表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/13

第六章 ―― 手札は、少しずつ切る ―― 一

 十月になった。

 昇格戦の告示が出たのは、月の最初の月曜日だった。第一道場の掲示板に、白い紙が一枚貼られた。


【昇格戦のお知らせ】

  挑戦者:斎藤誠(一年・十位)

  対戦相手:月島颯(三年・三位)

       白川蓮(三年・二位)

       柊木暦(三年・一位)

  日程:十月第三週、連日開催


 掲示板の前に、朝から人だかりができた。

 「一年生が三位から一位に連続挑戦」というのは、この学校では前例がなかった。廊下を歩いていると、視線が集まった。上級生の目には好奇心と、一部に懐疑の色がある。一年生が、それも十位になってまだ三ヶ月の生徒が、上位三人に挑む。無謀だと思うのは自然だ。

 蒼太は朝から興奮していた。

「斎藤、本当にやるのか。三位から一位まで一気に」

「やります」

「勝てるのか」

「やってみないとわかりませんが」

「お前がそれを言うか」蒼太は頭を抱えた。「お前が言うと、絶対勝つに決まってる感じがして、逆に怖い」

 凛花は静かだった。ただ俺を見て、「応援します」と言った。それだけだった。

 霧島は何も言わなかった。

 ひよりは「三人とも、強いですよね」と言った。

「そうですね」

「でも斎藤くんのほうが強いですよね」

「どうでしょう」

「わかります」とひよりは言った。根拠を聞く前に、話題を変えた。「お弁当、今日はたまごやきが三個入ってました」

 俺は返事をしなかった。


 初日。対三位・月島颯。

 月島は長身の三年生で、手足が長い。リーチを活かした戦い方をするタイプだ。能力分析の結果は九段・六百九十八個。総会で確認した通り、「双影」を持っている。

 道場は満席だった。昨日の掲示から一夜明けて、学校中の生徒が集まっている。教師たちも何人か観覧席の後ろに立っていた。

 月島は試合前、俺に向かって軽く頭を下げた。

「一年生と戦うのは久しぶりだ。楽しみにしていた」

「ありがとうございます」

「遠慮はしないぞ」

「こちらもしません」

 月島は少し笑った。

 審判の合図。

 月島は最初から長いリーチを使ってきた。大きく踏み込まずに、間合いの外から剣先を伸ばす。触れるか触れないかの距離で、こちらの動きを探っている。

 俺は三合ほど受け流しながら、月島のリズムを読んだ。

 打ってくる。

 月島が踏み込んだ瞬間、俺は「縛気」を使った。

 空気が変わる感覚。月島の動きが、コンマ数秒だけ止まった。

 その隙間に、俺は踏み込んで月島の胴を打った。

 道場が静まった。

 「縛気」は総会で白川から奪ったスキルだ。この学校で、今まで白川しか使えなかった技を、一年生が使った。静けさの意味はそこにある。

 月島が体勢を立て直した。今度は目が変わっていた。探る目から、本気の目に。

「……縛気を使えるのか」

「少しだけ」

「どこで覚えた」

「独学です」

 月島は笑わなかった。代わりに、構えを深く沈めた。今度は本気で来る。

 「双影」が展開された。月島の体に残像が重なる。二つの影が同時に動いているように見える攪乱技だ。初見なら迷う。

 だが俺は総会で月島のスキル構成を全て見ていた。「双影」の動作原理も、習得済みだ。

 残像の重心は左にぶれる。本体は右から来る。

 俺は右に一歩踏み込んで、月島の木刀を外側から弾いた。そのまま月島の腕を内側から押し上げて、体勢を崩す。

 月島が崩れた。俺は木刀の切っ先を月島の首元に向けて、止めた。

 審判が「勝負あり」を告げた。

 月島はしばらくその姿勢のまま、俺を見ていた。それから静かに言った。

「お前、双影も使えるのか」

「使えます」

「……強いな」

 月島は素直に言った。怒りでも悔しさでもなく、ただ純粋な評価として。

 俺は木刀を下げて、礼をした。


 翌日。対二位・白川蓮。

 白川は昨日の試合を観ていた。観覧席の最前列で、腕を組んで、じっと見ていた。俺が縛気を使った瞬間、白川の眉がわずかに動いたのを、俺は能力分析の視野の端で確認していた。

 今日の道場は、昨日より人が多かった。廊下まで生徒が溢れている。

 白川は試合前、昨日の月島と同じように礼をした。だが表情が違う。人好きのする笑顔だが、目の奥が静かに燃えている。

「昨日の試合、見たよ」と白川は言った。「縛気、俺から奪ったのか」

「総会で習得しました」

「……能力分析で見て、そのまま習得できるのか」

「はい」

 白川は少し間を置いてから「なるほど」と言った。笑顔は変わらないが、目が変わった。今まで一位の柊木にしか向けたことがないだろう、本気の目だ。

 審判の合図。

 白川は最初から全力だった。

 「縛気」の先制。白川が仕掛けてきた。俺の動きを封じようとする。だが俺も縛気を習得している。干渉し合って、効果が相殺された。

 白川が目を細めた。

「縛気を縛気で消すか」

「同じスキルなので」

「面白い」

 白川は次に連撃を仕掛けてきた。七段から九段まで積み上げた剣技の厚みがある。速い。力がある。月島より圧力が高い。

 俺は受け流しながら、白川のリズムを読んだ。

 連撃の三打目に、必ずわずかな隙がある。踏み込みの切り返しで、右肘の位置が高くなる瞬間だ。

 俺は「双影」を展開した。

 白川が一瞬止まった。月島が使う技を、俺が使った。

 その一瞬で、俺は白川の右側に回り込んだ。肘の隙を突いて、木刀を弾く。白川の剣が弧を描いて流れた。体勢が崩れる。

 俺は白川の胸元に木刀の平を当てて、止めた。

 静寂。

 それから道場が、どっと沸いた。

 白川はゆっくりと俺の木刀を見て、それから俺の顔を見た。

「双影まで使えるのか」

「昨日の月島さんの試合で習得しました」

「……昨日の試合中に?」

「見ていれば覚えられるので」

 白川は少し笑った。笑いながら、首を振った。

「お前、本当に何者だ」

「ただの剣士です」

「嘘だ」白川は楽しそうに言った。「ただの剣士が、縛気と双影を一日で覚えるか」

 俺は返事をしなかった。

 白川は礼をした。俺も礼を返した。

 観覧席から拍手が続いていた。


 二日間の試合が終わった夜。

 蒼太がアパートに押しかけてきた。凛花とひよりも一緒だった。霧島は来なかったが、後で凛花から「霧島くんも来たかったけど、どう声をかければいいかわからなかったらしい」と聞いた。

 四人で、狭い部屋に押し込んだ。

「二連勝だぞ!」蒼太が開口一番に言った。「しかも二位まで倒して! すごいだろ!」

「ありがとう」

「ありがとうじゃないだろ! もっと喜べよ!」

「これが俺の喜び方です」

 蒼太は「わからん」と言いながら座った。

 凛花は部屋の隅に座って、俺を見ていた。何か言いたいことがある顔だ。

「どうぞ」と俺は言った。

「縛気と双影」と凛花は言った。「どこで覚えたんですか。白川さんが初めて聞いたような顔をしていました」

「総会と試合中に覚えました」

「試合中に、ですか」

「見れば覚えられるので」

 凛花はしばらく俺を見ていた。

「……私たちに教えてもらっていることって、ほんの少しなんですね」

「少しじゃないですよ」

「でも」

「今の四人に必要な分を教えています。それは少なくない」

 凛花は少し間を置いてから、「わかりました」と言った。納得しきってはいないが、受け入れた顔だ。

 ひよりが「あの技かっこよかったです」と言った。

「どの技ですか」

「白川さんの剣を弾いたやつ。最後に当てるとこ」

「ありがとう」

「あれ、私にも教えてもらえますか」

「そのうちに」

「いつですか」

「ひよりさんの剣が、あそこまで来たら」

 ひよりは「じゃあ急がないといけないですね」と言って、弁当箱を取り出した。なぜ弁当を持ってきているのか聞こうとして、やめた。この子のことだから、特に理由はないのだろう。

 蒼太が「俺はいつ教えてもらえるんだ」と言った。

「蒼太は力みがなくなったら」

「力みって、まだあるか?」

「あります」

「くそ」

 蒼太は悔しそうに拳を握った。その手の力み方が、まさに問題の核心だった。俺は何も言わなかった。

 その夜は遅くまで、狭い部屋に四人の声が続いた。

 明後日、一位の柊木戦がある。

 俺はそれを頭の片隅に置きながら、蒼太たちの話を聞いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ