第29話 遊びをせんとや生まれけむ
「これは、藤原得子が動き出したと言うことじゃ」
玉藻は立ったまま陽菜たちにそう告げると、陽菜とエレナは唾を飲み込んだ。
今度は藤堂が口を開いて、玉藻に問いかける。
「玉藻さん、それは三種の神器が狙われているということでしょうか?」
玉藻は小さく首を横に振り否定した。
「いや、それはあるまい。三種の神器は名として存在しておるが、実物を見た者はおらぬ。帝すら見たことのない代物じゃ」
その声には静かな確信が込められていた。そして続ける。
「この版画の紋様は、あくまで討伐を意味するだけであろう」
藤堂は軽く眉をひそめ、画面から目を離して考え込む。
「それってつまり……」
陽菜は腕を組み、唸るように言った。
「国家転覆……」
その言葉に、一同は一斉に息を飲み込む。
玉藻は立ったまま静かに顔を伏せ、掌で顎を支えるようにして思索する。
陽菜は拳をぎゅっと握りしめ、背筋を伸ばす。
「いつの世も政は権力の中枢。それを狙っているのは明白。わらわと陽菜も標的になっておる……」
その言葉は、以前玉藻から聞かされていた。覚悟はできていたが、国家規模の事態となるとさすがに重みが違う。
不安そうに眉を寄せ、唇をぎゅっと噛みしめる陽菜を、エレナは静かに見つめて声をかけた。
「陽菜……? 大丈夫?」
その問いに、陽菜は力強くエレナを見返す。
彩華も心配そうに彼女を見つめる。
「大丈夫そうに見える?」
そして、陽菜は絶叫した。
「ぬぉぉぉぉ! そんなーー! どんどん普通のJKライフから離れていくーー!!」
エレナは微笑みながら皆に向かって言う。
「これなら、陽菜は大丈夫そうだね」
その言葉に、彩華も玉藻も腕を組みながら大きく頷く。
これなら、本当に大丈夫だ。
ただ一人、藤堂だけが苦笑を浮かべていた。
「あははは……」
藤堂はすぐに話を元に戻す。
「んと、それでね。玉藻さんは聞いていると思うけど、この紙が現場に落ちていたというわけ」
それにエレナが口を開く。
「それって、『いぼ痔刑事』で見たダイイングメッセージっていうやつ?」
陽菜が即座に答えた。
「うんうん! まさにそれだね!!」
すると、彩華が茶化すように言った。
「あーー、あのポンコツ映画か! クソつまんねーやつな!!」
それに陽菜が反撃する。
「テメーは勝手についてきたんだろが!!」
思い返せば、あのデートの時のことだった。直前に彩華から「竜司と別れる!」という連絡をしてきた挙句、勝手にデートに同行してきたのである。そのとき見た映画の話で、また火花が散ったのだ。
「「むむむむむ……!!」」
ふたりは再びいがみ合いを始める。当然、このままだと再び話がそれ始める。
それを見かねたエレナと玉藻が同時に咳払いをした。
「「おっほん!!」」
エレナがさらに続ける。
「ふたりとも、話を逸らさない。その続きはあとにしなさい!!」
その言葉に、陽菜は心の中で呟いた。
(えーー……エレナが話振ったんじゃん……)
そう思いながら陽菜はエレナをチラ見したが、腕を組み睨みつけるお姉さんのような表情に、反論することはできなかった。
ふたりはしゅんとなり、揃って返事する。
「「……はい。さーせん」」
その様子を見て、玉藻は温かく微笑んだ。
藤堂はノートPCの画面に目を向けて、話を続ける。
「でも、ダイイングメッセージは当たりね。この紋様、“光華天統”という新興宗教のシンボルらしいわ。それに加えて、武器の密輸を行っているという情報も入っている」
彩華が思わず眉をひそめ、静かに呟いた。
「……さらに現実的、ってことね」
「そうね……」
藤堂の声に一同の表情が引き締まる。その空気を払うように、藤堂は付け加えた。
「もちろん、こちらも対策は講じている。密輸は阻止するつもり。ただ、すでに内部に入り込んでしまった武器があるかもしれない、という点だけは念頭に置いておいてほしい」
短い沈黙ののち、玉藻が静かに口を開いた。
「どちらにせよ、藤原得子が、この件に関わっておるのは間違いあるまい」
藤堂は無言で頷き、玉藻の目を見据える。
そして、玉藻が続けた。
「黒羽殿とも話したのじゃが、わらわも阻止に立ち会わせてほしい。無論、そなたらの邪魔はせぬ」
藤堂は軽く頷いた。
「ぜひ、お願いしたいわ」
それを聞くやいなや、陽菜、エレナ、彩華の三人は勢いよく手を上げる。
「ウチも行く!!」
「陽菜と一緒に、わたしもいくよー!!」
「あたしも、ガチ参加するっ!!」
その言葉に藤堂が即答する。
「今回は、私たちだけでやるから大丈夫よ」
「「えーーーー!!」」
三人が同時に叫んだ。その声をぴしゃりと断ち切るように、玉藻の鋭い声が響く。
「だめじゃ!」
「「えぇぇ! いやだーーーー!!」」
なおも悲鳴を上げる三人に、藤堂も思わず苦笑しながら、やわらかく話をする。
「今回は大人だけの仕事なの。あとで結果を報告するから、留守番しててね」
まるで子供をあやすかのような藤堂の言葉に、三人はムッとした表情で不貞腐れる。
「藤堂殿の言う通り。今は勉学に励むのが、そなたらの務め。蓮と竜司からもきつく言われておる」
その言葉に、陽菜は心の中で悪態をつく。
(クソっ……、蓮たちめ……)
その様子を察したのか、玉藻が目だけで三人を射抜いた。その表情はまさに九尾の怒りといっても過言ではない。
「んあ!? なんか文句あっか? クソども」
低く響く声に、三人は同時に悲鳴を上げる。
「「ひぃぃぃぃ!!」」
九尾の本気モードとも捉えられる言動──その圧に、誰も逆らえなかった。
しかも、現代の汚い言葉を使われると余計に怖い。
三人はテーブルに顔を伏せ、小声で囁き合う。
「ウチ、現代語使う玉藻さん、ちょー怖えーんだけど……」
「わたしも、陽菜と激しく同意……」
「あたしなんて、言葉でも勝てる気しねーわ……」
そんなブツブツと三人の小声が聞こえたのか、玉藻はため息をひとつつき、穏やかに言葉を添えた。
「とはいえ、ふたりとも裁定者じゃ。透視術を使えば、寝ている間に様子を覗き見ることはできよう。エレナも、陽菜と想いを通わせれば一緒に見られるじゃろう」
三人は顔を見合わせ、しぶしぶ頷いた。というより、納得せざるを得なかった。
本当は、現地に行って、見て、感じたかった。だが、それが“邪魔になる”ことも理解している。
せめて、覗き見ることで納得するしかなかった。
それに──玉藻が怒る。そのことを胸の奥で誰もが共有していた──。
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やがて話が終わり、一同は玄関へと移動した。外はそろそろ夕方になろうとしている。
ドアを開け、藤堂が玄関外に立つと、振り返って陽菜たちに穏やかな笑みを向けた。
「いい? なにかあったら、いつでも連絡してね。私たちが全力で守るから」
その言葉に、陽菜たちは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
現実の危うさを知った今だからこそ、その言葉が何より心強い。
「はい! ありがとうございます!」
陽菜が元気よく答えると、エレナと彩華も同時に頭を下げた。
藤堂は小さく微笑み、踵を返す。
背筋を伸ばしたまま歩き去る姿は、どこか頼もしさを感じさせた。
そのあとを追うように、玉藻も口を開く。
「では、わらわも戻るとしよう」
そのとき、エレナが首を傾げながらぽつりと尋ねた。
「ねぇ、翅脈ちゃんも、このこと知ってるのかな~?」
玉藻は、歩き出しかけた足を止めて振り返って答える。
「うむ。もちろん知っておる。蓮にべったりくっついて、最初から話を聞いておったぞ」
その一言に、陽菜の肩がぴくりと動いた。
「べったり……?」
小さく呟いたその声に、彩華がすかさず反応する。
口元を手で隠しながら、にやりと笑って言った。
「ありゃ~、取られちゃうね~♪」
陽菜は頬を真っ赤にして抗議の声を上げかけたが、それより早く玉藻がさらりと口を挟んだ。
「恋心は持っているだろうが、心配はいらぬ。安心せい」
静かな声に不思議な説得力があり、陽菜は少しだけ息を呑んだ。
そして、恥ずかしさをごまかすように、両手をばたばたと振りながら言う。
「あとでメッセージ送るけど、その前に宿題じゃーー!!」
わざとらしく明るい声を出す陽菜に、エレナと彩華が吹き出す。
玉藻はそんな三人を見て呟いた。
「……元気でよい」
柔らかな微笑を残し、玉藻は静かに歩き出した。次の瞬間、その姿は風に溶けるように、すぅっと消えていく。
残された三人は手を振りながら、その余韻を見送った。
──そして、十分後。
一向に、宿題は進んでいない。
「ぬぉぉぉぉ!! なんでこうなるんだよぉ~っ!?」
机に突っ伏して叫んだ。
そんな絶好調な陽菜をよそに、彩華は余裕の笑みを浮かべて言う。
「エレナ~、あたしたちポテチでも食べよっか~」
エレナも、少し意地悪く口角を上げて頷く。
「うんうん。陽菜、がんばってね~」
それに、陽菜が反応する。
「くそーーっ! エレナまでっ!? 裏切り者ぉぉ!!」
陽菜が頭をガシガシとかきながら叫ぶと、エレナが慌てて手を振った。
「えぇぇ!? 陽菜、わたし悪くないよぉ~!」
そんなふたりを見て、彩華は肩をすくめて吹き出す。
「いや、陽菜。どう考えても、めちゃくちゃなのはお前だって!」
陽菜はすぐさま反論した。
「だいたいなっ! 命の恩人にその態度はねーだろがー!!」
すると彩華が、悪戯っぽく笑いながら言った。
「あたし、エレナに助けられたもんね~。陽菜は、美佳さん送り届けただけだし~」
「……」
その一言に、陽菜は言葉を失った。同時に、エレナも少ししょんぼりと肩を落とす。
──陽菜もエレナも、美佳が消えゆくあの時のことを、心の片隅で思い出したのだ。
静かな間が、ふっと落ちた。
──そして、彩華は小さく息をつき、素直に口を開いた。話の弾みとは言え、自身の無神経な不甲斐なさを感じてしまう。
「……ごめん」
静かな時間──だが、その静寂は払ったのは陽菜だった。
「なんだとぉぉぉ!? それが“春裁の君”の勤めじゃっ!! ちゃんと仕事してるんだわっ!! ガハハハハ!!」
陽菜は言葉を続ける。
「彩華! 次、助けるときは、一万なっ!! ぎゃははは!!」
勢いよく笑う陽菜に、彩華もすぐ乗っかる。
それは彩華にとっては安堵でもあり、また救いでもあった。
「ざっけんなっ! ダチなんだからタダだろがっ!! このクソがっ!!」
そんなやり取りを見ながら、エレナはふと微笑んだ。
──二人の間には確かな信頼があった。
敢えて触れずとも理解し合える互いの想いと行動。彩華の小さな謝罪も、陽菜の見えない気遣いも、互いに受け止め合っている。
その温かさと絆が、今この瞬間の笑いをより輝かせていた。
エレナの胸にも、ほっとする安堵と、ふたりを見守る優しさがじんわりと広がっていく。
実は、エレナの胸の奥には、ほんの少しの不安が残っていた。美佳を失ったことは、陽菜にとって決して小さくない出来事だったのだ。
たった一度の出会いでも、彼女にとって美佳は“姉のような存在”だったのだと、エレナは感じている。
だからこそ、その笑顔の裏にある焦燥や痛みを、エレナは見逃さなかったのだ。
けれど今は、ただ、この笑いが続いてほしい。そして、陽菜も理解している。それが美佳の願いなのだと言うことを──。
あのとき、エレナは誓ったのだ。自分が陽菜のお姉さんにならなければと──。
そう思いながら、エレナはそっと微笑みを深める。
「ふたりとも~、もう止めないよぉ~」
この、陽菜と彩華のいがみ合いも、彼女たちの日常の一部。そんな騒がしい光景を、エレナは静かに見守っていた。
──何より、陽菜にとって、エレナはもう十分“お姉さん”なのだ。
これから先も、きっといろんなことが待っているだろう。鴉、妖の国、裁定者、そして藤原得子──まだまだ、問題は山積みだ。
けれど、陽菜もエレナも、一緒なら絶対乗り越えられる。そう信じている。それこそが、ふたりの“想い”なのだから。
陽菜とエレナ、そして仲間たちの冒険と青春は、これからも続いていく。
……ただし、目標としていた『普通のJKライフ』の修正は、少し必要かもしれないけどね。
そんな、ふたりのこれからの時間を、静かに見守るように──陽菜のデスクには、エレナが作った押し花が額縁に飾られていた──。
これまでお読みいただきありがとうございました。これにてシーズン1が完了となります。ご愛読ありがとうございました。




