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『聖なる鉄槌』  作者: 妃水
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第四話 噂


 それは、月雫が10歳になった秋のことだった。


 なんの前触れもなく突然、勇斗が学校にこなくなった。


 頻繁に顔を出していた『ひまわり』にも、ぱったりと姿を見せなくなった。


 勇斗のスマホに連絡しても、返事がくることはなく、その不気味な沈黙に、なんともいえない嫌な予感が膨らんでいく。


 月雫が内心で不安を募らせていたころ、クラスで真偽不明なある噂話が流れはじめた。


『徳山勇斗は飲酒と煙草で捕まった』


 まことしやかに流れる噂話に、月雫は目を見張った。


──嘘、勇斗がそんなことするはずがない。 


 しかし、勇斗が不自然に姿を消したのは事実だ。


 勇斗の身になんらかの異変が起きているのかも知れないと思うと、いてもたってもいられない。


 早く勇斗に会いたい、会って真相を確かめたい、ただそれだけを願って、じりじりした焦りと時間だけが浪費されていく。


 落ち着かない日々を過ごす月雫が勇斗と再会できたのは、噂話が流れはじめて2週間後のことだった。


 いつもの公園の隅のベンチに、いつかのように勇斗が座っていたのだ。


「勇斗!」


 思わず月雫が叫ぶと、項垂れていた勇斗が、ゆるゆると顔を上げる。


「……月雫」


 まだ夕方の五時だというのに、気が早い太陽はすでに姿を消しつつあり、辺りは薄暗かった。


 久しぶりに見る勇斗は、非常に疲れた様子だった。


 覇気がなく、長い髪もぼさぼさに乱れ、目も虚ろ、弱々しい街灯に照らされた目元にはクマがくっきりと濃く刻まれている。


「久しぶり。

 元気だった?」


 月雫は動揺を押し殺して、わざと無遠慮に、あえて空気を読まずに明るい笑顔を浮かべてベンチの隣に腰かける。


「寒くない?

 こんなところにいないで、『ひまわり』にくればいいのに」


 2年ほどをかけて、勇斗とは強固な信頼関係を築いてきたつもりだ。


 その信頼関係に賭けるように月雫は、あくまで『普通』に『当たり前』の口調を変えずに、でもできるだけ明るい声で話し続けた。


 少し、わざとらしいくらいに。


 うつむいたまま、勇斗は無言を貫き通す。


 両足をぶらぶらと揺らし、刻々と色彩を変える晩秋の空を見上げながら勇斗が言葉を発するのを辛抱強く待つ。


 やがて、根負けしたように勇斗がぽつりと零した。


「ぼくの変な噂、流れてるんだろう?」


 月雫は一瞬顔を強張らせ、しかし意志の力ですぐに表情を取り繕う。


「……変な、ね。

 うん、噂は流れてる」


「どんな?」


「勇斗が、お酒、飲んだとか、煙草、吸って捕まったとか。

 だから、学校にこないんだって」


 勇斗が小さく笑った。


 疲れをにじませた、皮肉げな笑い方だった。


「14歳未満は逮捕されないんだよ。

 でももう、そこまで漏れてるのか。

 父さんが火消しに躍起になったわりには、情報が漏洩してる」


「ろうえい……?」


 頭の中で、勇斗の言葉を漢字に変換できず、月雫が首をかしげる。


「おおかた、お酒と煙草を買ったところを誰かに見られてたんだろうな」


 勇斗はどこか他人事ひとごとのように独りごちると、達観したような目つきで遠くを見つめ唇の端をゆがめた。


「……でも、勇斗はやってないでしょ?」


 月雫が言うと、疲弊の色を隠せない勇斗が目を見開いて月雫の瞳を見つめた。


「……月雫は、信じてくれるの、ぼくのこと?」


 上目遣いに見上げてくる勇斗の大きな瞳は、不安をはらみ、うっすらと涙が膜を張っていた。


「信じるよ。

 勇斗は、やっちゃいけないことをするような子じゃない」


 月雫がそう断言すると、こらえきれなくなったのか、勇斗が顔を覆って泣きはじめた。


「……信じて、くれるのか、ぼくのことを……月雫は……」


 勇斗の泣き声が次第に大きくなる。


「父さんだって、母さんだって、ぼくの言うことを信じてくれなかったのに……」


 丸まって泣きじゃくる勇斗の背中を、月雫はそっと優しく撫でてやる。


 その先は、もう言葉にならなかった。


 勇斗は、言葉を知らず泣くことで自己主張する赤子のように絶望と諦めを綯い交ぜにした悲痛な声で人目も憚らず泣き続けた。


 やがて、涙が枯れるほど泣いて、落ち着いた勇斗は、なにがあったのか、ぽつりぽつりと話しはじめた。


 月雫は、たどたどしい勇斗の話を真剣に聞いた。

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