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『聖なる鉄槌』  作者: 妃水
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第十七話 襲撃


「……なに?」


 腰を浮かせた月雫を片手で制して勇斗が応接室のドアを細く開けて顔を出す。


 じりりりり、と耳の痛くなるような警報音が銀行内に響き渡った。


 すると今度は、野太い男の叫び声が応接室にまで投げ込まれてきた。


「強盗だ、カネ出せや!」


 居合わせた客が逃げ惑っている、ばたばという足音と悲鳴が重なって応接室まで聞こえてくる。


「勇斗、危ないって!」


 月雫が止めるのも聞かず、勇斗は応接室を出て窓口のほうをうかがった。


 体格がよくて、見るからに柄の悪い男たちが複数人顔も隠さずに堂々と窓口前に陣取っているのが確認できる。


「強盗……こんなときに……」


 月雫が絶望の眼差しで勇斗の服をぎゅっと握る。


《落ち着いてください。

 乾に銀行の防犯カメラをハッキングさせました。

 銀行内は把握してますので、ぼくの指示に従って動いてください。

 それに……》


「それに?」


 月雫が聞き返すと、少しの間をあけて想が続けた。


《少しおかしいです。

 ただの銀行強盗ではないと思います》


 イヤホン越しに、乾がキーボードを叩いているかたかたという音がする。


《今は応接室から出ないでください。

 鍵があるならかけてください》


「でも、それだと逃げ場がありません」


 月雫が訴えると《大丈夫です、把握していますから》と想がなだめるように言い聞かせる。  


「ど、どうなってるんだ、強盗まで……」


 久保は頭を抱えてソファでうずくまっている。



「どこだー、どこにいる?」


 男たちの愉悦に浸る声と、金属質なもので床や壁、ドアを叩きつける硬い音が断続的に聞こえ、月雫は涙目になって勇斗の背中にすがりつく。


 勇斗が月雫の背中をさすっていると、状況を冷静に見ていたまなが、ぐるぐると準備運動するように腕を回しながらソファから立ち上がった。


「さて、わたしの出番かな」


 その声はどこか楽しそうに弾んでいる。


《勇斗さん、乾が強盗の素性を突き止めました。

 警察がマークしている反社組織の人間です。

 おそらく、遥斗の差し金かと。

 非常に危険ですので、すぐに逃げてください》


「……逃げるって……」


 勇斗が応接室を見回し困惑した表情になる。


「人が通れる窓なんてないぞ」


《仕方ありません、まな、お願いできますか》


「おっけー。

 わたしに任せてよ、うー、武者震いするなあ!」

 

 まながそう言った瞬間だった。


 金属を引きずる音が応接室の前でぴたりと止まる。


 すぐにドアが叩かれはじめた。


「ここにいるんだろ?

 徳山よー。

 お前を殺してもいいって遥斗さんに言われてきてんだよ。

 顔見せろや」


 男たちの哄笑が応接室の外から流れ込んでくる。


「いい?

 敵はわたしが引きつける。

 月雫ちゃんたちは、その隙に逃げて。

 想っち、裏口は?」


《応接室を出て廊下を進み、左に曲がってください。

 職員用の出入り口があります。

 そこまで辿り着ければ……》


「わかった、よし、ドア開けるよ、月雫ちゃんたちは走る準備して」


 3、2、1と数えると、まなが勢いよくドアを開ける。


 ぐえ、と突然開いたドアに顔面を打ちつけた男の情けなく潰れた声がした。


「走って!

 すぐそこを左に曲がる!」


 月雫と勇斗は廊下を3メートルほど走ると、左へと曲がった。


「いたぞ、徳山だ!」


 男たちの声が追いかけてくる。


 振り返ると、まなが男から武器を奪い返り討ちにしているところだった。


 どうやらまなはかなりの武闘派らしい。


 しかし、それでも数でまさる男たち全員を食い止めることはできず、数人の男がまなの反撃を逃れ月雫たちを追いかけてきた。 


──追いつかれる!


 背後から迫る脅威に総毛立ち、身体の震えが止まらない。


 前を行く勇斗に手を引かれ、ようやく走れている状態だった。


 出入り口まで逃げ切れないと判断した勇斗が廊下に並ぶ適当なドアを開け、月雫を押し込むようにして中に飛び込み鍵をかける。


 長机がいくつか置かれ隅にパイプ椅子が乱雑に積まれた会議室のような部屋だった。


「とりあえず身を隠そう」


 呼吸を整えながら勇斗が机の下に潜り込みながら、月雫を抱きしめる。


「まなさん、大丈夫かな……。

 あんな大勢の男の人相手に、勝てるのかな?」


「それは、わからないけど……」


 勇斗の唇も青く、かすかに震えている。


「徳山ー!

 どこだあ!」


 男の声が近づいてくる。


 ふたりは息を殺して身じろぎせずに嵐が過ぎるのを祈るような心地でひたすら待った。


 ドアノブが外から回され、がちゃがちゃと音を立てる。


「ここかー、徳山。

 逃げられねえぞ」


 男が硬いものでドアを殴りはじめる。


「勇斗……」


 勇斗の手をぎゅっと握ると、勇斗も冷え切った手で月雫の手を握り返す。


「出てこいって言ってんだろうが!」


──もう駄目だ、殺される。


 さらに激しくドアが叩かれたそのとき、観念して瞳を閉じた月雫の耳に「おりゃあ!」と可憐な声に似つかわしくないかけ声が届いたかと思うと、「ぐえっ」というカエルが鳴いたような不快な声にもならない呻きが聞こえた。


 どんどんとドアが叩かれる。


「月雫ちゃん、勇斗くん、大丈夫?」


 警戒しながらドアを開けると、にっと無邪気に笑うまなの姿があった。


「まなさん、無事ですか?」


「うん?

 心配してくれてありがと。

 でも、これくらいなんてことないんだよね。

 このために毎日鍛錬してるようなものだし」


《駄目です、職員用出入り口の外にも数人待ち構えています》


「えっ、じゃあ、どうすれば……」


 月雫の表情が一瞬で曇る。


「カンタンなことじゃん、正面突破すればいいんだよ。

 そのためにわたしがいるの」


「え、でも」


「いいから、ほら、行くよ」


 まなに背中を押され、きた道を戻り、窓口とソファが並んだフロアに出る。


 廊下のあちらこちらに、気を失ったがたいのいい男たちが伸びている。


 これを全部まなひとりで片付けたというのだから驚きだ。


 フロアにはまだナイフなど武器を手にした男が数人たむろしている。


 銀行の出入り口まであとたった数メートル。


 しかし、立ちふさがるように武装した男が立っていることが確認できてしまう。


「さっきと同じ、わたしが引きつける。

 その間にふたりは自動ドアか逃げて」


 もうまなの心配をしている場合ではない。


 本人ができるというのだから、それを信じるしかなかった。


「お探しの徳山勇斗はここですよー」


 まるで緊張感のない弛緩したまなの声に、男たちが振り向く。


「徳山を捕まえろ!」


 リーダー格らしきひときわ背の高い男が命令をくだす。


 しかし、フロアに反撃できそうな男は3人しかいない。


 勇斗めがけて突進してくる男たちと勇斗の間に割り込んだまなが不敵な笑みを浮かべながら、一番手前の男を一本背負いして床に叩きつける。


 受け身もとれずに男が、ぶしゅ、と間抜けな声を上げて気を失った。


 それを見ていた男が「てめえ!」と気色ばむ。


「おい、その女に構うな、俺たちのターゲットはあくまで徳山……」


 リーダー格の男が制するも、頭に血がのぼった男はまなのほうへ走ってくる。


 男は無茶苦茶にナイフを振り回すが、まなにすべて避けられてしまい、さらに激昂して冷静さを失っていく。


 男が歯ぎしりをしてナイフを持ち替えた瞬間を狙って、まなが男のみぞおちに鋭いパンチを見舞った。


「うっ……」


 身体をふたつに折った男の手からナイフが転がり落ちる。


 まなが男の顎めがけて膝蹴りをすると、泡をふきながら白目を剥いた男はうつ伏せに倒れ、ぴくりとも動かなくなった。


「あーあ、これだからお馬鹿さんは、救いようがないよねえ」


 けらけらと笑いながら、男が取り落としたナイフを拾い、残るリーダー格の男にちらつかせる。


「君ひとりになっちゃったけど、まだやる?」


 ナイフの切っ先が太陽が差し込む明るいフロアで不気味なほどぎらぎらと光りを反射させている。


「当たり前だろ、俺たちの目的は、そこの徳山を殺すことなんだからな」


 リーダー格の男が自動ドアの前に立ち、退路を塞ぎながら金属バットを構えてみせる。


「裏に回った仲間たちもじきにやってくる」


「ふうん、賢明な判断とは言いがたいけどね」


 まながナイフを構えると、男がバットを振りかぶってきた。


 男の身長は180センチほど。


 対するまなは160センチほどと、体格でいえば不利なことは目に見えている。


 しかし、まなは心底楽しそうに男と対峙する。


 素早い身のこなしでバットを回避し続け、隙を見てはナイフを振るいじわじわと男のダメージを蓄積させていく。


 男がその場から動かないせいで、月雫たちは脱出することが叶わない。


 ひりひりとした緊迫した時間が緩慢に流れる。


 ふたりはただまなの闘いを見守ることしかできなかった。


「ほら、こっちだよ」


 切り傷だけを増やし、まなに攻撃のひとつも命中させられず苛立っていた男を、まなが翻弄するように引きつける。


 いよいよ冷静でいられなくなったのか、軽いステップで後退したまなの誘いに乗って、男が「おらあああ!」と叫びながらまなに突っ込んでいく。


「今だ、逃げろ!」


 交戦中のまなの声を合図に、硬直していたふたりは、武器をぶつけ合うまなと男の横をすり抜けて自動ドアまで走る。


 一か八か、賭けのように生まれた刹那の瞬間。


 月雫の身体中から冷や汗が噴き出し凍えるように寒気が押し寄せてくる。


 もはや身体の感覚はなかった。


 すべてがスローモーションのように見える。


 思うように動かない自分の身体も、前を行く勇斗も、自分のすぐ横で繰り広げられているまなと男の闘いも、すべてが。


「ちっ」


 だが、途中でまなの罠だと気づいた男が自動ドアの前でふたりに追いつき、月雫の服を引っ張った。


「きゃあ!」


 月雫の足がすくむ。


──逃げられない、殺される! 

   

 先に自動ドアをくぐった勇斗が月雫の手を引くが、男の力のほうが上手だった。


 月雫は手を離し、引きずられるまま倒れてしまう。


「月雫!」


 月雫に馬乗りになった男が金属バットを振りかぶる。


「あはは、これで終わりだ!」


 狂ったように男が嗤い月雫が両手で頭をかばったそのとき、鈍い音がして、男が覆い被さってきた。


「くっ……」


 だらりと力を失った男がのしかかり、あまりの重さに月雫が耐えきれず呻く。


「月雫!

 大丈夫か!」


 勇斗が男の身体をごろりと転がすと、下敷きになっていた月雫に声をかける。


「う、ん……平気」


 やっとのことで起き上がった月雫が気絶している男を見下ろす。


「これって……」


 振り向くと、金属バットを手に苦笑いしているまなと目が合った。


「いやあ、ごめんごめん、月雫ちゃん、怖い思いさせちゃって。

 わたしもまだまだだなあ」


「あの……まなさんが助けてくれたんですよね……?」


「んー、まあね。

 出来は悪かったけど。

 血を見るのは嫌かなって思って、落ちてた金属バットを拾ったのが敗因だね。

 もっと残酷にならないといけないのかもね、この仕事を続けていくならば」


 まなに思い切り後頭部を殴られた男は情けない格好ですっかり伸びている。


「警察がきたらまずい、早く出よう」


 月雫を立ち上がらせながらまなが鋭く周囲をうかがう。


《銀行のカメラはこちらで加工しますから、大丈夫です。

 早くその場を去ってください》


 未だがくがくと震えている足を叱咤しながら、勇斗とまなに支えられつつ、月雫は銀行をあとにした。


「お疲れ様です」


 這々の体で銀行を出て入り口で待っていたワゴン車に乗り込むと、倫子が無感情にそれだけ告げて3人を出迎えた。


 シートにもたれると、ふたりとまなまで肺の底から深い深い溜め息を吐き出す。


 倫子がコーヒーショップのロゴが入った冷えたアイスコーヒーを3人に手渡した。


 ありがたく受け取り、苦味が勝つコーヒーを煽るように飲んだ。


「助かったんだよね、わたしたち」


「……みたいだな」


「なんで、遥斗さんはあんなことを……。

 生きた心地がしなかったよ」


「……俺を殺すつもりだと、あいつらは言ってたな。

 月雫まで殺そうとした。

 ……許せない」


「勇斗……」


 月雫が勇斗の両手を握ると、その手は怒りでかすかに振動していた。


「今日の出来は及第点には及ばない、か。

 もっと鍛錬しないとね」


 コーヒーを飲み干したまなが窓の外を眺めながら、いつもと変わらぬ口調で自己採点する。


 とても先ほどまで殺し合いを演じていたとは思えない切り替えの早さである。


 冷たいものを飲んだことで、次第に冷静さを取り戻した月雫は、ふと思い出したことを助手席のまなに身を乗り出して訊いた。


「まなさん、本当に久保の犯罪を通報しないんですか?」


 すると、まなは一転悪魔的な笑みを浮かべてみせた。


「そんなわけないじゃん。

 あいつはそのうち逮捕されるよ」 


「え、久保を騙したんですか?」


 騙すなんて、と鼻で笑いながら、「だってあいつは犯罪者だよ。そんなのわたしたちが見逃すはずないじゃん」とさばさばした口調で言ってのけた。


 佐知子のときとは違い冷静に頭を働かせていた勇斗は、命より大事なスマホを懐から取り出し、しげしげと眺めている。


 倫子がなるべく早く銀行から遠ざかるためにすぐさま車を発進させた。






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