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『聖なる鉄槌』  作者: 妃水
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第十八話 スパイ


 それからどのくらい時間が経っただろう。


 いつしか月雫たちはシートに身体を預けて眠り込んでいた。


「……月雫さん、勇斗さん、まなさん」


 そんな呼びかけを、何回か聞いた気がする。


 月雫が目を開くと、いつかと同じように、想の顔が目の前にあった。


 ひゃっと声を出すと、座っていた椅子からずり落ちそうになった。


 辺りを見回すと、そこは『聖なる鉄槌』のアジトだった。


 あの巨大な円卓がある部屋だ。


「……あの、わたし……?」


 すると、隣と真正面に座って眠っていた勇斗とまなも目をこすりながら目覚めたようだった。


「倫子とふたりでみなさんを運びました。

 車で熟睡していましたよ」


 勇斗がはっとしたように叫ぶ。


「証拠、証拠は!?

 俺たち、遥斗の尻尾を掴んだんです!」


「ええ、今度こそ強力な証拠のようですね。

 早速ですが、動画を見せていただけますか?」


 硬い椅子の上で不自然な体勢で寝ていたせいか身体のあちこちが軋み、月雫とまなは立ち上がってストレッチをしている。


「……あれ?」


 勢い込んで動画を再生しようとしていた勇斗が間抜けな声を発する。


「どうしたの?」


 月雫が勇斗の手元を覗き込んで不思議そうに問いかける。


「スマホが、動かない……」


「えっ?」


 言われて画面を見ると、スマホの画面は真っ暗なまま沈黙している。


「どうして……壊れたのか?」


「貸してください、乾に復元させます」


 勇斗のスマホを持ってディスプレイに囲まれた乾のもとへと想が歩いていく。


「……無理だな。

 スマホがウイルスに感染してる」


「復元できませんか?」


「時間がかかる」


 月雫と勇斗は祈るような、悲痛な眼差しで乾と想のやりとりを見つめるしかない。


「待ちましょう」


 想に言われ、スマホの復元を乾に託した月雫と勇斗はマンションへひとまず帰ることになった。



〈明日?

 いや、明日の予定はまだ聞いてねえな。

 久保を潰したから、行き詰まって泣いちゃうんじゃないか〉


 くつくつと、くぐもった忍び笑いを落とし、乾が心底呆れたように続けた。


〈しかし遥斗さんよ、今回のは失敗だったな。

 あれだけ人数使ってけしかけたのに返り討ちに遭ってさ。

 ……俺?

 いいや、今回は俺は手を加えてない。

 あんたの人選と作戦ミスだな。

 ま、そう気を落とすなよ。

 わざわざ俺を使って弟と嫁さんを泳がせて、じわじわ追い詰めて愉しむなんて、あんたも悪趣味だよな〉


 近未来的な照明が落とされ、光源はディスプレイの放つ青白いブルーライトのみのアジト。


 そこには、スマホの復元を徹夜で片付ける乾しかいない──はずだった。


《なにをしているんです?》


 無人だと思っていたアジトで背後から声をかけられ、はっと乾は振り返った。


 想が闇に溶け込むように黒ずくめの格好で立っていた。


《……盗み聞きとは趣味が悪いな》


 乾はデスクに置いてスピーカーホンにして通話していたスマホの電源を落とす。


《今、話していたのは徳山遥斗ですね。

 ぼくたちの情報を漏洩させていたのは乾、あなたですね》


 想と乾のやりとりを、イヤホン越しに月雫と勇斗、そして月雫たちの部屋にきていた倫子はともに息を殺して聞いていた。


《だったらなんだ?》


 開き直った乾の乾いた声がする。


《あなたのことを詳しく調べました。

 ぼくの身体検査が甘かったと言わざるを得ません。

 あなたは元々遥斗の仲間だった。

 ぼくたちが遥斗を追っていると知って、遥斗がスパイとしてあなたを送り込んだんですね》


《……裏切り者だとか、騒ぐつもりか?

 悪いが、俺は誰のものでもない。

 特定の誰かの味方でもないし、敵でもない。

 馴れ合いは俺にはいらない》


《それでは、あなたは遥斗に心酔しているわけではない、と。

 条件次第では、遥斗を裏切ってこちら側に寝返ることもある、そういうことですか》


《まあ、そうだな》


《条件はなんです?

 たとえば、カネとか?》


《それもある。

 ただ、俺は警察やらの権力者を欺いて情報を改ざんして手玉に取るのがなによりも快感なんだ。

 ハッカーとして腕を振るえるなら、誰が雇い主でも構わない。

 遥斗だろうが、お前たちだろうが別にどっちでもいいんだ》


《ではぼくたちの側についてください。

 遥斗にはこれまで通り仲間として接触して、遥斗の情報をぼくたちに提供する。

 二重スパイとしてぼくたちの仲間になってください》


《二重スパイ、ね。

 面白そうだ、いいだろう、構わない》


《交渉成立ですね。

 引き続き、月雫さんたちの逃亡を手助けしてください。

 もちろん、遥斗に気づかれないように》


《……別に遥斗はそこまで俺を信用しているわけではない。

 俺ひとりが裏切ったくらいで大騒ぎするとも思えないがな》


《では、これからは遥斗を追い詰めるぼくたちに協力してください》


《はいはい、わかったから、もう、帰れよ。

 俺は忙しいんだ》


《では、頼みますね、乾》


 想の足音が床を叩き、自動ドアがスライドして開く音がする。


 それきり、通信は途絶えた。


 息を止めるほどやりとりに聞き入っていた月雫たちは、ほうっと一気に呼吸をはじめる。


「これで、一件落着でしょうか」


 月雫が問うと、倫子が曖昧に首を振って首肯する。


「おそらく……。

 遥斗側に私たちの情報が漏れることはないのではないのでしょう」


「警察から、追いかけられない?」


「ええ、断言はできませんけど。

 乾のことを信じすぎるのも危険だとは思いますが……」


 ひとまず今日は休みましょう、と倫子がソファから立ち上がり、月雫たちの部屋をあとにする。


 月雫と勇斗はその夜、久々に安眠できた。


青山寿子あおやまとしこという女性を訪ねてください》


 翌日、目覚めたばかりの月雫と勇斗は、想からそう伝えられた。


 月雫のスマホに80代ほどの年配の女性の顔写真が送られてくる。


《乾が久保のスマホをハッキングして、気になる名前を見つけました。

 青山寿子、振り込め詐欺の被害者です。

 ですが、久保とのやりとりを見る限り、どうやら青山寿子も特殊詐欺の加害者である可能性が出てきました。

 背後に遥斗がいるとみて間違いないでしょう》


 スマホに青山寿子の個人情報が追加で送られてくる。


 身支度を大急ぎで済ませると、部屋を出て駐車場へと向かう。


「行きます」


 月雫と勇斗をワゴン車に乗せ、倫子はアクセルを踏み込んだ。




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