Ⅰ 企みの舞台
彼は馬車に揺られていた
真夜中、荷馬車が運んでいるのは食物でもなく骨董品でもない。
やけに大きな荷台には鎖の音がかすかに聞こえるだけ…。
若い娘や幼い少年、誰もが俯きしゃべらない
沈黙と闇だけが支配している空間で独りだけ明るい表情をした少年が一人
明るい、と言うより無垢な笑みを浮かべた彼の瞳は碧く髪は金髪、いかにも育ちの良い綺麗な顔立ちである。歳は10か13の間だろう。
しかし、場所が場所である、こんな状況下で笑顔でいる子など異常でしかない
果たして彼は何故ここにいる?
「はい!次の品は今回の目玉商品です!」
沸き上がるのは変な格好をした大人達の歓声だった。
「なだらかな金髪に見事なライトブルーの瞳、オマケに容姿ときたら文句なし!コレほど上等な品は滅多に出回りません!!」
饒舌に隣で語る男も変な格好だ。皆スーツに仮面!?(こいつら馬鹿じゃないのか?)
鎖につながれた少年は、わざと客席にいる大人達に笑顔を振りまく。
オォー、とざわつく大人を見るとよけい馬鹿らしくなってきた
(さて、今回はいくらかな)
持ち主が決まったところで業者だったらまた同じ、彼は何回も似たようなステージの上でスポットライトを浴びていた。そろそろ持ち主はいないのか、と呆れかえっている彼は、この自分がいったいどの位高値で取引されるかが唯一の楽しみだったのだ。
「……では30万から!!」
威勢良く言う男の声を引き金にあちこちから声が舞う
「40万!」「60万!!」
70、74、90、130
(今回は結構高値だ)
客達は皆声を張り上げ値段を上げていく…。
140、141、144
(そろそろ細かくなってきたな)
暗闇の客席の中から意地になって数字を言う奴らの中で、驚くほど落ち着いた声が響く。
「500」
一気に静かになる客席、そりゃそうだ豪邸一軒建てられる値だもんな。
「500万!他にはいませんか?」
煽るように言う男に釣られて狂った鳥のような声が会場に響く
「…550っ!!」「600」
「600!他には無いですか?」
「…………」
「では600万。250番のお客様お買いあげでーす!!」
男は嬉しそうに幕を下ろすように命じる
「コレにて閉幕~!今後ともこの○○○商会よろしくお願いいたします」
深々と礼をする姿はいつ見ても奴隷のそれと似ているような気がしていた。
「本日はありがとうございました~」
道化師の様な笑顔は仮面に隠され客席には見えないだろうが吐き気がするほど欲がにじんでいた。
「行くぞ」
落ち着いた声で言う強面の男は引き渡しの場所で短くそう言っただけだった。
(こいつは商人か?情報が少なすぎる!!)
焦った少年は天使の様な笑顔で一礼した
「始めまして、今から僕は貴方のモノです」
そう言うと男は不機嫌な顔をし、抑揚のない声で喋り出す
「お前は、私のモノではなく、今から私の主のモノになるのだ」
自分の背の二倍はあろう強面の男を見上げ、作り物の哀しそうな顔で呟く
「…と言いますと、僕の主は誰なのですか?」
ため息混じりに男は話し始める。落ち着きのある優しい声で…
「セイレーヌ家の養子となるのだよ、全く、変わったことをする人だ」
今まで乗った事のない豪勢な馬車に乗せられ彼は思う。
(養子かぁ、めんどくさいな)
いったい自分に一番の高値をつけた主は誰なのだろうか?
宵闇に染まる外を見つめながら彼は馬車に揺られていた。