◆3◆
秋になると、狩猟区域の山々では散弾銃の音が木霊する。
猟師たちは、スポーツ、または娯楽として森の獲物を見定めて狙い撃ちし、各々に自慢の笑みを浮かべる。
「今日は、天気もいいし狩猟日和だな」
男は車から散弾銃を取り出して、二人の仲間と山へ入って行った。
それを静かに見つめる瑠璃色の輝きがあったが、人間にはその気配を感じる事は出来なかった。
「なぁ、熊もこっちに出てきたら撃っていいんだろ」
「向かって来たらな」
「そんなの、誰もみてねぇじゃん」
「ま、そう言うこった」
彼らの本当の狙いは野鳥ではない。熊や鹿を正当防衛と偽って撃ち殺し、剥製専門店に横流す。
「静かに行け。熊は意外に臆病だからな」
「その臆病者を撃つんだから、お前って酷い奴だな」
「お前こそ、後から留めの一撃だけして手柄を横取りすんなよ」
男たちにとってはただのゲームに過ぎない。
深い森の静寂の中に、枯れ草を踏む微かな音だけが響いていた。
ガサっと茂みを揺らす音がした。
男たちは一斉に身をかがめて振り返る。
「いたぞ。ツキノワグマだ」
五十メートルほど先の木立から注ぐ木漏れ日の中に、黒い影が揺れていた。
三人の男たちは、静かに息を殺しながらそれに近づいてゆく。
二十メートル付近。パキッと、誰かが枝を踏む。
その音に熊は振り返った。
先頭にいた男は上体を起こし、瞬時に銃を構えて狙いを定めた。
息を吐きながらトリガーに指を掛けたとき、右の草むらから何かが飛び出した。
「うわぁ」
飛び出したそれは、銃を構えた男の腕に噛み付いた。
「なんだぁ」
後ろにいた二人も、突然の事で後ろにたじろぐだけだった。
「何とかしろ」
腕をかまれた男は、もがきながら後ろの二人に助けを求めた。
後ろにいた一人は、何かに噛まれてもがく男に銃口を向けた。
「バカ野郎、俺を撃つ気か」
その時振り回した男の腕が、噛まれた痛みで麻痺していたのか、自分の散弾銃の引き金を引いてしまった。
ダンッ! ンッ、ンッ、ンッ…………
銃声が森を突き抜けて鳴り響くと、木霊が轟いて、鳥たちは木々を揺らして一斉に飛び立った。
男の腕に噛み付いていたモノは、瞬時に身を翻して、出てきた反対側の茂みに消えた。
そして、噛まれたイタミに腕を押さえる男の目の前には、二人の仲間が血まみれで倒れていた。
「ついに、死人が出たか?」
「さぁね、どっちにしても人間を撃ったのは人間さ。バカな奴らだ」
「お前はどうしてそんなに人間を憎む」
「あんただって憎いだろう。命を狙われたのはあんただぜ」
「俺は、こっちから仕掛けるほど憎んじゃいないがね」
ツキノワグマはそう言って森の中へ姿を消した。
「礼だけは言っとくぜ。ありがとうよ。ソラ」
『野犬か、狼の生き残りか!?』
新聞にはそんな見出しが出ていた。
秋の狩猟区の山で度々人が襲われた。俊敏な身のこなしで人を襲い、猟師たちの腕を狙って凶暴に噛み付いてくる。
襲われた者たちは皆、命は助かっているが、利き腕が使い物にならなくなって二度と銃を握れなかった。
「銀色の身体で、目が青く光ってた。あれはタダの犬とかじゃない」
「とにかくデカイんだ。やたらと素早くて」
「あれは、犬神さまだよ。山が怒ってるんだ」
秋の山々には、色んな噂が飛び交った。




