Ⅰ 絶対王政
とある国の中央広間、ここは国の重大発表に使われる場所だ。
今日もアストラル王は無理難題を民に投げかける。
「戦争を隣国と始める!」
思いつきは暇だったから、誰も逆らう事無く賛同するだろう。王に逆らったら即“処刑”、良くある話だ。嫌でも皆、何も言えない。
そんな中、一人の少年が王の前まで顔を出した。
「王様、負けるのに戦争するって馬鹿じゃない?」
気味悪く笑う少年は13~5歳ほど、適当にショートにされた銀髪に濁った紺色の瞳、あどけなさが残る顔に鋭い目つきが不釣り合いだ。
「無礼な、わしが負けるわけ無かろう」
「本当かな?証明してよ」
なめた態度を取る少年に王は腹を立てて、強い口調で言い返す。
「小生意気な小僧、お前に戦の何が分かる!!」
「分かるよ、戦争。日常茶飯事でしょ?」
少年の言っている事は訳が分からない。只、そのニヤリと馬鹿にした笑みが王を挑発してくる。
「ええい!!誰かそのものをとらえろっ!さらし首にしてくれるっ!」
刹那、周りにいた数人の兵が少年をとらえようと突進してきた。それを少年は、身軽に飛びながらかわし、無邪気に笑って見せた。
「嫌だなぁ物騒じゃん、カルシウム取ってる?」
軽快なステップで踊りかわし続ける彼は淡々と話す。どんな国内一の騎士だろうと全く歯が立たない。下々の者の苦戦も無視して、王は怒りではなく疑問で顔をしかめた。
「カルシ……なんだ?それは」
「うーん、牛乳に沢山有るんだけどね」
まぁいっか、などと呟き彼が地団駄を踏む、その地点から空気は振動し兵を押しのけた。
彼としては軽く、皆には重く感じたその訳のわからない打撃に兵は恐れおののく。
王はそれでも物怖じ一つする気配がない。それを見て不満に思ったのか唐突に彼は話しかける。
「ねぇ、おじさん」
「おっ……おじさん?だと!?」
初めてうろたえた王を見て、彼は面白そうに笑い、追い打ちをかけるように言い放つ。
「だって、僕この国の人じゃないもん、僕から見れば只のおじさん」
怒りに震える王は周囲に大声で命令するが、兵は動こうとしない。みんな怯えて、立てない状態になっていたのだ。そんな姿を眺め再び微笑む。
「それでさ、提案。僕がおじさんと戦争して勝ったら本当、負けたら嘘だったってどう」
「兵も民も居ない小僧にわしが負けるわけなかろう、可哀想なくらい頭がイカレてるな小僧」
ゲラゲラと笑う王は自分が『おじさん』などと呼ばれ続けていることには気付いていない様子だ。(馬鹿なのはそっちじゃないか)と彼は心で呟く。
「じゃあ、その可哀想さに免じて一つ賭をしない?」 「何だ?」
興味深そうに身を乗り出す王は先程のように怒ってはいない。いちいち腹を立てるのは無駄だと判断したのだろう。聴く体制になった王を見て、少年はいっそう瞳を輝かせ明るい声で一番の微笑みを垣間見せながら声を張り上げる。
「僕が勝ったらこの国ちょうだい、民も兵も土地もぜーんぶ。あぁ、おじさんはいらない」
………一時の沈黙
それを破ったのは王の高らかな笑い声だった。愉快、愉快、と言いながら少年を真っ直ぐ見下す。
「ここまで来ると面白い、良かろう。ただし、わしが勝ったらお前は処刑だ」
“処刑”と言う単語を聴いていないのか聴いたのか、少年は先刻とはうって変わって、冷静な顔で王に問う。
「良いよ。じゃあ、いつまでにする?僕のオススメは一ヶ月だけど」
「ではそうしよう、そもそもお前など三日で倒せるがな。土地はどうする?分けてやろうか」
得意そうに意地汚く王は笑い、彼に問う。
「ううん、僕が立っているところが僕の土地だから」
眼光の鋭さを増しながら彼は呟く。それを聞いて王はしかめっ面で髭をさすった。
「それではわしが、攻めようがないだろう」
「あぁ、おじさんの戦争って土地の略奪?だったら半分にしたら公平じゃない?」
「では小僧に西半分をくれてやる、せいぜいわしを楽しませてくれよ」
ゲラゲラとまた笑いながら王は言う。民衆のことなどお構いなしに自国の土地を分けるなどと言い出した王に人々は内心呆れ果てていた。
「こっちこそ、アストラルおじさん」
「そうだ。小僧、名は?」「えっと……あっ、ルシオラ」
明らかに偽名の臭いがする受け答え方をする少年を見て、西半分の民衆は不服そうに睨む。
王の我が儘によりこの日から一ヶ月間国の内戦が決定したのである。
†
国の西側の中央部で民衆の話し合いが行われていた。
晴れて王の束縛から逃れ自由の身となったのだが、何処の骨かもわからない少年の言うことを聞いて良いものか。と、議論しているのだ。
「俺は、聞いてやる。仮にも解放してくれた奴だ、恩返しするのが義理じゃないか?」
「だが、あれはどうみても子供だぞ!命を預けるにしては信憑性に欠ける」
話は平行線をたどり続ける。そこから生まれる陰険な空気は、少年の元まで届いていた。
顔を上げれば夕日が沈んだ後の紫と青のグラデーションが覆い被さる。一つため息をつくと少年は立ち上がり、喧騒の最奥へと足を運びはじめた。