◆12◆
琉美は、ブン太とソラをつれて和江の家に来ていた。
「なによ、あの狼みたいなのは」
「あれ、犬だって」
「あんな犬いるの?」
「チョー怖いよ。見た? あの眼……」
「そうよね、ブン太はどうでもいいとして、何あの般若みたいな顔。反則よ」
「ていうか、首輪してなくない?」
「そうよ、怖くてここから降りられやしないわ」
屋根の上に集まった猫たちの間では、珍客に対する苦情が殺到していた。
「何なんだろ、昨日の変な連中」
琉美は縁側に座り込んで外を眺めながら呟いた。
「何でも、重三郎さんに装飾器を造らせようと、来てるみたいよ」
麦茶を琉美に運んできた和江が言った。
「装飾器」
「飾る為の器だね」
和江も縁側に腰掛けると
「何でも、東京の何とか組っちゅうとこの親分が重三郎さんの陶器を気に入って、新築した事務所に飾りたいそうだがね」
「何とか組って、ヤ○ザ?」
「まあ、出された名刺には何とか興業って書いてあったども、そんなもんだべ」
和江はそう言って息をつくと、自分の麦茶を飲んだ。
「重さんは、器は飾るもんでねぇ、使う為のもんだって、何時も言ってるから……飾り器なんて造りたくないんだべ」
「うん。あたしもそれ、聞いたことある」
ソラとブン太は玄関先に寝そべっていた。
ふとソラが視線を向けたそこには、白いネズミが一匹走って来たところだった。家とその周辺に住み着く家ネズミだ。
ソラは何気にそれを見ただけだった。しかし、ネズミから見た彼のバイ・アイの眼光は何よりも鋭く感じた。
ネズミは突然足を止めると、ソラに向かって
「ち、ち、違うんです。私らも生きる為には仕方がないんです……」
手には大きなパンくずを持っていた。
ネズミはソラの視線だけで震え上がった。
「僕には関係ない事だよ。早く行きな」
ソラは、無感情にそう言って、ネズミから視線をそらした。
再び駆けて去って行くネズミの気配にようやく気付いたブン太が
「あ、ネズミだ。あのヤロウ、何か盗んだな」
その時、畑の先の県道に、昨日の白いベンツの姿が見えた。
それを見た琉美は、何だかいても立ってもいられなかった。
思わず、靴を履いて、走り出した。
「琉美ちゃん」
和江が呼び止めたが、琉美は立ち止まらなかった。
玄関先からパッと、琉美を追いかける二つの影があった。
「やれやれ……」
琉美を追いかけて飛び出したソラが呟いた。
「なんで、お前まで走り出すんだ?」
ブン太は自分と同時に飛び出したソラに声を掛けた。
「愚かな人間の行動が見れそうだからね」
ソラは、横目でブン太を見ながら
「あんたはなんだい?」
「琉美や爺さんが心配に決まってるだろ」
「へぇ、そんなちんけな身体で役に立つのかい。あんたはせいぜい、人間に癒しとやらを与えるのが関の山だろ」
ブン太は走りながら、ピッと小石を横に弾いた。
「イテッ」
小石は、ソラの頬っぺたに勢い良くぶつかった。
息を切らせて琉美が重三郎の家に戻ると、庭先に白いベンツが見えた。
一端足を止めた琉美は
「おじいちゃん、何処?」
そう叫びながら、ゆっくりと家屋に近づく。
「造れんもんは造れん」
茶の間へ続く土間の方から声が聞こえた。
「おじいちゃん?」
琉美は土間から、家の中を覗き込んだ。
「琉美、どうして来た」
「なんか、心配で」
「いやいや、優しいお孫さんじゃないですか」
重三郎よりも手前の、茶の間の入り口に白いスーツの男は腰掛けていた。
「琉美、直ぐに和江さんの家へ戻りなさい」
重三郎が声を出した。
「でも……」
「大丈夫、心配ない」
「なに、せっかく来たんだからゆっくりしていったらいいじゃないですか」
白いスーツの男がそう言うと、後ろから下っ端の男が、琉美の背中を押した。
「やめろ、琉美に手を出すな」
ソラとブン太は、ベンツの陰に伏せて様子を覗っていた。
「見ろよ。何だかバカな人間丸出しって所が見れそうだぜ」
「何をのん気な。琉美と爺さんが何だか危ないぞ」
「おい、まさか助けるってんじゃ無いだろうな」
ソラは、目を輝かせて笑った。
それを無視するかのように、ブン太は家屋に向かって歩き出した。
「私はこの仕事をうまくやらないと、降格になるかも知れないんだ。わかるかい?」
スーツの男は涼しい顔で、しかし、険しい眼光を放ちながら言った。
「判った、琉美を放せ」
スーツの男は、琉美の細い腕をしっかりと捕まえていた。
「こうしましょう。出来上がるまで、お孫さんを預かります。なに、夏休みはまだ長い」
「駄目だ。陶器は作る。琉美を放せ」
「いいですか、私は切羽詰っているんですよ」
その時、アロハシャツの下っ端の横をすり抜けたブン太が、スーツの男に飛び掛った。
「うわ!」
思わず琉美を放す。
グルルルル……温厚なブン太が牙を剥いて、スーツの男を威嚇する。
「琉美、こっちへ」
重三郎がそう言った時、下っ端が銃を構えた。
「この犬やろうがっ」
下っ端が引き金を引いた。
「ダメ!」
琉美は反射的にブン太に覆いかぶさった。
パンッ!




