◆15◆
「致命傷にはならなかったみたいです」
琉美をオペした医師が、重三郎に言った。
「じゃあ、琉美は大丈夫ですか」
「ええ、命に別状はないですよ。お腹の傷跡も、しばらくしてから整形してキレイに消せると思います」
医師は笑顔でそう告げると、今度は真剣な顔になって
「銃創ですから、警察に連絡しなければなりません」
「そりゃあ、そうじゃな」
重三郎はただ頷くだけだった。
中国やフィリピン製のトカレフは粗悪なモノが多く、使用した弾丸もおそらく安物で、火薬の量が少なかったのだろう。琉美に命中した弾丸は、彼女の肋骨に当たって殺傷力を失っていた。
しかし、スーツの男、瀬垣が放ったシグの9ミリ・パラベラム弾はそうはいかない。
軍隊でも正式採用されて、射速もはるかに速いその弾丸をソラがかわせたのは、殆どまぐれのようなものだった。
二日後、琉美はベッドに起き上がる事ができた。
「ほんと、無事でよかったよ」
毎日見舞いに来ている和江が言った。
「外にも留美ちゃんの回復を待ってる連中がいるわよ」
「えっ?」
和江は、琉美が起き上がれるようになったら言おうと思っていた。
琉美はゆっくりとベッドに起き上がると
「アイタタタ」
「大丈夫? まだ無理じゃない?」
「大丈夫」
そう言って、和江に支えられながら静かに窓に近づいた。
「二匹とも、あそこから動かなくてね」
窓の下に見える並木の下には、ソラとブン太の姿があった。
二匹とも琉美の視線を感じ取って、耳をピクリと動かし窓を見上げた。
右目は蒼く、左目は瑠璃色に輝くソラの瞳が、三階の窓からもはっきりと見えた。
琉美は、小さく手を振った。
大きく振りたかったけど、脇腹の痛みでそれは無理だった。
トイレに行っていた琉美の母親が病室へ戻ってくると。
「琉美、まだ起き上がっちゃダメでしょ」
それを、聞いているのかいないのか、琉美は言った。
「お母さん、あたし治るまでここにいるよ」
「えっ?」
彼女は、少し回復したら東京の病院へ移る予定だった。ここでは母親が付き添うのも大変だ。
「でもねぇ……」
母親は、浮かない顔で呟いた。
「大丈夫、お母さんは帰っていいよ」
「えぇ?」
ソラとブン太はずっと病院の庭に居ついて、何時の間にか患者たちの間でも有名になっていた。
「あ、ワンワン今日もいるよ」
庭に出てきた小さな子供が言った。
母親と一緒にブン太に近づく。
ブン太もシッポを振って、子供にイイ顔をする。
「ケッ、人間におべんちゃら使って」
「バッカだな。ここの連中にはイイ顔しとかないと、追い出されたらどうする」
ブン太はお菓子を頬張りながら
「それに、こんなにお菓子も食えるし」
飼い主の患者を見舞う忠犬として噂の二匹は、入院患者や見舞いに訪れた人たちから何かと食べ物を貰うことが出来た。
「お前、ここに来て太ったんじゃないか?」
ソラは、そう言って、お菓子を食べるブン太を眺めた。
「あ、本当にいるよ」
また、誰かが近づいてきた。
「大っきい方はハスキー犬じゃない?」
「本当だ。あたし本物初めて見た」
噂を聞きつけた地元の女子高生だった。
なんだかうるさそうだな……
ソラは、さすがにうっとうしくなっていた。それでも、たいがいは小さなブン太の方へ人気が集まる。
ソラは大きいし顔が怖い為、みんな触るのを躊躇するのだ。
ボフッと白い手がソラの頭に乗っかった。
「ちょっと、大丈夫? 何か顔怖いよ」
一人の少女は、やはりソラの外観を怖がっている。しかし
「何言ってんの。ハスキー犬って、模様が怖いだけで意外とドジでのん気な性格らしいよ」
もう一人の少女は臆する事無くソラの頭に手を乗せて、グリグリと撫でた。
……なっ、ど、ドジでのん気? この僕が?
プクククク、とブン太が横で笑った。
一週間もすると、琉美は院内を歩けるまでに回復した。
裏庭の非常口で、琉美は久しぶりに二匹に会った。
ブン太は、誰に会うよりもシッポを振って彼女に近づいた。
「んん? ブン太なんか太ってない?」
琉美は、そんなブン太の顔をグルグルと撫で回した。
「ソラ」
琉美の声に反応して、ソラは自分のシッポが勝手に揺れ動くのを感じた。
……な、なんでシッポ振っちゃってるんだ、僕は……
「ソラ、おいで」
ソラは琉美に呼ばれるまま近づいた。
頭を撫でられると、気持ちよかった。
『怪我の具合はどうだい?』
「もう直ぐ退院だって」
『そりゃ、よかったな』
「ソラとブン太のお陰だよ」
『ブン太のせいで怪我したんだろ』
そう言ってソラは笑った。




