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第十章 ―― 限界の、その先へ ―― 一

 二年生になった。

 四月の最初の朝。道場に来ると、蒼太がすでにいた。春休み中も毎日来ていたらしく、日焼けが濃くなっていた。凛花とひよりは並んで入ってきた。霧島は少し遅れて、無言で定位置に立った。

 去年と同じ顔ぶれ。去年と同じ道場。だが空気が違う。

 四人全員、去年の四月とは別人みたいに変わっていた。構えの質が違う。立ち方が違う。道場に入ってきた時の足音の重さが違う。一年間で積み上げたものが、体に出ている。

「二年生になりましたね」とひよりが言った。

「そうですね」

「なんか感慨深いですね」

「そうですか」

「斎藤くんはないですか、感慨」

「あります、一応」

 蒼太が「一応ってなんだよ」と笑った。

 俺は木刀を手に取った。

「始めましょう」


 その日の稽古は、いつもと同じように始まった。

 まず各自で素振り。次に二人一組での打ち合い。俺は蒼太と組んだ。

 蒼太の剣は、去年の春とは別物だった。力みがなくなって、踏み込みが鋭くなって、切り返しにリズムが生まれた。それだけじゃない。相手を読もうとする意識が、動きに出てくるようになった。読み合いの訓練が、体に染み込んでいる。

 十合ほど打ち合ったところで、蒼太が止まった。

 また、固まった。

 去年の二月、同じことがあった。あの時は「訂正する」という話になって흐지부지になったが、今日は俺も同じ感覚を覚えていた。踏み込んだ瞬間、体の内側から何かが溢れ出る感覚が、たしかにあった。

「……斎藤」と蒼太が言った。

「何ですか」

「光ってる」

 俺は自分の手のひらを見た。

 ある。

 去年の二月に一瞬だけ出た、あの淡い光が、今は安定して滲み出していた。炎でも電気でもない。水面が光を静かに反射するような、白に近い淡い輝きだ。手のひらだけじゃない。腕全体、体全体の輪郭から、薄く光が滲んでいる。

 凛花が「また出た」と言った。

「また?」

「去年の二月にも一瞬出ました。その時は稽古の途中で消えたんですけど」

 俺は知らなかった。あの日、俺が自分の手を見た時にはもう消えていたのか。

 霧島が静かに言った。「去年の二月から、稽古中に何度か出ていた。お前が気づいていないだけで」

「何度か」

「三回か四回。全部、踏み込みが強い瞬間だった」

 ひよりが「今日は一番はっきりしてます」と言った。「ずっと出てますよ、さっきから」

 俺は少し黙って、自分の体を確認した。

 「能力分析」を自分自身に向けて起動する。これは通常、他人に使うスキルだが、自分に向けることもできる。ただしあまり意味がないので今まで試したことがなかった。

 起動した瞬間、俺は動きを止めた。


 見えた。

 自分のスキル一覧の中に、今まで見えなかったものが見えた。

 「限界突破リミットブレイク」の項目の下に、今まで表示されていなかった説明文が展開されていた。

 俺はその文章を、頭の中でゆっくりと読んだ。

 ――「限界突破」は、全流派のスキル習得を可能にするだけでなく、習得者の肉体そのものを「スキルの限界」の外側へと押し上げ続ける。筋力、速度、耐久、感覚、全ての身体能力が通常の剣士としての成長限界を突破し、さらにその先へと進化し続ける。この進化が一定の段階に達した時、習得者の体はオーラを発現する。オーラは肉体の進化の証であり、さらなる進化の燃料でもある――

 俺は能力分析を解除した。

 静かに、その情報を頭に収めた。

 「限界突破」は、スキルの習得だけじゃなかった。俺の体そのものを、ずっと変え続けていた。転生してから一年以上。毎日剣を振るたびに、俺の体は通常の成長限界を超えて進化していた。だからスキルなしの素の剣が変わってきた。だから動きの質が上がってきた。

 オーラは、その進化が一定の段階に達したサインだ。

 鬼畜ゲームを十年間クリアし続けた報酬として得た「限界突破」が、この世界では別の意味を持っていた。スキルを無限に習得する力だけじゃない。体を無限に進化させる力だ。

 俺は自分の手のひらを、もう一度見た。

 淡い光が、静かに揺れている。

 これが、俺の今の段階だ。



 四人が俺を見ていた。

 蒼太は少し興奮した顔をしていた。凛花は真剣な目で俺の体を観察していた。霧島は無表情だが、目が動いている。ひよりは「きれいですね」と言った。

「説明してもいいですか」と俺は言った。

「聞かせてくれ」と蒼太が言った。

 俺は「限界突破」の効果を、四人に話した。全流派のスキルを習得できる固有スキルだということは去年から伝えていた。だが肉体進化の効果については今日初めて知った。それも含めて、正直に話した。

 ただし、封印のことは話さなかった。

 蒼太が「じゃあ斎藤は、このまま際限なく強くなり続けるのか」と言った。

「そうなりますね」

「……それって、どういう感じなんだ」

「わかりません。初めてのことなので」

 凛花が「オーラは制御できますか」と聞いた。

「今はできていません。勝手に出てきている状態です」

「制御できたら、何かに使えそうですか」

「使えると思います。まだわかりませんが」

 霧島が口を開いた。

「……俺たちには、同じことは起きないのか」

 俺は少し考えた。

「「限界突破」は俺固有のスキルです。だから同じ形では起きない。でも」と俺は言った。「剣を積み上げることで体が変わる、というのは誰にでも起きることだと思います。「限界突破」があるかないかで、その速度と深さが変わるだけで」

 霧島は少し間を置いてから、「そうか」と言った。

 ひよりが「じゃあ私たちも続ければいつかオーラ出ますか」と聞いた。

「わかりません。でも続けることに意味があるのは確かです」

「じゃあ続けます」とひよりは言った。理由の確認もなく、あっさりと。

 蒼太が「俺も続ける」と言った。

 凛花が「当然です」と言った。

 霧島は何も言わなかった。だが構えを作って、俺に向き直った。

 稽古を続けよう、という意思表示だ。

 俺は木刀を構えた。

 手のひらから、淡い光が静かに滲んでいた。


 その夜。

 アパートで俺は、「限界突破」の肉体進化について、改めて考えた。

 去年の修業期間中、スキルなしで剣を磨いた三ヶ月は、実は「限界突破」による肉体進化が加速していた時期だったのかもしれない。スキルに頼らず体だけで動こうとしたことで、体の進化が剣に直結した。

 封印が、逆に進化を加速させた。

 皮肉だが、面白い。

 俺は「能力分析」をもう一度自分に向けた。

 オーラの項目に、追加の説明があった。

 ――オーラは意識的に制御することで、剣に乗せることができる。乗せた剣は通常の斬撃を超えた力を持つ。また、オーラを体の外側に展開することで防御の膜として機能させることもできる。制御の習得には、オーラを意識的に感じ取る訓練から始める必要がある――

 剣に乗せる。防御の膜。

 ゲームの中に、こんな要素はなかった。完全にこの世界独自の進化だ。

 俺はゆっくりと手のひらを開いて、オーラを意識した。

 光が揺れた。

 制御しようとすると、光がわずかに動いた。完全にコントロールできているわけじゃない。だが動く。意識に反応している。

 まだ始まったばかりだ。

 だが確かに、何かが始まっている。

 封印されたスキルは五個しか使えない。だがオーラは封印されていない。「天鎖」はスキルを封じる技だ。オーラはスキルではなく、肉体の進化から生まれるものだ。つまり犯人は、これを封じることができない。

 俺は静かに笑った。

 封印した相手は、俺がこんな形で成長するとは思っていなかったはずだ。スキルを五個に絞れば戦力が落ちると思っていたはずだ。

 だが俺はスキルなしで剣を磨き、体は限界の外側へ進化し、今オーラを手に入れた。

 封印は、俺を弱くしなかった。

 むしろ、別の強さへの扉を開いた。

 俺は目を閉じた。

 明日の稽古から、オーラの制御訓練を始める。

 やることが、また増えた。

 悪くない。

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