第十一章 ―― 根幹を、変える ―― 一
オーラの制御訓練を始めて、二週間が経った。
朝の稽古が終わった後、俺は一人で道場に残って練習する習慣ができた。木刀を置いて、ただオーラを意識する。出す。引く。手のひらに集める。腕全体に広げる。
最初の一週間は、出すことしかできなかった。意識すれば光は出るが、引くことができない。常に滲み出ている状態で、制御というより「存在を確認している」だけだった。
二週間目から、引くことを覚えた。
意識を内側に向けると、光が薄れていく。完全に消すことはまだできないが、強弱をつけられるようになった。
そして今日、初めて「剣に乗せる」ことを試みた。
木刀を握って、オーラを刀身に向けて押し込む。
光が木刀に移った。
ほんの少し、木刀の輪郭が光を帯びた。だがすぐに拡散して消えた。一秒も持たなかった。
それでも、できた。
俺は木刀を見た。
方向性は正しい。あとは精度だ。鬼畜ゲームを十年間クリアし続けた経験から言えば、方向性さえ見えれば後は繰り返すだけだ。
そんな朝稽古の中で、気づきは突然来た。
ひよりと打ち合っていた時のことだ。
ひよりの剣は相変わらず読めない。无刀流のスキルを均等に持ちながら、その時々で最適なものを無意識に選ぶ。パターンがない。だからこそ、対応するこちらも固定したパターンで動けない。
俺はひよりに対応しながら、ふと試した。
无刀流ではない動きを、一瞬だけ混ぜた。
「限界突破」で全流派のスキルを習得している。だがいつも無意識に、无刀流ベースの体の使い方をしていた。他流派のスキルを使う時も、根幹は无刀流の体の動きだ。
今日は根幹ごと変えてみた。
「岩鎧流」。防御と重心の安定を核とする流派だ。その流派の基礎の体の使い方に、一瞬だけ切り替えた。
体が沈んだ。重心が下がった。无刀流とは全く違う感覚だ。足の踏み込みが変わり、剣の角度が変わり、力の流れが変わった。
ひよりの木刀が来た。
俺はその一撃を、今まで使ったことのない角度で受け止めた。
弾かれなかった。
无刀流では受け流すしかなかった力を、岩鎧流の重心で正面から止めた。ひよりが驚いて動きを止めた。
俺も、止まった。
頭の中で、何かが繋がった。
二
稽古を一時中断した。
四人が俺を見ていた。突然止まったので、何があったかと思っているようだ。
「少し考えさせてください」と俺は言った。
四人は黙って待った。霧島は壁に背をつけた。蒼太は腕を組んで立ち続けた。凛花は座った。ひよりはなぜか弁当を取り出しかけて、やめた。
俺は頭の中で整理した。
「限界突破」は全流派のスキルを習得させる。今まで俺はそれを「武器の種類が増える」という意味で使ってきた。无刀流という土台の上に、他流派のスキルという武器を追加する。そういう使い方だ。
だが、違う使い方がある。
土台ごと変える。
无刀流の体の使い方を捨てて、別の流派の体の使い方を根幹に据える。そうすると、全てが変わる。重心の位置、力の出し方、間合いの感覚、剣の軌道。全部が、別の流派の論理で動き始める。
そしてその上で、さらに他流派のスキルを乗せる。
つまり、「根幹となる流派」を自在に切り替えながら戦うことができるなら、相手はどんな戦い方が来るかを予測できない。無刀流の時の俺と、岩鎧流の時の俺は、別の剣士として機能する。
「完全犯罪」で手の内を隠すより、はるかに深い次元での攪乱だ。
スキルを隠すのではなく、体の論理ごと変える。
俺は静かに息を吐いた。
「続けましょう」
蒼太が「解決したのか」と聞いた。
「考えがまとまりました」
「何を考えてたんだ」
「流派の使い方を間違えていたかもしれない、という話です」
蒼太は「どういうことだ」と首を傾けた。俺は少し考えてから説明した。
「今まで俺は、无刀流という土台の上に他流派のスキルを乗せて戦っていました。でも土台ごと変えることができるなら、戦い方の幅がもっと広がる」
「土台ごと変える?」凛花が言った。「流派を変えるということですか」
「戦いの中で、その場で変える、という意味です」
四人が顔を見合わせた。
霧島が口を開いた。「……それは、普通の剣士にはできないことだ」
「そうです」
「「限界突破」があるから、できる」
「はい」
霧島は少し間を置いてから言った。「お前は、流派という概念に縛られない剣士になるということか」
俺は少し考えた。
「そうかもしれません。まだ試した段階なので断言はできませんが」
蒼太が「かっこいいな」と言った。
凛花が「また遠くへ行ってしまう」と小さく呟いた。
ひよりが「でも師匠が強くなるのはいいことですよね」と言った。
全員が「そうだな」という顔をした。
三
その日の午後から、俺は流派の根幹切り替えの訓練を始めた。
最初に選んだのは三つの流派だ。
「无刀流」――俺がゲームでクリアした流派。流れを重視し、受け流しと懐への踏み込みを核とする。速さと柔軟性が特徴だ。
「岩鎧流」――重心の安定と防御の厚みを核とする流派。動きは遅いが、力の受け止め方が别格だ。
「迅雷流」――速度と電撃的な踏み込みを核とする流派。瞬発力が全ての流派で、先手を取ることに特化している。
この三つを切り替えながら動く。
最初は難しかった。
无刀流から岩鎧流に切り替える時、体の意識が切り替わる前に次の動きが来てしまう。流派の根幹は、スキル一つを切り替えるよりはるかに深いところにある。筋肉の使い方、重心の位置、呼吸のリズム。全部が連動しているので、切り替えに時間がかかる。
だが二日目から、少しずつ速くなった。
「限界突破」による肉体進化が、ここでも働いている気がした。通常の剣士なら体に染み付いた流派の動きを上書きするのに何年もかかるところを、俺の体は一日で馴染んでいく。
四日目。
俺は三つの流派を、一合の中で切り替えることができた。
踏み込みは迅雷流。受けは岩鎧流。切り返しは无刀流。三つの論理が、一つの動きの中で繋がった。
道場の鏡に映った自分の姿を見た。
オーラが揺れていた。流派を切り替えるたびに、光の揺れ方が変わった。无刀流の時は流れるように揺れる。岩鎧流の時は重く沈む。迅雷流の時は鋭く弾ける。
体の根幹が変わると、オーラの性質も変わる。
これは面白い。
俺は木刀を振り続けながら、頭の中で次の可能性を広げていた。三流派が安定したら、五流派にする。十流派にする。最終的には、状況に応じて二百流派の中から最適な根幹を瞬時に選び、切り替えながら戦う。
それが、「限界突破」の本当の使い方かもしれない。
四
一週間後の朝。
稽古前に蒼太が言った。
「なあ斎藤、最近また動きが変わったな」
「そうですか」
「なんか、さっきまで別の人が立ってたみたいな感じになる瞬間がある」
「流派を切り替えているので」
「試合中に?」
「稽古中に、ですが。試合でも使えるかどうか、今確認しています」
蒼太は少し考えた顔をした。
「それって、俺たちには見えないのか。流派が変わった瞬間」
「今のところ、わかる人には見えるかもしれません」
「俺はわからなかった」と蒼太は言った。少し悔しそうな顔をした。
「霧島さんはどうですか」と俺は聞いた。
霧島が壁から離れた。
「……わかった」と霧島は言った。「今朝の稽古で、三回切り替わった」
蒼太が「えっ」と霧島を見た。
「三回、正確に見えたんですか」と俺は確認した。
「正確かはわからない。だが、何かが変わる瞬間が三回あった」
俺は少し考えた。
霧島が見えたなら、相手によっては試合中に読まれる可能性がある。さらに切り替えを速くする必要がある。あるいは、切り替えの瞬間自体を攪乱に使う方法もある。
「ありがとう」と俺は霧島に言った。「参考になります」
霧島は無言で頷いた。
ひよりが「私はなんか光の色が変わった気がしました」と言った。
「色が変わりましたか」
「うっすらですけど。无刀流の時と岩鎧流の時と、オーラの揺れ方が違います」
観察眼ではなく、感覚で捉えている。ひよりらしい。
「それも参考になります」と俺は言った。
凛花が「柊木さんには、全部見える気がします」と言った。
俺は少し間を置いた。
「そうかもしれませんね」
「だから、試合が楽しみです」と凛花は言った。
楽しみ、か。
俺は木刀を構えた。
柊木戦は、今月末だ。
流派切り替えとオーラ制御。二つの新しい武器を持って、もう一度柊木暦と戦う。
去年の昇格戦では圧勝した。だが今年の柊木は、去年と同じではないはずだ。あの目をしている人間が、一年間何もしていないわけがない。
全力でぶつかってくるはずだ。
それでいい。
俺は素振りを始めた。
オーラが、朝の光の中で静かに揺れた。




