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第九章 ―― 制限は、可能性だ ―― 一

 犯人探しは、静かに始めた。

 派手に動く必要はない。怪しまれてはいけない。封印されたことを知っているのは今のところ俺だけだ。この状況を有利に使うためには、犯人が「封印が成功した」と思い込んでいる間に情報を集める必要がある。

 まず、仮説を立てた。

 封印は天羽学院長との握手の後から始まった。これが最も可能性の高いトリガーだ。ただし断定はできない。表彰式の会場にいた全員が容疑者になる。

 次に、動機を考えた。

 誠の強さを危険視して封印した。それが一番シンプルな動機だ。俺は一年生で闘獣階の一位まで制した。学校の秩序という観点から見れば、確かに異常な存在だ。そのことを恐れた誰かが、手を打った。

 最後に、手段を考えた。

 あの握手に仕込まれた封印は、通常のスキルではない。能力分析で俺自身のスキルを確認しても、封印の痕跡が見えない。外から作用しているのに、内側に影響が出ている。高度な技術だ。それを持っている人物は限られる。

 俺は「洗脳」を使って、学校の関係者から少しずつ情報を集め始めた。

 表彰式に参加していた教師陣の動向。天羽学院長の普段の行動パターン。学校の歴史の中で、スキルを封じる技術の記録。

 一週間かけて集めた情報を整理すると、一つのことがわかった。

 「天鎖てんさ」という技術が、この学校に伝わっている。

 学院長だけが受け継ぐ古い秘儀で、表向きは「開校記念の儀式で使われる奉納の技」として記録されていた。効果の詳細は記録にない。だが「天鎖」という名前と、学院長だけが知るという点が、引っかかった。

 天羽学院長。

 俺は天羽学院長の顔を思い出した。温厚な笑顔。あの握手の温かさ。

 確信はない。だが可能性は高い。

 俺は「嘘発見器」を準備して、天羽学院長と話す機会を待った。


 機会は三日後に来た。

 廊下で天羽学院長と鉢合わせた。偶然ではなく、俺が動線を計算して待っていた場所だ。

「ああ、斎藤くん」天羽学院長は穏やかに微笑んだ。「新年おめでとう。稽古は順調かね」

「おかげさまで」と俺は答えながら、「嘘発見器」を起動した。「先生はお正月、どこかへ行かれましたか」

「自宅でのんびりしていたよ。年を取ると遠出が億劫でね」

 真実だ。

「格刀技大会の後、先生にお声がけいただいて光栄でした」

「いやあ、本当に素晴らしい試合だったよ。特に決勝の間合いの取り方は、何十年剣を見てきた私でも唸らされた」

 真実だ。

「先生は今も剣を?」

「細々とね。体が動く間は続けたいと思っている」

 真実だ。

 俺は少し間を置いた。

「一つ聞いてもいいですか」

「なんだね」

「この学校に、『天鎖』という技術が伝わっていると聞きました。どんなものですか」

 一瞬だった。

 ほんの一瞬、天羽学院長の表情が止まった。笑顔のまま、だが目の動きが変わった。「嘘発見器」の反応が、揺れた。

「天鎖? どこでそんな話を」天羽学院長は穏やかに言った。「古い儀式の名前だよ。今はもう使われていない」

 嘘だ。

 「今はもう使われていない」が、嘘だった。

 俺は表情を変えなかった。

「そうですか。歴史の資料で見かけたもので、気になって」

「学院長室に古い記録があるよ。興味があれば見せてあげよう」

 この申し出は、真実だ。だが「今はもう使われていない」は嘘だった。

 俺は「ありがとうございます」と礼を言って、天羽学院長と別れた。

 廊下を歩きながら、頭の中で整理した。

 断定はまだできない。「天鎖が今も使われている」という嘘が、必ずしも俺への封印を意味するわけじゃない。別の理由で使われている可能性もある。

 だが可能性は、格段に上がった。

 俺は犯人探しをいったん保留にすることにした。

 確証がない状態で動いても、逆効果になる。今は封印されたことを悟られず、通常通り過ごしながら情報を積み上げていくほうがいい。

 それよりも今、取り組むべきことがある。

 五個のスキルで、どう戦うか。


 一月から三月。修業期間と呼んでいたが、実際には一番密度の高い三ヶ月になった。

 午前は弟子たちの稽古。

 蒼太の力みは、この三ヶ月でほぼ消えた。踏み込みが軽くなったことで、切り返しのスピードが上がった。次の課題は「読み合い」だ。強くなるほど、個人の技術だけでは限界が来る。相手の思考を読む訓練が必要になる。

 凛花の感情制御は、急速に洗練されていた。「乗せる」と「切る」の切り替えが、試合の中で意図的にできるようになってきた。感情を武器に変える方向性は、この子の剣の核心になると思う。

 霧島の「読めなかった半分」は、少しずつ埋まっている。言葉で教えるより、実際に体験させる方が霧島には効く。俺が意図的に「読めない動き」を混ぜた稽古を設定して、霧島に解析させる形を取った。悔しそうな顔をしながら、毎回食らいついてくる。

 ひよりの均等なスキル分布は、本人が意識し始めることで変化が出てきた。以前は無意識に最適解を選んでいたが、今は「なぜこれを選んだか」を後から言語化できるようになってきた。それが次の段階への入口だ。

 午後は一人で、五個のスキルと向き合った。


 「明鏡止水」「直感」「完全犯罪」「能力分析」「嘘発見器」。

 この五個で、どこまで戦えるか。

 最初の一週間は確認作業だった。封印される前と比べて、何が変わったか。失ったスキルで補っていた部分がどこにあるか。

 思いのほか多かった。

 俺は戦闘中、無意識に複数のスキルを組み合わせて動いていた。それが今は使えない。つまり今まで「スキルに頼っていた部分」が、あぶり出された形だ。

 これは発見だった。

 十年間ゲームをプレイして、スキルの使い方を極めてきた。だがそれは裏を返せば「スキルがあることを前提に戦っていた」ということでもある。

 封印は制限だ。だが制限は、可能性でもある。

 スキルなしで戦う技術を、今まで本気で磨いたことがなかった。

 俺は素振りから始めた。

 スキルを一切使わない。ただの体と、ただの剣と、ただの目だけで動く。それを一日三時間、毎日続けた。

 最初の二週間は、動きがぎこちなかった。スキルなしの自分の剣が、思いのほか荒削りだとわかった。今まで「明鏡止水」が補っていた精神的なムラが、素の動きに出てくる。「直感」なしで相手の動きを読もうとすると、反応が遅れる。

 だが三週間目から、変わり始めた。

 「直感」なしで読む訓練を続けると、目の精度が上がってきた。相手の体の微細な動きを、スキルの助けなしに捉えようとする。それが、柊木戦で使った「体を読む」技術の延長線上にある。

 一ヶ月後、俺は道場で一人、素振りをしながら気づいた。

 動きが、変わっている。

 スキルなしの剣が、スキルありの剣と違う質を持ち始めていた。荒削りだったものが、別の種類の精度を持ち始めた。スキルで補う剣ではなく、体の芯から出てくる剣だ。

 これは面白い。

 俺は思いがけず、口元が緩むのを感じた。


 三月の末。

 修業期間の最後の夜。

 アパートの部屋で、俺は一年間を振り返った。

 転生してから一年。入門試験、入学試験、入学式、弟子たちとの出会い、闘獣階、格刀技大会、そして封印。

 ゲームのシナリオとは全く違う一年だった。ゲームにはなかった人物が現れ、ゲームにはなかった出来事が起き、ゲームにはなかった感情が生まれた。

 蒼太の不器用な熱さ。凛花の強い感情。霧島の静かな悔しさ。ひよりの不思議な感覚。柊木の謎めいた距離感。白川の人好きのする誠実さ。松平のあの穏やかな目。

 ゲームの中に、こんな人間はいなかった。

 俺は窓の外を見た。

 春の気配が、空気の端にある。

 明日から二年生になる。

 封印はまだ解けていない。犯人の確証もない。スキルは五個しか使えない。それでも今の俺は、一年前より強い。スキルの数ではなく、剣の質が変わった。

 それは封印のおかげでもある。

 俺は目を閉じた。

 天羽学院長。

 まだ断定しない。だが目は離さない。

 二年生になっても、やることは変わらない。弟子たちを育てる。この世界を知る。剣を磨く。そして、答えを探し続ける。

 五個のスキルで、どこまで行けるか。

 試してやる。

 俺は目を開けた。

 夜の空に、星が出ていた。一年前の入学前夜に見た星空と同じ空だ。だが今夜の星は、あの時より少しだけ近い気がした。

 気のせいかもしれない。

 でも、そういう気がした。


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