Ⅱ 日常は唐突に
少しの間寝ていたらしい、気が付くと目の前には大きな屋敷が見えていた。
「あれが、これからお前の住む場所となるんだ」
馬車を降りると老人が顔を出す、いかにも時間と金をもてあそんでいそうな奴だ。
「おお、来たか。お前を歓迎するよ、名を何という」
「僕に名前はありません、出来るのであれば僕に名前を頂けますか?」
「そうかそうか、礼儀正しいお前には×××と名付けよう」
「嬉しいです、有り難うございます」
上っ面だけの笑顔は得意だ。気に入られる為なら嘘なんていくらでもつける。
「うむ、ヨロシク頼むぞ」
優しさに満ちあふれた老人の笑顔、明るい思い出の一つ
それから“養子”としての生活が始まった。セイレーヌ家は鉄工業を営む大富豪らしい、当主の爺さんと息子夫婦と孫の一人娘、それと、使用人しか住んでなかった。
爺さんの妻はとうに他界したらしい。
孫娘は9歳でこいつの面倒を見るのが養子としての俺の仕事となった……
「ねーねー×××兄様これは何?」
無邪気に聞いてくる孫娘は端から見れば可愛いだろう、整った顔をしていた。
「あぁ、ソレは鬼ですよ。…東洋のおとぎ話ですか?」
「ええそうなの、いつも倒されてばかり……かわいそうだわ」
「お嬢様は優しい心をお持ちですね」
「何故。鬼はこんな目に遭わなければいけないのかしら」
「---だから」
「えっ、何?聞こえなかったわ」
「それは、鬼は人間にとって害を及ぼすモノとされているからですよ」
「害?」
「はいそうです、まぁ本当のところ、どちらが害を及ぼしているかは、その人それぞれの見解によるものでしか無いのですが……」
「むー……分かんない!難しい!」
「ハハッ、そうですね。沢山の方面から物事を見定めるのは重要な事です」
「本当に兄様は物知りね」「そんなことは無いです」
「あと、敬語止めたらどうかしら?使用人みたいでおかしいわ」「すいません、癖でして」
「ほら、また敬語」「直すように頑張りま…頑張るよ?」
「兄様にも得意でないことがあるのね、いつもは何でも出来てしまうのに」
広々とした屋敷内、木陰で楽しそうに笑う少女。自分はこのくらいの時、何を思って過ごしていただろう………
ある時は、セイレーヌ家が他の家に潰されかけて。こっそり爺さんに助言したこともあった。悩んだ顔も面白かったんだけど、先に崩壊しては困るんだ。
(全くもって馬鹿な奴らだ、こんな事も分からないなんて。お嬢様の方がまだましだ)
そんなことを思っているのも知らずに爺さんは感心したらしく、それから何か困難に出くわすと俺に質問してくるようになっていた。
それを好ましく思って居ない連中も居たようだが、どうでも良い話だ。
事の発端はそれからしばらくしてからだった。
「父さんが、死んだ?」
俺の名付け親は他殺で殺された。まあ、それはどうでも良いことだ。
問題は葬儀の時に爺さんの遺書だ。
“息子夫婦にはおよそ6割の財産。2割を孫娘が、使用人達に働きをたたえ1割”
“そして、養子である×××に残りの1割を”
“PS 当主になる人間を私が生前に宣言しなかった場合、×××に決めさせる権利を与える”
(おいおい、そこまで人任せかよっ!)
最初に俺の胸ぐらを掴んだのは爺さんの息子だった。そりゃそうだろ、こんな追伸無かったら当主になれるのはこいつなんだからな
「何故、養子の貴様ごときに選択権があるのだ!そんなの剥奪してやる!」
「そうよ、いくらお父様だってこんな子を当主にするはず無いもの!」
ギャーギャーとほえる息子夫婦を横目に手紙を手に取り落ち着かせようと試みた、これが焼かれてしまっては困る。
「お義母様それは誤解です。ここに“決めさせる権利”と書いてあるではないですか、僕は決める立場にあるだけで当主になる立場ではありません」
「だから何だという!どうせこの家の財産を横取りする気なのだろっ!!」
「お義父様、落ち着かれてはいかがでしょうか。財産の配分はお爺さまが先にかかれておりますよ?あなた方は6割も持っているのにどうして声を荒げる必要があるのですか?」