第十二話 竜野倫子の告解
私の家は裕福な家庭でした、と倫子は告解の口火を切った。
それは10年と少し前に遡る。
竜野倫子の住まう屋敷に、深夜強盗が急襲した。
一夜にして両親が殺され、財産が奪われ、倫子と、同居していた祖父だけが生き残った。
近年多発している『闇バイト』に関わる事件だろうと、警察に説明された。
犯人は捕まっても、指示役まで辿り着くのは難しいだろうとも。
事件が起こる前から認知症を患っていた祖父は、息子夫婦の死を境に、症状を日に日に悪化させていった。
社会との繋がりが薄く誰に頼っていいかもわからず、おまけに祖父を施設に入れる資金もない貧困家庭になってしまった。
倫子はたったひとりの大好きな祖父のために自分が介護しようと決めた。
薄汚れたアパートに移り住み、ふたりきりの生活がはじまった。
祖父はもう、孫である倫子のことがわからないくらいに症状が進行していた。
献身的に祖父に尽くしていたが、まだまだ20代前半で若かった倫子に、限界はすぐに訪れた。
ちょっとした祖父の行動に苛々するようになり、蛇口をちゃんと締めろ、締められないなら水道を使うなと暴言を浴びせ、徘徊するようになった祖父を保護した警察から呼び出されるたび迎えに行き、家へ連れ帰ると感情のままに殴るようになった。
制裁はやがて苛烈になるが、暴行を受けた祖父が泣きながら子どものようにすがってくる姿をみて、自分はなにをしているんだと我に返り、優しかった祖父の姿を思い出し、これからは絶対に優しく接しようと自分を戒めるも、結局またすぐに手を出してしまう。
忘れていく祖父、壊れていく孫娘。
やがて倫子は思い出す。
幼いころ、両親に知られないようにひっそりと祖父が自分に暴力を振るっていたことを。
──どうして忘れていたんだろう。
ついに殺してしまった祖父の遺体を前に、倫子はぼんやりと考える。
──逃げなきゃ。
倫子は思った。
祖父から、人殺しになった自分から、犯した罪から、罪悪感から。
その後、逮捕された倫子は情状酌量が認められ、裁判を経たあと5年を刑務所で過ごした。
模範囚として最短の刑期で出所したものの、刑務所帰りの、しかも殺人犯である倫子はすぐに生活に困窮することになる。
仕事もなく、住む家もなく、ホームレス同然の暮らしになり、路頭に迷っていた倫子に声をかけたのが、想だった。
罪を償っても、未だ心の整理がつかず、これからの人生をどう生きたらいいのか迷っていた倫子に、想は言った。
『人間は誰しも逃げる生き物だ』と。
倫子はその言葉に感銘を受けた。
──私は、逃げていいのだろうか。
自分から、罪から、消せない経歴から。
想は倫子が起こした事件を知っていた。
その上で、殺人まで行える度胸を買ったのだという。
介護疲れの犯行であることも、想が倫子を選んだポイントでもあったらしい。
自分を犠牲にして他人に尽くせる自己犠牲精神を、想は「美しい」と絶賛した。
倫子は救われた思いがして、気が済むまで逃げ続けようと決意を固めた。
そして、想から『聖なる鉄槌』の構想を聞き、最初のメンバーになることを承諾した。
自分と同じように『逃げて』いる人を支援したいと。
弱者を助けることで、自分の罪から逃げ続けることに意味を持たせたかった。
「想くんはすごいと思います。
私よりずいぶん若いのに、自分が置かれた境遇に抗おうとしている。
変わろうとしている。
仲間を集めてがむしゃらに依頼をこなしているうちに、私はこんな疲れた顔の、35歳のおばさんになってしまいました」
自虐的な言葉で倫子は自分のことを語り終えた。
車内に沈黙が降りる。
「軽蔑しますか、私のこと」
月雫はふるふると首を振った。
「しません。
正直に話してくださって、ありがとうございます。
本当は、倫子さんのこと、ちょっと苦手でした。
でも、話を聞いても、怖いとは思いませんでした。
どんな理由や動機であれ、他人を救うおこないは美しいと思います」
「……そうですか、こちらこそ、ありがとうございます。
まだお若いのに、月雫さんはしっかりとした自分の意見を持っていますね。
だからこそ、私はあなたのような人を救いたいのです。
なんでも申し付けてください。
私は、もう絶対過ちを犯しません。
想くんを裏切ることも、しないと誓いました」
月雫と勇斗が顔を見合わせ、目を見交わして言葉もなく意思疎通する。
──倫子を信じよう。
「想くんも、やっぱり逃げているようでした」
不意に倫子がぽつりと零した。
「想さんも……?
なにからです?」
「過去から。
私と出会う前は、彼は少年院にいたようですから」
「なにか、悪いことを?」
倫子が首を左右に揺らして「詳しくはわかりません」とか細い声で真っ直ぐ前を見据えたまま答えた。
「ただ、『聖なる鉄槌』はみんな、『逃げて』きたメンバーばかりです。
想くんも、例外ではないのでしょう」
まだ『ひまわり』にいたころ、ハナが幼い勇斗に、『ひまわり』を逃げ場所にしていいと言っていたことを思い出す
──誰でもなにかから逃げている。
ふと、不安になって月雫は倫子に尋ねた。
「わたしたちは、警察に、その、指名手配されているんでしょうか」
考え込む素振りを見せてから、倫子が控え目にうなずく。
「……そうですね、そう考えていいと思います。
逮捕状を請求したくらいですから、警察はあなたたちを追っているでしょう」
「……遥斗さんになすりつけられた、冤罪でもですか?」
声のなかに、つい怒りが滲んでしまう。
倫子相手に憤るなんて筋違いだとわかりつつも、月雫は自分を止められなかった。
「悔しいとは思いますが、これが現実です。
でも、その現実を打破するために、私たちがいます。
今は、想くんを信じて欲しい、としか私には言えません」
「……そう、ですよね、すみませんでした」
「いえ、心の澱は吐き出したほうが健康的ですよ。
私でよければいくらでも、話し相手になれます」
月雫は、倫子に対する認識を改めた。
想が言っていたように、彼女は情に厚くとっつきやすい女性なのではないかと会話を重ねるごとに倫子という人物像が鮮明になってきて、月雫は親近感と信頼を抱くまでになっていた。
景色が夜に包まれてはじめたころ、倫子が車を停車させた。




