Ⅲ つかの間の戯れ
「ねぇ」
「なんだ?」
不機嫌そうに顔をしかめる彼は無愛想に振り向きもせず応えた。
「貴方の名前教えてくださる?」
桃色の髪が肩から落ち、藤色の瞳が微笑む。
「おまえに教える必要はないだろ」
こちらを振り向きもせず紫煙をふかす。
うわー、つれないなぁ……
今、彼の店の自室に接客が終わった後に通されていた。
私の主はアヤメになんとかして貰い、私はこの店に残ったのだ。
窓際に片足を乗せ座る彼は遠い外を見て、こっちを見向きもしない。
「じゃあ、貴方に私を教える必要もないわね……」
「だったら何でここに来た?」
おっ!?興味を示した?
ニィと妖艶な笑みを浮かべる城主は自然な動作で彼の左頬に触れる。
「私は“知りたいの”」
余計に顔をしかめる彼の眉間にキスをする。次に左頬の傷に……。
「さぁ、そんな嫌な顔をなさらないで」
「……さい」
彼はうつむき呟いていた。
「ん?なぁに?」
「五月蠅い!寄るなっ!」
ものすごい力で振り払われ、わたしは背中を強打する。
痛っっい!城主にこんな事する奴なんて!あり得ない!!
背中をさすりながら怒りを覚え瞬間的に睨んでしまったが、いつものように艶っぽく微笑み取り繕う。
「そうやって、いつも笑っているのか?」
「は?」
「そうやって、作り笑いを浮かべて媚びを売るのか?」
その一言に恐怖が心を駆け抜けた。
黒い瞳に見透かされているようで低い声が私を動けなくする。
「ええ、そうよ。だから何?」
開き直ったように言う彼女をみて彼は驚いた。睨み返す彼女は呆れたように笑い始める。
「この髪この瞳。珍しい目で、奇妙な目で見る奴ら。最初は貴方みたいにしかめっ面ばかりしていたわ、そうすれば忌み嫌われ、人外だと化け物だとみんな避ける」
彼はこっちを振り向かずに紫煙をふかし、溜息混じりにこう告げた。
「そうやって、ここに来たのか……」
「そんなもんよ、ココにいる女なんて。結局みんな身体を売り始める」
「聞いたところによればお前は人気らしいな」
「だから?睨まずに作り笑いをしていただけよ…正直言って疲れるわ……」
深々と溜息をつきながらジト目で彼を見上げる彼女は呆れているようにも見える。
「ははっ、お前もそんな顔するんだな」
笑った!?今まであんなに不機嫌そうにしていたのに?
自分でも気付いたのか彼は顔をすぐさま背け、耳まで赤くしていた。
「………何というか……お前が人間…らしいなって」
「何ソレ?」
「ココの女ってみんな同じ顔してんだよ…わかんねぇのか?」
何もかもを捨てて、諦めている目をしている女達。自分が商品であると自覚している顔。
「周りなんて私は見る必要ないもの。私は自分が大事よ」
手を腰に当て堂々と言う城主は実に生き生きとしていた。
「はぁ、お前は例外らしいな。城主になる女は違うもんなのか?」
「知らないわよそんなこと」
ぷいっとそっぽを向きながら可愛らしく頬をふくらませる城主を見て、彼は長い前髪を掻き上げながら舌打ちをした。
「これだから、我が儘なガキは……」
「なによ!貴方だってガキでしょう?」
「うっせーな、俺は18だ。立派な大人だろう?」
「私だって17よ」
「……やっぱり年下……」
「---たった一年でしょ?ここら辺の楼主と比べたらあんたはまだまだ甘ったれた子供よ!大体、いつココに来たのよ?」
「半年前からだ」
「だったら私の方がココにいる歴は長いわね、私の方が先輩よ!」
「ただ飼われているだけの奴がよくそこまで…」
「あぁ、もう。うるさい!城主に刃向かうんじゃないわよ!」
「結局、権力任せかよ」
くすくす、と突然嗤い出した城主に彼は驚いた。先程の彼女とは全く違う雰囲気が存在を濃くする。ニヤリと歯を見せて笑う城主は「とうぜんよ」と彼の耳元で囁く。
長い睫、藤色の瞳、桃色の髪が彼の肩に触れる。ふんわりと鼻をくすぐる石鹸の香り。
今度は彼は嫌がらなかった。否、さり気なく首筋に爪を立てられていたのだ。
「私は使えるモノがあるならいつだって利用するのよ、それが親友でも敵でも。名前も知らない貴方でも……」