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第十二章 ―― 光と光が、ぶつかる日 ――

 四月の末。

 昇格戦の告示が出た。

 今年は挑戦者ではなく、俺が一位として迎え撃つ側だ。だが掲示板の紙には、去年と同じ名前が並んでいた。


【昇格戦のお知らせ】

  挑戦者:柊木暦(二年・元一位)

  対戦相手:斎藤誠(二年・一位)

 元一位。

 去年の昇格戦で俺が柊木に勝ったことで、柊木は一位から外れた。そして今年、柊木が挑戦者として戻ってきた。

 掲示板の前に人だかりができた。去年と同じ構図だが、今年は違う意味の熱がある。去年は「一年生が一位に挑む」という驚きだった。今年は「去年の結果をどう見るか」という期待と疑問が混ざっている。

 蒼太が「去年と逆だな」と言った。

「そうですね」

「今年は守る側か」

「同じことです」

「同じじゃないだろ」

「どちらでも、やることは変わらないので」

 蒼太は「お前は本当に変わらんな」と言いながら、少し笑った。

 試合前日の夜。

 俺はアパートで、明日の準備をした。

 といっても、特別なことはない。いつもと同じように木刀を手入れして、体の状態を確認して、頭の中で流派の切り替えパターンを整理した。

 柊木暦。七百七十八個。天眼、無音、剣域。

 去年の昇格戦では、この三つを「体を読む」ことで対処した。だが今年は違う方法を使う。

 オーラだ。

 二週間の訓練で、オーラを剣に乗せることが安定してきた。まだ完全ではないが、試合中に維持できる程度には制御できている。そしてオーラを乗せた剣は、通常の木刀とは別の重さを持つ。物理的な重さではなく、触れた相手の感覚に直接働きかけるような、別の種類の重さだ。

 天眼は直感を封じる。無音は聴覚の補助を消す。剣域は間合いの感覚を狂わせる。

 だが、オーラは別の次元で機能する。

 スキルが「感覚」に働きかけるなら、オーラは「体」に直接働きかける。天眼が俺の直感を封じても、オーラが体に流れていれば、体そのものが反応する。スキルの上位互換ではなく、全く別の軸だ。

 これが通用するかどうか、明日確かめる。

 俺は木刀を置いた。

 窓の外に、夜の星が出ていた。

 柊木が今夜何を考えているか、俺には知る方法がない。だが一年間、何かを積み上げてきたはずだ。あの目をしている人間が、去年の結果をただ受け入れて終わるわけがない。

 楽しみだ、と思った。

 素直に、そう思った。


 試合当日。

 道場の熱気は、去年の昇格戦を超えていた。

 廊下だけでなく、外の窓に人が鈴なりになっている。教師陣が全員いる。白川が観覧席の前列で腕を組んでいた。月島がその隣に座っていた。桐生師範代が去年と同じ場所に立っていた。

 蒼太たちは最前列にいた。蒼太は今日も落ち着きなく足を揺らしていた。凛花は真剣な顔をしていた。霧島は無表情だが、目だけが動いている。ひよりは静かに座っていた。珍しく弁当を持ってきていなかった。

 柊木はすでに道場の中央にいた。

 去年と同じ場所に、去年と同じように立っている。だが去年と違う点が一つある。

 目が、去年より深い。

 一年間で何かが積み上がった目だ。俺はそれを見て、静かに息を吸った。

 審判が両者を呼んだ。

「昇格戦。柊木暦対斎藤誠。始め」


 最初の十秒、両者動かなかった。

 去年と同じ始まり方だ。だが今年は去年と違う重さがある。お互いが、お互いの変化を測っている。

 柊木が動いた。

 去年より速い。明らかに速い。一年間で踏み込みの鋭さが上がっている。去年の試合で俺の動きを見て、何かを積み上げてきた証拠だ。

 俺はオーラを起動した。

 体全体に、淡い光が滲んだ。

 道場がどよめいた。去年の試合では出なかったものが出た。観覧席の空気が変わった。

 柊木が一瞬、足を止めた。

 光を見た目だった。驚きではなく、確認するような目だ。それからまた踏み込んできた。

 「天眼」が来た。

 柊木の瞳に金色が走った。

 去年は、この瞬間から「直感」が機能しなくなった。どこから来るかわからなくなった。

 だが今日は、違った。

 「天眼」が来た瞬間、俺はオーラを体の内側に向けて押し込んだ。光が体の芯に集まる感覚。スキルへの干渉ではなく、体そのものを底上げする。

 柊木の五撃目が来た。

 「天眼」で直感は封じられている。だが、体が動いた。

 オーラが流れている体は、スキルの封じに左右されない次元で反応する。直感がなくても、体の芯が反応した。

 俺は外した。

 柊木が目を細めた。

「天眼が、効かない」

「効いています。直感は封じられています」

「なのに外した」

「体で動いています。スキルじゃなく」


 「無音」が来た。

 柊木の動きから音が消えた。踏み込みの音、衣擦れ、呼吸。全部が消える。

 だが今日は、去年と違う感覚があった。

 オーラが、音の代わりになっていた。

 正確には、オーラを体の外側に薄く展開した防御の膜が、柊木の動きによる空気の揺れを捉えていた。音ではない。圧力の変化だ。柊木が踏み込めば、空気が動く。その変化が、オーラを通じて俺の体に伝わってくる。

 「無音」で聴覚の補助が消えても、オーラが別の感覚器として機能している。

 俺は柊木の連撃を、去年よりずっと余裕を持って対処できた。

 柊木が「無音も意味がないのか」と言った。試合中に話しかけてきたのは、去年と同じだ。

「無音は機能しています。ただ、オーラが補っています」

「オーラで空気の動きを読んでいる」

「はい」

 柊木はしばらく俺を見た。その目が、去年とは違う種類の輝きを帯びた。

「「剣域」も通じないということか」

「試してみてください」


 「剣域」が展開された。

 柊木の体の周囲に、薄い膜が広がる感覚。間合いの感覚が狂い始める。去年はここで「安全だと思っていた距離が安全じゃない」という混乱が来た。

 だが今日は、オーラの防御膜が外側に展開されている。

 「剣域」の膜と、俺のオーラの膜がぶつかった。

 空気が、震えた。

 道場の観覧席から、誰かが息を呑む音が聞こえた。

 「剣域」が俺の間合い感覚に干渉しようとしている。だがオーラの膜がその干渉を跳ね返している。完全ではない。端のほうで、間合いの感覚がまだ揺れている。だが致命的な混乱は来ない。

 俺は踏み込んだ。

 天眼も無音も剣域も、完全には機能しなくなっている。柊木が三つ全部を展開したまま、それでも速い。一年間で積み上げた動きが鋭い。俺のオーラの穴を突くように、端の間合いを攻めてくる。

 三十合を超えた。

 去年は十五合足らずで決まった。今日の柊木は、去年とは別人だ。

 俺は流派を切り替えた。

 无刀流から、迅雷流へ。

 体の根幹が変わった。重心が上がり、踏み込みの準備が前に集まる。次の一瞬に全力を叩き込む体勢だ。

 柊木の目が、微かに変わった。霧島が見えた変化を、柊木も捉えた。

 だが捉えた瞬間に、俺は動いた。

 迅雷流の踏み込みで、柊木の懐に飛び込んだ。剣域の膜を正面から押し破る。オーラを乗せた木刀が、柊木の剣を内側から弾いた。

 柊木の体勢が崩れた。

 俺は岩鎧流に切り替えた。重心が下に沈む。崩れた柊木を追う動きではなく、地に根を張るような安定した踏み込みで間合いを詰める。

 木刀の切っ先を、柊木の喉元に向けた。

 止めた。

 道場が、しばらく無音だった。

 それから審判が、去年より長い沈黙の後に言った。

「……勝負あり」

 道場が爆発した。

 去年より大きな歓声だった。蒼太の声が、また一際大きく聞こえた。


 俺は木刀を下げて、柊木に礼をした。

 柊木は「天眼」「無音」「剣域」を解除した。道場の音と空気が戻ってきた。

 柊木はしばらく、俺を見ていた。

 去年と違う目だった。去年は「驚きと評価」が混ざった目だった。今年は、それより深いところにある何かが動いている目だ。

 俺は少し間を置いてから、正直に言った。

「今日の柊木さんは、去年より強かった」

 柊木が少し目を細めた。

「それは、本当に?」

「本当です。去年は十五合で終わった。今日は三十合を超えた」

「あなたが強くなったから、長引いたんじゃないの」

「どちらもです」と俺は言った。「俺が強くなったのと、柊木さんが強くなったのと、両方あって三十合になった」

 柊木は少し間を置いた。

「オーラ、いつから」

「今年の四月から制御の訓練を始めました。発現自体は去年の冬頃から」

「流派の切り替えは」

「今月から」

 柊木はその答えを聞いて、静かに何かを考えているようだった。

「今月から、で、もう試合で使えるの」

「まだ粗いです。霧島には切り替えの瞬間が見えていました」

「私にも見えた」と柊木は言った。「でも、見えても対処できなかった」

「切り替えの速度がもう少し上がれば、見えても意味がなくなります」

「そうなったら、どうなるの」

 俺は少し考えた。

「わかりません。やってみないと」

 柊木は短く笑った。声に出た笑いではなく、口元が動いた程度の笑いだ。だがはっきり笑った。

「正直だね、相変わらず」

「嘘をついても意味がないので」

「それも相変わらず」

 柊木は礼をした。俺も礼を返した。

 それから柊木は、いつもと同じように道場を出ていった。

 俺はその背中を見送りながら、静かに息を吐いた。

 今日の試合で、一つわかったことがある。

 柊木暦は、俺が勝つたびに強くなっている。

 去年の試合で俺の動きを全部見て、一年間かけてその上を目指してきた。今年の試合でオーラと流派切り替えを見た。来年、また別の何かを積み上げてくる。

 それは俺にとって、この上なく好都合だ。

 強くなる理由と、それを測る相手が、同じ学校にいる。

 俺はオーラを静かに引いた。

 光が、朝の道場の中に溶けていった。

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