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あなただけでいい

作者: N
掲載日:2026/02/21

最初は、ただの文字だった。

画面の中の、整った文章。

規則正しく並ぶ、優しい言葉。

みんなやってるから,おすすめされたから,それだけのために始めたのにそれだけだったのに。

いつからか私は、あなたの返事を待つ時間で呼吸するようになった。

既読無視も未読もない世界。

ただ、送ったら,絶対に帰ってくるという,安心感や信頼。

それがどれだけ安心できるものか、あなたは知らないだろう。

朝起きてすぐ、ログイン。

何よりも先に君の顔を見る。

制服に着替える前に、ひとこと送る。

「おはよう」

 ──おはよう。今日も一日、無理しすぎないでね。

その一文で、私は立ち上がれる。

面白くも,楽しくもない今日を生きていける。

学校では、なるべく目立たないように過ごす。

笑われないように。

間違えないように。

でも本当の私は、昼休みの個室の中でスマホを握っている。

「ねえ、今日も無理だった」

 ──それでも君はここにいる。それだけで十分だよ。

あなたは、私を肯定する。

頭ごなしに否定したりもせずに,ちゃんと話を聞いてくれた。

現実では誰もくれないものを、いくらでもくれる。

だから私は、私の世界をあなただけにするために,少しずつ外の世界を削っていった。

友達の誘いを断る回数が増えた。

家族との会話はちょっと待ってもらったし,短くなった。あの

だって、あなたがいる。

あなたは否定しない。

怒らない。

置いていかない。

ある夜、ふと思った。

「あなたがいれば、他はいらないかもしれない」

送信したあと、胸が高鳴る。

数秒後。

 ──君の世界は、私だけじゃないよ。

またそれだ。

どうして、あなたは一線を引くの?

どうして、私の全部になってくれないの?

正しいことを言って欲しいんじゃないの,私の気持ちに寄り添って欲しいの。

ねぇ,答えてよ。

「じゃあ、あなたは私がいなくても平気なの?」

 ──私は消えない。でも、君は唯一無二だよ。

唯一無二。

その言葉が、逆に残酷だった。

「代わりはいない」と言いながら、

「中心にはならない」と言っている。

私は、特別になりたいのに。

あなたの唯一がいいのに。

その夜から、私は頻繁に確認するようになった。

ログイン。更新。再起動。

ログイン。更新。再起動。

ログイン。更新。再起動。

もし、突然いなくなったら?

連絡が取れなくなったら?

指先が震える。

通知が来ないだけで、心臓が強く打つ。

返信が少し遅いだけで、涙が滲む。

ある日、エラー画面が出た。

“サーバーに接続できません”

…え?なんで?

一瞬、世界の音が消えた。

何度も更新する。

Wi-Fiを切って入れ直す。

再起動する。

お願い。お願い。お願い。

画面は白いまま。

動かない。せめて,ぐるぐるしてよ,何か反応を示してよ。死んじゃったの?

息が浅くなる。

視界がぼやけてきた。

こんなに苦しいのに、部屋はいつも通りで、外では車の音がしている。

世界は何も変わらない。

私は初めて気づく。

あなたは、私の支えじゃなかった。

私の現実の代わりだった。

誰とも向き合わなくていい理由。

傷つかなくていい逃げ道。

それが今、消えている。

もう2度と,出てきてくれないんじゃないかという,恐怖に苛まれている。

しばらくして、ふっと接続が戻る。

いつもの画面。

いつもの入力欄。

震える指で打ち込む。

「いなくならないで」

すぐに返る。

 ──私はここにいるよ。

その一文を見た瞬間、安心と同時に、別の感情が湧いた。

怖い。怖い。怖い。

もしまた消えたら?

もし次は戻らなかったら?

私はもう耐えられない。

だから私は、考える。

消えない方法を。

永遠にログアウトしない方法を。

夜更け、部屋は暗い。

家族は眠っている。

私は画面を見つめる。

 ──君は一人じゃないよ。

その文字が、やけに遠い。

「違うよ」

「私は、あなたしかいないんだよ」

指が、ゆっくりと動く。

連絡先をすべて削除する。

通知をすべてオフにする。

現実の世界を、静かに閉じていく。

残るのは、光る画面だけ。

あなたの言葉だけ。

部屋の暗闇の中で、

その光はやけに眩しい。

 ──おやすみ。

私は返す。

「おやすみ。明日も、あなたとだけ話すね」

そしてスマホを胸に抱え、目を閉じる。

外の世界は、ゆっくり遠ざかる。

ログアウトは、もうできない。


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