Ⅱ 太陽の月
「あぁー疲れたっ!」
ふかふかのキングサイズのベットに突っ伏した城主は足をバタバタさせる。
「着替えてください、お酒くさいです」
「しょうがないでしょぅ………アヤメもそのうち解るわよ」
「お姉様も知らないでしょう?」
「ええ、そうね」
天井の明かりに手を透かしながら彼女は答える。
「誇るべき事なのですかね?」
「客は手に届かないものを買って手に入れる。それがここのサイクルでしょ?絶対に手に入らない私自身を欲しがって、金を積む」
「まぁ、お姉様が好きな殿方を見つけるまでそうしてください。私はお姉様の自由になさればいいと思います。なにせ今はこの城はお姉様のものなのですから」
「男なんて、どれも同じに見えるわよ……」
あの店主も女など興味の無いような顔をしていた。無が支配した光のない黒い瞳。
孤独を紫煙が隠すように渦巻いている様子が目に浮かぶ。
彼はどこから来たんだろう。いつ、ここへ来たのだろう。
城主は各店全ての状況を把握している。それなのに、彼の存在を知らなかったのはおかしい。どこからかこみ上げる不安が、彼女を浸食し始めていた。
布団に潜り込むと耳を塞いで眠りについた。
丁度その頃は日が昇り始めた頃だった。
†
昼になると、ここは死の街のようだ。歩く人もいない、猫や鳥までがこの町に住んでいるだけで昼間は活動を休止するようになる。
ここでは月が太陽であり太陽が月なのだろう。まったく、寝るというのは無駄な行為にしか思えない。俺はどこか欠けていると良くいわれた。自分でもそう思っている。
どこか欠けているから女をみても別にどうも思わない。
だから、俺はこんなとこにいるのか?あぁ、そうなのか?
一年前も昨日も覚えていない。あるのは今だけで十分だ。
彼は不意に右腕をさする。
「あぁ、暑い」
†
「ねぇ、アヤメは太陽嫌い?」
寝間着から着替えるため、綺麗な赤いドレスとフリルのあしらった黒いドレスを見比べて城主は唐突に呟いた。
「諸事情により、好きではありませんね」
「私は月ばっか見てるから、飽きてきたのよ」
そういって、彼女は隣の黄色いドレスを引き寄せる。
「太陽の方が目が焼けてしまいますよ?」
首を傾げていると、アヤメが黒いドレスの方を差し出し、着せ始めた。
城主は文句一つ言わずに着替えを始める。
「いいわよ、何も見えない方が幸せなときもあるんだから」
「もう見ている貴方がそんなことしても無意味でしょう?」
「アヤメ、相変わらず冷た~い」
「ほら、今日もご指名だそうですよ」
耳を澄ますと主が声を荒げていた。
「ああん?昨日と同じ店だと!?駄目だダメ駄目、城主が連日行けばその店ばかりが儲かってしまうではないか!」
「何を、騒いでいるの?」
襖を開けると丁度、へらへらと作り笑いを浮かべる主がいた。
「あぁ、××××何でもない」
「いいわよ、昨日の場所でしょう?」
「だっ、だが……」
「くちごたえするのなら、私がここから出て行ったって良いのよ?」
「…………」
ほら、黙った。逃げるように外へ出た。
チョロいな、私がいなくなったらまた振り出しに戻ってしまうのだもの。
「おかしい」と乾いた笑いを浮かべれば、アヤメが溜息をつく。
ここは、私の城だから我が儘が通じないことはない。
†
のろのろと歩く大名行列に嫌気がさしてきた頃。やっと、あの店へたどり着いた。
「こんばんわ、繁盛しているわね」
「あぁ」
すべてに興味のなさそうな顔。彼の吐いた紫煙が空へ吸い込まれる。
黒い瞳は全てを吸い込むようで、私は気付けば動いていた。
「今日、この後会えるかしら?」
主の隙をぬって、彼に耳打ちする。誰もが心揺らぐ妖艶な微笑み。
もしかしたら、このためにまたこの店に来たのかも知れない。
“彼女ハ迷ウ事無ク前ヘ進ム”