Ⅳ 壊れた者は何を思う *
只、静かに消えてゆく灯火。悲鳴は彼らの耳に届きはしない。
只、本能は訴えかける
『コロセ、コロセ、イキルタメニ』
クスクス、誰かの押さえた笑いが聞こえる。両手を真っ赤に染めて、せっかく洗濯したばかりの服を汚して。あーあ、また叱られてしまうな、どうしよう……
†
3日目、死者は合計3人となった。二人とも使用人で一人は片腕を引き千切り大量に出血して、もう一人は顔面を掻き回わされた状態で発見された。
何となく感づいていたのか、誰にも驚いた様子はみられない。
すでに、皆誰かを疑おうなどという考えは捨てていた。時間が、余裕が無い。
そんなことをしていたら、今度は自分が殺されてしまうのだ。
4日目、今度は一日で4人も人間が斬殺された。鋭利な刃物で大きく裂かれていて、今までとは少し違った殺害方法だ。未だ現場を見た物はまだ誰もいない。
……というか、見たならその時点で殺されて居るだろう。
使用人は怯えて仕事も手に着かない。
----もしかしたら、隣にいるのは犯人かも知れない
屋敷内のとある一室で、傍観者は手元にあったチェスの駒をいじりながらほおづえをつく。
「みんな、忘れてるよ?馬鹿だなホント、恐怖は冷静な判断が付かなくなる予鈴なのに」
少年はクスクスと笑いながらそう呟いた。彼は死体を見ても何も感じない、むしろ面白がっていた。少年は思う、あんな脆いモノは飽きた。今度は人が壊れる所を観たい!
「……あと三日だったっけ、早いなぁ。つまんないや」
年相応の好奇心あふれる声で言う彼は冷ややかな笑いと軽蔑の眼差しを屋敷中に向けていた。
5日目、2人が首をつり4人が屋上から飛び降り死亡。これで13人殺された事になる。
義父と使用人が殺され、残るは七人の使用人と義母、妹、俺の10人だ。
義母は自分の部屋と義父の部屋を行き来して居るだけで、ほとんど食事にも手を付けない。
三日も放置された義父の遺体はハエがたかり、膿がわいていた。
「あぁ、貴方はいつも素敵だわ。待っていてね、あと少し……あと少しだから」
陶酔したように死体の横で話す義母は焦点が合っていない。
髪は血で染まりガザガザに、腕や足には引っ掻いたような痕がある。やつれた顔には一睡もしていないのか隈が出来ていた。彼女は夫の胸に指をつきたて、肉をえぐり出す。
その異様な風景は異常なこの屋敷だからこそなのか、不思議と変ではない。
彼女に話しかけても、時折不気味に笑うだけで、応答が帰って来ることは永遠に無かった。
†
翌日、義母は死んでいた。胸にざっくりと刃物が刺さり、義父の上にもたれ掛かる様な姿勢で見つかったので、自殺の可能性も低くはない。あの状態だったらやりかねない。
今更、一人死体が増えたことはどうでも良いことだったが、彼らにとっては衝撃的だったらしい。使用人は皆あ然とする。
誰もが疑っていた人物が、ここに来て消えたことにより、皆の糸がぷっつりと切断された。
人が人で無くなる瞬間、理性と共にはじけ飛んだのは肉片だけだ。
傍観者はその姿をあざ笑い続ける。
「ハハッ、これだよ、俺が観たかったのはっ!」
自分の思い道理のままに動く人間をみて楽しむ少年、
「コレで、一つ復讐ができた。思い知れ、全てお前達が悪いのさ!!」
残りの使用人は皆、顔を合わせると同時にきざみ始めて最後には誰一人生き残らなかった。
目の前で血飛沫をあげ倒れていく人間をみながら、平然と廊下を歩く少女がいた。
腐った血肉の臭いが充満し、美しかったはずの屋敷内はみる影もない。
そんな中でもお気に入りの歌を口ずさみながら、まだ真新しく生温かい死体をまたいでいく。
彼は、予想していなかった出来事に好奇心と不愉快の両方の感情を抱いていた。
現実が空想になってしまっているかのように、あるいは理想が義妹の現実となっているのかもしれない。ただ、抜け殻のようになった彼女のその足取りは淡々としている。
それは、不運か?幸運か?
◆ ◆ ◆
彼にとって、この清潔な場所は気持ちが悪い。
まるで、ここで起こっている事を隠すように嘘で塗り固めているようだ。
腐りきった世界に向けて、意地悪な神に向けて幼い少年は問う
『人間にとって人間は何?』