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◆1◆

『ソラ』の旅の続編ですが、話はさかのぼり『ソラ』の過去を描いた作品です。

― 199X年 ―


 その広い敷地には、鉄製の幾つものケージが無造作に積み重ねられていた。最初は向きを考えていたようだが、今となってはめちゃくちゃで、場所によっては斜めに積み上げられて今にも崩れそうだった。

 山を切り開いたこの土地は、周囲は緑の木々で覆われている。

 小さなプレハブ小屋から出てきた男が、混み合ったケージを眺めながら、タバコに火をつけた。

「とっとと引き払わんとヤバイな」

 男は呟きながら、足元のケージに片足を乗せた。

 男の携帯電話が鳴った。

 彼は、着信モニターを見ると、「チッ」と舌を鳴らして電話に出た。

「ああ、判ってますよ。直ぐに処分します。はい、クスリを使います」

 男は面倒くさそうに敬語を使っていた。

「大丈夫です。動物愛護団体なんて、どうせ事が終わってから騒ぐのがオチですよ」

 タバコを咥えた男の口元が引き攣ったように上向きに動いた。

 男は電話を切ると、片足を乗せていたケージを思い切り蹴飛ばして、再び携帯電話を開くと、今度は自分から何処かへ電話をかけた。

「俺だ、今夜やるぞ。もうここは水も止められた。一気に片つけないと、何かの拍子に気づかれたら面倒だ」

 男は話しながら、プレハブ小屋に姿を消した。




「どうやら、今夜私達を殺すらしい」

 大きなハスキー犬が言った。

 その背中の毛色は、普通のグレーよりも明るく、むしろ銀色に近い。

「とうとう皆殺しか……」

 同じケージに入れられている耳の大きなビーグル犬が、眉にしわを寄せながら呟くように言った。

「何とかこの仔だけでも逃がしたいわ」

 大きなハスキー犬は、足元の仔犬の匂いを嗅ぎながら言った。

「母さんも一緒に逃げよう」

 仔犬は母親を見上げた。

「私は無理だわ」

「あんたも、目さえやられなければなぁ」

 そう、大きな母犬のハスキー犬は目が見えない。

 一週間前にここを抜け出そうとして管理人の男に見つかり、捕獲された時に両目を傷つけられてしまったのだ。

 そして、仔犬の父親は死体となって、少し離れたケージに他の骸と一緒に詰め込まれている。


 ここは、あるブリーダーの飼育小屋だ。幾つかの飼育小屋を辺ぴな場所に設けて、流行の犬を繁殖させる。

 人気が無くなってあまった犬は、餌代などの経費節減の為に、次々に処分される。

 そして今、シベリアンハスキーの流行が下火になって、ここのメインだった犬が根こそぎ処分されようとしていた。

 今回でここは放棄される。

 他の飼育小屋で増やしたゴールデンレトリバーに絞り込んで、経費を削減する計画なのだ。

 母犬のハスキー犬は人の言葉が完全に理解できた。そればかりか、彼女は人に話しかける事が出来る。

 大量に繁殖させる生き物は、その中で時折突然変異が起こる。それは、小指の骨が欠損していたり、片方の目が見えなかったり、耳が通常よりも短かったり。

 全身が真っ白だったり、真っ黒だったり……

 それはたいてい悪い方へと姿を現す。

 しかし、ここにいる母犬のハスキー犬は生まれて間もない頃から人間の言葉を吸収し、学習する能力があったのだ。おそらく大脳皮質に、何らかの異変があるのだろう。

 それが、本当にいい方の突然変異と言えるかどうかは判らない。

 知らぬが仏。そんな言葉もあるほどだ。

 その能力を使って、母犬は、先週はここのアルバイトにケージを開けさせたのだ。

 しかし、運悪く責任者が車で戻ってきて、大捕り物になってしまい、挙句の果てには母犬は両目を失い、父犬は命を失った。

「俺たちの仲間は、目の見えない人間を助けてるって言うのになぁ」

 ビーグル犬が呟いた。

「目の見えない人を助ける犬がいるの?」

「ああ、盲導犬って言うんだそうだ」

「僕らの仲間は目の見えない人間を助けているのに、人間は目の見えない犬を助けてくれないの?」

 仔犬は言った。

「人間にそんな事を望んでも無理な話さ」

 ビーグル犬はそう言って、前足に顎を乗せると、上目遣いに仔犬を見た。

「でもね、いい人間もいるから、人間そのものを怨んじゃいけないよ」

 母犬は、仔犬の身体を舐めながら

「それにね、太古の時代から、私ら犬は人間のパートナーとして、彼らを助ける事を喜びにして来たんだよ」

「そんなの嘘だ」

 仔犬は叫んだ。

「嘘じゃないさ。ここから運よく買われていった連中だって、殆どは人間の喜ぶ顔を見ながら幸せを感じてるんだよ」

「まあ、それが俺たちの本能だからなぁ」

 ビーグルが再び上目遣いで仔犬を見上げた。

「なんか、人間て勝手だね」

 仔犬はそう言いながらあくびをして、床に丸くなると

「お腹すいたなぁ」

 そう呟いて、黒い鼻をピクリと動かした。

「もう、私たちには何も出ないよ」

「今夜って事は、そうだろうな」

 ビーグル犬は、そう言って目を閉じた。




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