、ちょっと本格的に確かめるか…
だが今は、取り敢えず最初から最後まで不思議そうな顔をしてる彼に色々と聞かせてあげよう。全てはそれからだ…
「さて勇次君…分かってると思うけど、世界を救うなんて大役を引き受けた者に失敗は許されない。『人間だから誰にだってミスはある』なんて寝言は通用しない…」
「言われなくたってそれぐらい…」
「だからこそ、時間を使ってでも自分が正しいと思うこと、その正しいと思った事が矛盾していないこと、それを最後まで貫いても後悔しないことを見定めながら、慎重にいくべきだと思うんだ」
世界なんて馬鹿デカい存在を背負うのだ。一度のミスや失敗で失う存在は全体から見れば小さいかもしれないが、やはり個人から見れば果てしなく大きいものになってしまう。だから常に自分の定めた最善と、それがどの様な結果を生み出しているのかを確かめながら確実に、慎重に事を進めるべきなのだと利道は考えている。
「自分の行いが誰を笑顔にし、誰を悲しませる結果になるかを常に考える。時には過去を振り返り、自身の作り出した結果から目を逸らさずに全て受け止める……それが例え…」
―――世界を敵に回す結果になっても…
三つ目の世界『ゼルデ』……訪れた六つの世界で利道が唯一、自身を召喚した者達に反旗を翻した世界…
世界を救う為に世界を壊した、唯一の世界…
そんな世界での出来事を、利道は今までに見せなかった暗い雰囲気で語り始めた…




