Ⅰ 女の城
ここは“女の城”そう呼ばれる。
“男の楽園”とも称されるが私としては前者の方が好きだ。
ここには、毎日のように買われた女がやってくる………
それをまた、男共は買うのだ。
酒や麻薬、銃や煙草、違法なものが飛び交う中、女が重宝される空間。
ここでは美しさが全てだ。美しい者は力を得る。
桃色の長い髪に藤色の瞳。皆はそれを珍しがる。
珍獣でも見ている目つきで私を買い付けたのが、私の今の主だ。
私のおかげで大層、儲けたのだろう。今では私に頭が上がらない。
「ここから見下ろす景色にも飽きたわ」
「さようで御座いますか」
立て膝をして、頭を垂れるのは私の雑用係。こんなにも小さい幼女はよく働く。
彼女もじきに客を取るようになるのだろう……
「おい、××××。初客だ行ってこい」
口調は相変わらず強気だが、断られないかとビクビクしているのがバレバレだ。
「……行くわ。支度をするから、ちょっと待って」
そういうと、彼はさっさと部屋を出た。よほどの上客なのか外が騒がしい。
「アヤメ、髪を結ってちょうだい」
「はい。お姉様」
このアヤメと言う名は私だけがこの雑用係に付けた名前だ。
姉と呼んで許しているのも彼女だけである。ここでは雑用係と仲が良いことはタブーとされているのだが、そんな周りを気にするほど、私は気が弱い人間じゃ無かった。
無言で私の髪を撫でるアヤメ。静寂の中、梳かれる音だけが聞こえる。
「アヤメ」
「何でしょうか、お姉様」
「アヤメはここにいたくないの?」
「お姉様がいるところにいたいです」
「じゃなくて、この女の城にってことよ」
聞いた途端、アヤメは手を止め考えるそぶりをした。
「ここではご飯を食べ損ねる事はないですから……」
「でも、そのためには客を取らなきゃいけないのよ?」
「お姉様はどうなのですか?」
それは、私のことを熟知しているから出る質問。子供のくせに生意気にも口答えをする。
(だからこの子は面白い)
なるべく彼女を傷つけるようなあざ笑い方をしながら、バカにしたように口走る。
「私は客とは寝ないわよ。それを売りにしているもの」
紅をさした口元がニィとつり上がる。
「そうですか……」
それ以上は続けず、結い終わったアヤメは外へ出て行ってしまった。
部屋を聞いてくるのだろう。その間に私は着替えをすませた。
高い位置から見下ろすと娼婦達がよく見える。
男にまとわりつく客引き、酒を要求して金を巻き上げるホステス。
ほんとに飽きる景色。ここの頂点に君臨して3ヶ月しか経っていないというのに……
ネオンが多すぎて、昼のような明るさの中をゆるりゆるりと行列を成して歩いていく。
隣にはアヤメ。他にも沢山の幼女が私の周りを囲う。
前を歩くのは今の主。女を偉そうに隅の方へ追いやるのが仕事だ。
女達はヒソヒソと話した。
「アレが、今の城主かい?」
城主というのは“女の城で一番の美女”のこと、つまり最近では私のことを言う。
「噂は聞いてるわ、マダなんでしょあの城主」
「そんなんで城主になれるんなら私らは苦労しないわよ」
「どうせ、どっかの上客に取り入ったんでしょ?」
「いいえ、主にかもしれないわよ?」
嗤う女達を見下し歩いてゆくと、今日の仕事場が見えてきた。
「ようこそ、お越し下さいました。城主様」
キセルを片手に頭も下げず、入り口の柱にもたれ掛かりそういう男はまだ若い。
といっても私と同い年ぐらい…黒い瞳に黒い髪、華やかさのかけらもないその少年は紫煙をふかす。
左頬の傷が妙に艶めかしく、長身は威圧感を覚える。
「失礼ではないかッ!」
そういうのは主だ。あんたの台詞じゃないわよ……
「いいわ、早くしましょう」
部屋に上がると、またどこぞの大財閥。舞踏会とは違った緩い酒場の空間に何人もの女が彼の周りを囲っていた。客は心底嬉しそうな顔をしていたが、私を見た途端こちらへ駆け寄ってきた。
「やあやあ、君が××××かい?」
「えぇ、この度はご指名頂き誠に光栄に存じます」
「いやいや、城主に会えて嬉しいよ。絶世の美女に出向いてもらえて光栄だ」
「もったいないお言葉です。どのお酒に致しましょう?」
「君は飲まないのかい?」
「えぇ、私お酒はてんで駄目ですの。お注ぎいたしますわ」
そう微笑むだけで、彼らは納得してくれる。
別に酒が飲めない訳では無いのだけどね……