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◆6◆

 琉美は夏休みに、陶芸家である祖父の家に来ていた。

 丹下重三郎たんげじゅうざぶろうは、東京の銀座や渋谷の陶器専門店に品を並べる有名陶芸家だった。

 若い頃の作品が最近サザビーズのオークションで取引されて、全国的に、いや世界的に名を馳せる事になったほどだ。

 人里離れた場所にある古い家は、土間があり、居間には囲炉裏が在る現代からタイムスリップしたような装いで、隣接した場所には陶器を焼くための大きな窯がある。

 琉美はそんな何時代だか判らなくなるような祖父の家が好きだった。

 彼女の母親は嫌がったが、琉美が異常に来たがるので、夏休みには何時も泊まりで遊びに来る。

 しかし、琉美が中学生になると母親は来なくなり、彼女一人で遊びに来るようになった。

 一人で来るのは今年で二度目。もう完全に慣れっこで、洋服が汚れるからと言って、山歩きを嫌う母親がいないのは、かえって都合がいいくらいだ。

「おじいちゃん、川の向こうの鬼百合見てきてイイ?」

「ああ、気をつけて行くんだぞ」

「大丈夫だよ」

 琉美はそう言って、重三郎の飼い犬である柴犬のブン太を連れて木立の中へ駆けていった。

 重三郎はほとんど一日中ろくろを回し、窯に火を焚いて、そして土を捏ねて過ごす。

 この日も、琉美を見送った後は、ろくろを回していた。

「こんちは」

 食事の支度を手伝ってくれている、和江がやって来た。

 彼女は体格のいいオバサンで歳は四十代、この山のふもとの村に住んでいる。

 彼女の母親が生前、住み込みで重三郎の手伝いをしていた事で、彼女もまたそれを次いだ形だが、和江は通いで昼食の仕度と夕食の下ごしらえをするのみだ。

「今日はまた暑いねぇ」

 手ぬぐいを頭に巻いた和江は、丸々とした笑顔で縁側から重三郎の仕事場を覗き込んだ。

「琉美ちゃんは?」

「ああ、鬼百合を見に、ブン太と一緒に出かけた。そろそろ帰ってくんでねか」

「じゃぁ、とっとと昼の仕度するべかね」

 和江はそう言って、土間から繋がった台所へ向かった。

 陽差しは一番高い場所から草木を照らして青々と輝かせて、セミの鳴き声が喧騒となって山を越えて鳴り響いていた。

 重三郎は一息つくと、縁側に腰掛けて、もう何十年も吸い続けている峰を取り出して火をつけた。

 深く吸い込んで、大きく吐き出したその時、琉美の声が聞こえた。

「おじいちゃん」

 重三郎は、縁側に腰掛けたまま声のした外を眺めたが、琉美の姿はまだ見えなかった。

 すると、ブン太と一緒に血相をかかえて彼女が走ってくるのが、庭の先の林の間から見えた。

「琉美、どうした」

 重三郎は、自分でも驚くスピードで立ち上がった。

「おじいちゃん、大変なの」

「どうしたんじゃ、そんなに慌てて」

「いいから来て。早く」

 重三郎は孫の琉美に手を引っ張られてサンダルを引っ掛けると、くたびれたサルのように駆け出した。

「おいおい、そんなに引っ張ったら転んでしまうが」

「早く早く」

 それでも琉美は、重三郎の手を引っ張り続けた。

 林の小道を抜けて、小川の丸木橋を渡る。

 草の生い茂った獣道のような所を抜けると、ぽっかりと空洞のように開けた場所には小さな池があった。

「琉美、こんな所まで来たのか?」

「それどころじゃないんだってば」

 琉美はそう言って「ほら、あそこ」と指を指した。

 大きな木の根元にフサフサの獣が横たわっている。

「何じゃ、狼か?」

 重三郎はそう言って、ゆっくりと警戒しながら獣に近づいた。

「違うよおじいちゃん。これ犬よ」

 琉美は重三郎の腕を軽く掴むと

「たぶんシベリアンハスキーよ」

「なんじゃそりゃ。シベリア……?」

 舌を出してお腹を揺らしながら苦しそうに呼吸するその犬を、重三郎は覗き込んだ。

「怪我してるみたいなの」

 琉美が言った。

 重三郎は、暴れそうには無い事を確認しながら身体を乗り出して、犬の身体を眺めた。

 脇腹と、後ろ足の太ももに出血があった。

「どうしたんじゃろう。間違って猟師にでも撃たれたか」

「連れて行こう。手当てしないと」

 琉美が重三郎の腕を再び掴んだ。

「でもなぁ、こんな大きな犬、わしゃ運べないぞ」

 重三郎は、辺りを見回しながら考えていた。

「そうだ、琉美、ウチにネコが在ったべ」

「ネコ?」

 琉美は一瞬怪訝な表情を浮かべたが

「ああ、一輪の荷車ね」

「あれを持ってくるんだ」

「判った。おじいちゃんは待ってて」

 琉美はそう言いながら、もう走り出していた。





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