第28話:不穏な動向
「ぬぉぉぉぉ!! マジでわからんぞっ!!」
絶好調(?)の陽菜の叫びが、部屋中に響き渡った。
いまは宿題中。──つまり、陽菜は“猛勉強中”のはずだった。
だが、机のノートは真っ白に近く、シャープペンも転がったまま。進捗率はほぼゼロ。
そんな陽菜の苦闘などお構いなしに、エレナと彩華は陽菜の部屋で仲良くスマホで動画を見ていた。
テーブルの上にスマホを立てかけ、クッションを抱えたエレナがうっとりと呟く。
「これ、おいしそーだね」
隣では、テーブルに肘をついて顎を手のひらに乗せた彩華が、にやりと笑う。
「エレナも料理作ってみたらー?」
「やってみようかなぁ。できたら、彩華も食べてみてほしいなー」
「おっけー、採点してあげる!」
彩華はそう言いながら、あぐらをかいて座り直した。
──そして、ふたりのキャッキャ無邪気なやりとりが、陽菜の耳には妙に刺さる。
「……だぁぁぁ! うっさぁいっ!! ウチはいま、生死をかけた戦いの最中なんじゃぁ!! クソどもがぁ!!」
突然の絶叫に、エレナと彩華がくるりと振り向き、一瞬だけ目をぱちくりさせる。
すぐに、彩華がにやりと口角を上げた。
「あーー、”春裁の君”さんはお勉強中だったもんね~」
「ああああっ!! なんでウチなんだよぉぉぉ!!」
陽菜は両手で頭をかきむしりながら、机に突っ伏した。
──そう、そもそもの始まりは藤堂からの一本の連絡だった。
「少し話を聞きたいことがある」とのことで、女子組──陽菜、彩華、エレナ──が集まることになったのだ。
女子同士のほうが話しやすいだろう、という藤堂の配慮である。結果、話の流れで自然と「陽菜の家集合」となり、今に至った。なお、エレナはそんな理由もあり獣人化──つまり人間の姿で居る。
ちなみに、男子組の聞き込み担当は黒羽だ。
いま、陽菜だけが、それまでのあいだ“勉強という名の地獄”に放り込まれているわけである。
そんな陽菜が、突然顔を上げて叫んだ。
「……閃いたっ!! ウチ、マジで神っ!!」
その言葉に、エレナがジト目で返す。
「またー、いつものカンニングとか言うんじゃないよね~?」
──図星だった。
「ぬぉぉぉぉ!!」
陽菜の叫びに、彩華がため息をつきながら呆れ顔で言う。
「ったく……進歩ねーヤツだな」
隣でエレナも腕を組み、真顔でうんうんとうなずく。
「うんうん。わたしもそれには激しく同意~」
それを聞いた陽菜が、勢いよくふたりの方へ振り向き、叫んだ。
「だいたいなっ!! 『陽菜ちゃん大変ですね。ジュースでも持ってきましょうか?』くらいの優しさは、テメーらにはねーんかよ!!」
そう叫ぶ陽菜の顔は真剣そのもの。……が、その主張はもう、むちゃくちゃだ。
そんな彩華が反発した。
「なんで客人が、もてなすんだよっ!」
勢いそのままに、彩華はエレナのほうへ顔を向けて、ドヤ顔で首をかしげる。
「ねー♪」
「ね~♪」
エレナも同じタイミングで首をかしげて相槌を打つ。息ぴったりだ。
その完璧な連携プレーに、陽菜が両手を振り上げて叫んだ。
「ウチ、完全に悪者ポジやんけっ!!」
その時、陽菜のデスクの上にあるスマホが震えた。それは藤堂からであった──。
「藤堂さん、来たみたいだね」
察したエレナの言葉に、陽菜と彩華も頷いた。
数分後──。
藤堂は陽菜の部屋のテーブルの前で、きっちりと正座していた。
黒髪のセミロングに、すらりとした体つき。黒のパンツスーツを纏ったその姿は、どこか冷ややかで凛とした印象を与える。
一見して自衛官には見えないが、彼女の所属は『陸上幕僚監部情報本部別室二班』──通称“別班”。
極秘任務を扱う、いわば諜報部門の組織である。
陽菜たちも、藤堂に倣ってテーブルの前で礼儀正しく座っていた。
静かな空気の中、藤堂がふっと息を整え、口を開く。
「この間は……ありがとう。それに、あまり役に立てなくてごめんなさい」
柔らかくも、どこか自嘲を含んだ笑み。
その言葉に、陽菜はすぐさま身を乗り出して即答した。
「いえ! そんなことないです。すごく助かりました!!」
エレナも頷きながら微笑む。
「うんうん。藤堂さんたちがいてくれて、本当に心強かったよ!」
彩華も続いた。
「まったくです。あたしたちだけでは、どうにもならなかったです」
陽菜が改めて言葉を添える。
「藤堂さん、それに黒羽さんや自衛隊の皆さんがいなかったら……たぶん、ひどい結果になってたと思います」
──それは、三人の本心だった。
戦いの最中、正直に言えば、彼女たちの胸には「もしかしたら敵になるかもしれない」という不安もあった。
だが、今は確信している。信じてよかったのだと。
身を挺して、命を懸けて守ろうとしてくれた人たち。その姿は、まぎれもなく“強さ”そのものだった。
自分たちには到底真似できない。だからこそ、心の底から尊敬と感謝の念が込み上げてくる。
藤堂がふっと口角を上げて言う。
「少しは、私たちを信用してくれた……かな?」
その問いに、陽菜とエレナは勢いよく声を揃えた。
「「まったく信用しまくってるっす!!」」
部屋の空気が一瞬やわらぐ。藤堂は小さく肩をすくめ、くすくすと笑った。
「なら、よかったわ。彼らも命を懸けた甲斐があったわね」
陽菜は少し俯き加減で、ためらいがちに尋ねた。
「その……、怪我された隊員さんは大丈夫だったでしょうか……?」
藤堂は穏やかに頷く。
「ええ。みんな軽傷よ。すでに復帰してるわ」
その言葉を聞いた三人は、ほっと胸を撫で下ろした。
その様子を見て、藤堂は優しく微笑む。
「心配してくれてありがとう。その言葉だけで、全員が自分の仕事に誇りを持てるわ」
そして藤堂は、そのまま話を切り出した。
「それでね。今日はちょっと見てほしいものがあるの。以前、佐藤さんに話した、服役囚が死亡した事件の件で」
それは、以前陽菜たちがユーチューブ撮影のアルバイトで廃墟を探索した際の出来事だった。
その廃墟で対峙した怪異の元凶となった服役囚が、刑務所内で不自然な死を遂げたのである。
藤堂はバッグからノートPCを取り出し、開きながら続ける。
「もちろん、佐藤さんたちを犯人だとは思っていないわ。だからそこは心配しなくて大丈夫」
無論、それは藤堂の本心だった。陽菜たちと共にあの戦いを乗り越え、世の中の不思議を十分に理解しているのだ。
陽菜たちは三人揃って無言で頷く。
藤堂がノートPCを開くと、画面には一枚の画像が映し出された。
「この女性を知っているかしら?」
画面には、玉藻のような着物を纏った女性が映っていた。おそらくどこかの監視カメラの映像だろう。
黒髪を長く垂らし、すらりとした立ち姿の女性。ただし、映像は荒く鮮明ではないため、顔までははっきりと確認できない。
陽菜が画面に顔を近づける。
「んー……ウチは見たことないかな~」
エレナと彩華も順に画面を覗き込み、首をかしげる。
「わたしも知らないな~」
「あたしも、この人は初めて見る」
陽菜が腕を組み、さらに考え込むように言った。
「服装は玉藻さんに似てるけど……顔は違うよね?」
エレナも頷きながら、指を画面に向けて呟く。
「うん。……この女性が、ひょっとして犯人?」
エレナのその言葉に、藤堂が静かに口を開いた。
「まだ、断定はできないの。ただ……監視カメラの映像が消されていたので、民間業者に復旧を依頼していたの」
彩華が小さく声を漏らす。
「……そしたら、これが映ってたってことね」
「そう……なの」
四人は無言で画面を見つめ、思案を重ねる。
──その時だった。
「そやつが、藤原得子」
そう言って、ふわりと現れたのは玉藻であった。
陽菜は少し驚いた様子で振り向いた。
「玉藻さん!」
玉藻は静かに頷き、言葉をつづける。
「今しがた、蓮たちと共に、黒羽殿から見せてもらった」
さらに玉藻は藤堂に伝えた。
「藤堂殿。次の版画も見せてあげててくれ」
藤堂はそれが画像であることを瞬時に理解し、タッチパッドで二枚目の画像をクリックして表示した。
映し出されたのは、一枚の紙──そこには菊の紋様が描かれていた。
しかし、その紋様には不自然に×印が刻まれたような切断線が走り、何かの意図が込められていることを示していた。
陽菜たちが画面を見つめると、玉藻が解説を始めた。
「その菊の紋様は”十六葉八重表菊”──平安の世の”帝”の紋様。この時代でも同じ紋様だと聞く」
陽菜が理解したように頷く。
「なるほど……天皇陛下の菊の紋様ね」
エレナが首をかしげて質問する。
「じゃあ、この×印って何を意味してるの?」
玉藻が静かに答える。
「それは刃による傷を表している。つまり、”帝を討つ”という意味じゃ。そして、得子は薄墨紙にそれを書いていた。それが密告され、不穏な空気となった──わらわが得子の内に入った理由でもある」
陽菜は納得して小さく頷く。
「なるほど、合点がいったね」
彩華も理解を深めるように付け加えた。
「なら……この傷は、帝を討つ剣。つまり、『草薙剣』ってことね」
彩華の言葉に玉藻が頷いて答える。
「うむ。まさにその通りじゃ」
それは三種の神器と呼ばれる宝物。
──八咫鏡
──八尺瓊勾玉
──そして、草薙剣
それぞれが、皇位の証とされ受け継がれている秘宝。そして、平安の世では、権力を象徴する宝物ともされていた。
玉藻が静かに口を開く。
「これは、藤原得子が動き出したということじゃ」
その言葉に、陽菜とエレナは同時に唾を飲み込んだ。
空気が一気に張り詰め、部屋の空気まで重くなるのを二人は感じた──。




