第六話 幸せな結婚
美容室の鏡に映る自分を見て、勇斗は満足げにうなずいた。
少年院にいた4カ月ほどの間に、金髪に染めていた髪はすっかり伸び、根元が黒くなって格好悪いことこの上なかったので、綺麗に金髪に染め直した自分の姿を見て、勇斗は上機嫌だった。
美容室を出て、青い空を見上げる。
やっと戻ってこられた──そんな感慨にふけっていると、「勇斗」と自分を呼ぶ声があり、声のほうへ振り向いた。
「月雫」
生まれたばかりの赤子を抱えた月雫は、すっかり金髪になった勇斗を見て微笑んだ。
「髪色、似合ってるよ。
やっぱり勇斗はかっこいいなあ」
そんなことを照れもせずに口にしてしまえる月雫の変わらなさに苦笑しつつ、勇斗は月雫に抱かれた赤子の顔を覗き込み、その柔らかい頬を人差し指でつついた。
「悟も、パパかっこいいと思うか?」
「うん、思うって。
勇斗パパ、かっこいいでちゅよーってね」
月雫も慈愛に満ちた眼差しで我が子の頬をぷにぷにとつついている。
桜の花びらが風に流され、幸せに微笑むふたりの頭上を祝福するように舞い上がった。
☆
勇斗が最初に逮捕されたのは、中学3年生のときだった。
半グレと共謀して、特殊詐欺に加担し、受け子の役目をつとめていたとして、検挙されたのだ。
指示役はいまだに捕まっていない。
末端である勇斗がしくじり、とかげの尻尾切りの要領で勇斗だけが捕まってしまった。
その後も、勇斗は売春の斡旋、薬物の売買などで数回逮捕されている。
もちろん高校になど進学せず、いわゆる不良と呼ばれる存在になり、働きもせずにその日暮らしをしていた。
警察からマークされた挙げ句、17歳のときに逮捕されたあと、家庭裁判所に送致され、4カ月間少年院で過ごした。
そのとき、高校生だった月雫は勇斗との子どもを宿していた。
月雫は高校を中退し、勇斗が少年院に収容されている間に子どもが誕生した。
初めての妊娠で、勇斗もいないことに不安を感じていた月雫を支えたのは親身になって面倒を見てくれたハナだった。
今もまだ、月雫は『ひまわりの園』で暮らしている。
少年院を出たばかりの勇斗も、ハナの好意で居候させてもらっている。
勇斗が戻ってきたら、子どもと3人で暮らそうと、ふたりは約束していた。
月雫と勇斗は18歳になっていた。
今日は、ハナが仲介してくれた物件の内見に行く予定だった。
勇斗の逮捕にはじまり、月雫の妊娠、少年院送致、と激動の日々のなか、ハナは手厚く面倒を見てくれた。
悟の誕生までをサポートしてくれ、まるで孫でも生まれたかのように嬉しそうに生まれたばかりの悟をあやしていた。
その上、住む家まで紹介してくれるというのだから、ハナには足を向けて寝られない。
「持つよ」
勇斗が月雫が提げていたマザーズバッグを引き取って歩き出す。
「ありがと。
勇斗は優しいね。
ね、悟、パパは優しいでちゅねー」
生まれてきた息子の名前は、月雫と勇斗で話し合って決めた。
月雫が悟に頬ずりする様子を、勇斗が微笑みながら温かく見守っている。
信号待ちの間、勇斗が月雫を気遣わしげに見て何度目かの詫びを口にした。
「悟が生まれたとき、そばにいてやれなくて、本当ごめんな」
月雫は長身の勇斗の顔を見上げると、なんでもないことのように微笑んだ。
「もう何回も聞いたよ、それ。
気にしてないってば。
ハナちゃんがいたし、施設の子もみんな、悟が生まれる前から楽しみにしてくれていたしね。
だから、陣痛も乗り越えられたの」
勇斗は目を細める。
月雫は、すっかり母の顔になっていた。
顔つきが優しくなり、落ち着いた柔らかい雰囲気を醸し出すようになった。
伸ばした茶色の髪には天使の輪ができて、ナチュラルメイクなのに大きな瞳と小さい鼻、形のよい唇が完璧な配置におさまっている。
控え目に言って、月雫は輝くような美貌の女性に成長していた。
月雫を連れて歩けば、その華やかな出で立ちに、すれ違う人が振り返る、勇斗にとって自慢の恋人だった。
対する勇斗は、自覚はないものの、月雫いわく『絶世の美青年』なのだという。
幼いころから勇斗は西洋人形を彷彿とさせる美しく整った顔立ちだった。
背も伸び、その辺の芸能人にも決して引けを取らないほどの美形を誇る青年に成長した。
染めた金髪がまた、彼が持っていた西洋の面影を強調して美しさに拍車をかけている。
左目だけ青い瞳が、さらに彼の不思議な魅力を倍増させた。
そんなふたりの子どもである悟が、将来美形になるのは決まっているわね、とハナはよく上機嫌に話している。
母になった月雫は、大人の色気もあるが、笑うと、まだ幼さの残る少女の顔になる。
大人と子どもの狭間を揺れ動く微妙な年齢でもある。
昔から、月雫はしっかりした子どもだった。
育った環境がそうさせたのだろうが、今は彼女のその在り方が頼もしい。
悟の出産に立ち会えなかったことは、勇斗の一生の後悔だ。
──仕事を探して、月雫と悟を幸せにしよう。
それが、父親となった自分に課せられた使命なのだと勇斗は心持ちを新たにした。
度重なる逮捕で、月雫には多大な迷惑をかけてしまった。
妊娠に加えて自分までもが月雫にストレスを与えてしまったのだから、家族となるふたりに今後の人生を尽くすのは、当然の責務であるといえた。
それに、自分がしっかりしていないせいで、月雫がせっかく合格した進学校の高校を辞めざるを得なくしてしまった負い目もある。
小学生のときから付き合いはじめて以来、月雫と勇斗の恋人関係は、一度も揺らぐことはなかった。
月雫は勇斗が捕まっても、動揺することなくどっしりと構えていた。
そして、決まって言うのだ。
──だって、勇斗はそんなことしないでしょ、と。
世間は、勇斗を鼻つまみ者の前科者として扱う。
月雫が、そしてその月雫が信頼を寄せる人たちだけが、勇斗の無実を信じてくれた。
──そう、勇斗は無実だった。
「勇斗?」
横断歩道を渡りはじめた月雫に呼ばれ、勇斗は慌てて走り出す。
これから、待ち受ける現実は、月雫が考えている以上に過酷だろう。
犯罪者の烙印を押された自分に、まともな職があるのか、ふたりを養えるほど稼げるのか、不安はまだまだある。
だが今はがむしゃらに前進するしかない。
もう二度と、警察とも少年院とも関わりたくない。
静かな環境で、家族3人身を寄せ合って平和に暮らせるなら、なにもいらない。
だから、と勇斗は安寧の未来を願った。




