表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/16

◆10◆

「ねぇ、あそこの田んぼはどうしてもう使わないの」

 琉美が、昼食をとりながら重三郎に訊いた。

「あそこは小さすぎるんだな。昔は、自分達で食べる分をあそこで作っていたんじゃろう」

 琉美は、そうめんを口へ運びながら

「ふぅぅん」

 すると今度は

「ねぇ、池の中でイモリが泳いでた」

「イモリが?」

「うん」

 少々首を傾げる重三郎に、琉美は頷く。

『バカだなぁ。そりゃ、サンショウウオだ』

 その声に琉美はハッと振り返って土間を見た。

「どうした?」

 さっきの声。それは重三郎には聞こえなかったようだった。

「ううん。何でもない」

 琉美は何食わぬ顔で、そうめんを器に取った。



 食後には和江が、井戸で冷やしたスイカを切ってくれた。台所からは、ともろこしを茹でる甘い香りが漂っている。

 琉美は土間の縁に腰掛けてソラの姿を眺めていた。

「ソラ、スイカ食べる?」

『んなもん食べないよ』

 スイカに噛み付く琉美の口が、開いたまま止まった。

 話しかけた琉美さえ、まさか返事が返ってくるとは思わなかったのだ。

 彼女は土間へ降りて、ソラの目の前にしゃがむと

「やっぱり……人の言葉が解るのね」

 しかし、ソラは両脚に顎を乗せたまま、目をつぶっている。

「いやぁね、犬のくせに狸寝入りだなんて……」

 琉美は、ソラの素っ気無い姿を見ると、再び土間を上がり縁側に行って腰掛けた。

 気のせいかもしれない。

 琉美自身そうは思ったが、それでも良かった。

 ちょっぴり不思議なあの犬が、この家にいるだけで、何だかワクワクした。

 それが、気のせいでも何でも関係ない。

 せっかくの夏休み。楽しい気分になれれば、それでいいのだ。





「なぁ、お前なんでそんなにひねくれてるんだ?」

 ソラは誰かの声に薄目を開けた。

 目の前には柴犬のブン太が、黒い鼻を薄っすらと濡らして座っていた。

 ソラは黙ったまま彼を見つめると、再び目を閉じた。

「お前、何処から来たのか知らないけど、人間と暮らしてはいないな」

 ソラは目を閉じたまま聞いているだけだった。

 ブン太は、黒い鼻をクンクンと小さく動かした。

「お前、血の臭いがするな。これは人間の血だ」

 ブン太は、少しだけ首を傾げると

「お前が思ってるほど、人間は嫌な生き物じゃないぜ」

「お前に何が解る」

 ソラは、初めてブン太に言葉を返した。

「人間にシッポを振るお前に何が解るっていうんだよ」

 ソラは瑠璃色の片目を開いて、ブン太を睨んだ。

「人間に何かされたんだな」

 ブン太は小さく息をつくと

「ここへ時々来る奴らにもおかしな連中はいるさ。でも、いい人間だって沢山いるぜ。現に、爺さんや和江や、毎年来る琉美はいい人間だ。お前の怪我を手当てした吾朗だってそうさ」

 ソラは耳をピクリと動かして

「いい人間て何なんだよ」

「その人の笑顔を見ると、幸せになるんだ。その人の傍にいたいって思う人間さ」

「どうして人間の笑う顔を見てこっちまで幸せになるんだよ」

 ソラは、ブン太から視線を外して庭の緑を眺めた。

 庭の片隅で、琉美がマキ割りの手伝いをしているのが見えた。

「俺たちの遺伝子さ」

「遺伝子?」

 再びソラはブン太を見つめた。

「遠い昔から、俺たちは人間と共に暮らし、お互いを癒してきた」

「癒す?」

「人間は俺たち獣を見て、心が癒されるらしい」

「じゃあ、どうして人間は獣を、僕たちを殺す?」

 ブン太は目を細めると

「よほど酷い目に遭ったようだな……」

 ソラは何も答えなかった。

「でもな、今にお前にも解るよ。人間の笑顔を見たいと思うようになる。それを見てお前は幸せな気持ちになる」

 同じような事を、母さんや垂れ耳のおじさんも言っていた。ソラは、少しだけそんな事を思い出した。

 しかし、それと同時に、あの夜の仲間の叫び声も思い出した。

「ならないよ。僕はならない」

「なるさ」

「どうして?」

「遺伝子だからさ」

 ブン太はそう言って立ち上がると、グルグルとシッポを振りながら琉美の元へ駆けて行った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ