第26話:死結晶を奪え!
「九尾まで……。大人数は卑怯だな」
鴎弩は低く呟くと、手を横にかざした。
すると砂丘の中から、異形の存在が次々と姿を現す。灰色の肉体に、オオカミを思わせる獣面。
その手には、死神が振るうような巨大な鎌が握られていた。
刃の先が鈍く反射し、金属のような音を立てる。
鴎弩の右手の刀がわずかに傾き、刃先が陽菜たちを指す。
それが合図だった。
何百もの異形の群れが、一斉に吠えて、地を揺らすほどの足音を立て突進する。
「エレナ! 彩華!!」
陽菜の叫びに、ふたりが頷いた。エレナと彩華は群れを無視し、一直線に鴎弩へと飛び出す。
陽菜は白い帯を九本展開し、旋回させて前方の異形をまとめて薙ぎ払う。
砂塵が舞い、悲鳴のような音が辺りに響く。
さらに一本の帯を収束させ、刀のように形を変えた。鋭く、白の刃が閃き、灰色の身体を一閃で切り裂く。
異形を切りながら、陽菜が心の中で呟く。
(くっ! 足元が砂で……踏ん張れない!!)
その背後で、蓮と竜司のブレスレットが輝いた。宝玉が共鳴し、蓮の手に光の刀のような刃が現れる。それは紅蓮のように赤く燃え上がっていた。
「行くぞ、竜司!」
「おうっ!」
竜司もまた、手をかざし、光の矢を放つ。矢は水流のように青く揺らめき、空気を裂いて飛んだ。
ふたりのブレスレットは、陽菜と彩華の力を媒介することができるのだ。
息を合わせたふたりの動きが一つになる。赤と青の閃光が交錯し、次々と異形を倒していった。
陽菜たちが切り裂いた異形は、砂となり溶けるかのように消えていく。
だが、数は尽きず、切っても切っても次から次へと湧き出してくる。
さらに、足元は砂丘──柔らかく不安定な砂の上。思うように踏ん張れず、動きはどうしても鈍くなる。
その状況を見ていた玉藻が、苦笑交じりに呟いた。
「さすがだ。鴉随一と言われる幻術使い……その数は比ではない。だが、わらわには及ばぬ」
そう言うと、懐から砂粒のような輝きを一掴み取り出し、ひらりと手で撒くように投げた。
無数の玉虫色に輝く砂粒は、宙を舞い、やがて無数の式神に変貌する。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前。急々如律!!」
玉藻の声に応じ、式神は玉虫色に輝きだすと、次第に人の形へと姿を変えた。
裹頭を被り、黒の半素絹姿の僧兵たち。手には薙刀を握り、顔は表情のないのっぺらぼう。
無数の僧兵が整然と立ち並ぶ。
玉藻が手を前にかざすと、僧兵たちは一斉に異形へ向かって突進した。
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一方、エレナと彩華は鴎弩と真正面で対峙していた。
「クォォォォー!!」
鴎弩も叫び声を上げ、二刀を振りかざして突進する。
シュッ!!
二刀の鋭い音と同時に、エレナは地面を蹴って後方へ跳び退いた。刀が砂を抉り、砂塵が舞い上がる。
彩華は右に一歩かわし、鴎弩の背後に回り込もうと動いた。
「甘いっ!」
鴎弩は左足を軸に、彩華に向けて右蹴りを放つ。
しかし彩華は、既にその動きを読んでいた。
「なにっ!!」
鴎弩の目が大きく見開かれる。彩華は右手をかざし、術を放つ。
「月弓命道!!」
術は鴎弩の脇腹を直撃し、衝撃で体が吹き飛んだ。
「ぐはぁぁ!」
砂煙が舞う中、鴎弩の巨体が地面に叩きつけられ、衝撃波が周囲を揺らす。
その衝撃で、左手に握る刀が勢いよく振り落とされ、砂丘に突き刺さった。
エレナと彩華はその隙を見逃さず、一気に突進する。
「調子に乗るな! 小娘どもがっ!!」
鴎弩は瞬時に起き上がり、怒りを込めた声をあげながら、右刀をエレナに向けて振り下ろす。
エレナは空間を捻じ曲げるように操作し、右肘で刀を受け止めた。
そのまま受け止めながら、エレナは勝ち誇るように口元を歪めて言葉を放つ。
「アンタたちにはね……弱点が二つある。陽菜から教えてもらったの」
その言葉に、鴎弩は思わず息を飲んだ。
「何ぃ!?」
さらにエレナは続ける。
「一つは、わたしたちは想いを共有できる。彩華とも、その想いは繋がっているの。アンタの動きは丸見え」
次の瞬間、彩華が鴎弩に向かって再び突進した。エレナは鴎弩の刀を払い、一歩後退する。
その動きを見計らい、鴎弩は左足を軸に彩華へ右蹴りを放つ。
無論、彩華は既にその動きを読んでいた。
「お前たちも行動が変わらんっ!!」
怒声を放つ鴎弩に対し、彩華は右蹴りをかわすと静かに後退する。
そして、次の瞬間──気付けばエレナが鴎弩の前に立ちはだかり、口を開いた。
「わかったでしょ」
同時にエレナは至近距離から青白い光弾を放つ。
「くそっ!!」
鴎弩は吹き飛ばされた。
その隙を突くように、彩華の胸元に潜んでいた翅脈が、勢いよく飛び出す。
狙いは正確。鴎弩の腰に差してあった死結晶の短刀を、一瞬で奪い取った。
翅脈はすぐさま彩華のもとへ舞い戻る。
「彩華姐さん、持ってきたので!!」
「翅脈っ!」
彩華はそれを受け取ると、服越しに胸元へとそっと押し当てた。
黒紫の淡い光がにじみ出し、痣がみるみる薄れていくのが分かる。
やがて光が弾け、死結晶は細かい黒い粒となって空気に溶けた。
「エレナ、OK!!」
彩華のその声に応じて、エレナは一直線に倒れている鴎弩へと突進した。
鴎弩が地を蹴り、再び立ち上がる。だが、既にエレナは鴎弩の前に立ちはだかっていた。
彼女の瞳には、迷いは一片もない。
「二つ目は──その首が、アンタたちの弱点」
エレナが静かに言い放つ。
瞬間、手のひらに青白い光弾が形を成した。
「わたしたちを甘く見ないで」
小さく呟くと、エレナはその光弾を至近距離から放つ。
光が鴎弩の首に命中し、冷たい閃光が砂丘に反射した。
「くっ……そっ!!」
その言葉を最後に、鴎弩は砂丘の上に崩れ落ちた。
彩華と翅脈が、エレナの後ろに並ぶ。
「やりましたので……」
翅脈の言葉に、エレナも静かに頷く。
「うん……」
彩華が一歩前に出て、エレナに向かってそっと口を開いた。
「エレナ……ありがとう」
エレナは無言で首を振る。その瞳の奥には深い安堵が宿っていた。
次の瞬間、辺りを包んでいた空気がふっと揺らぐ。
鴎弩が作り出していた想願空虚が、まるで砂の粒子に戻るかのように細かく砕け、静かに崩れ落ちていった──。
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その頃、陽菜、蓮、そして玉藻は、僧兵と共に迫りくる異形の群れを切り払っていた。
だが、次の瞬間、異形たちは、まるで煙のように砂粒となって消え去った。周囲を覆っていた夕焼けの砂丘の景色が細かく砕け、すっと引いていく。僧兵の式神も玉虫色の輝きを放ちながら、砂粒となって姿を消した。
鴎弩が作った想願空虚が消え、現実の満月の光が一面を照らし出した。
「……終わった、の?」
陽菜が小さく呟く。
玉藻は静かに目を閉じ、頷いた。
「うむ。鴎弩が倒れたようじゃな」
蓮がエレナたちを見やり、安堵の息をついた。
「エレナたちが……やったんだな」
陽菜と玉藻も、エレナたちの方へと振り向いた。
満月の光が辺りを照らし、彩華の姿をとらえる。
「彩華!?」
陽菜が駆け寄りながら声を上げると、彩華は肩をすくめて、軽く笑った。
「問題ナッシングってやつ?」
その軽口に、陽菜の頬がふっと緩む。胸の奥にあった緊張が、静かにほどけていった。
陽菜は彩華に近づくと、そっと彩華を抱きしめる。その瞳からは涙が流れた。
「彩華……よかった……」
彩華は、少し照れたように小さく笑って言う。
「アンタに抱かれると、気持ち悪いな」
陽菜がわずかに笑い返す。
「……それは、こっちのセリフだ」
二人の間に流れる空気は、言葉以上の信頼で結ばれていた。
しばらくして、陽菜はそっと彩華から離れると、エレナの方へと歩き出した。
陽菜はエレナの前に立つ。
すると、エレナは微笑んで陽菜に言った。
「陽菜! やったね……」
だが、その瞬間だった。陽菜の右手が振り抜かれ、乾いた音が辺りに響いた。
ビンタ。
一同が息を呑む。
蓮が止めに入ろうと一歩踏み出したが、玉藻と彩華が無言で手を上げ、静かに制した。
竜司と翅脈は、ただその光景を黙って見守っている。
エレナは頬を押さえ、震える声で言った。
「……陽菜?」
陽菜は彼女をまっすぐに見つめていた。その瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
「なんで、ウチと約束したじゃん……、一緒にミッションクリアするって……」
嗚咽混じりに、陽菜は続ける。
「ウチはエレナがいないと嫌なんだよ。エレナが一緒じゃないと……自分のせいだなんて思わないでよ……」
「みんな……悲しませないでよ……お願いだから……」
その言葉に、エレナの瞳からも涙があふれる。
エレナは強く陽菜を抱きしめ、声を震わせた。
「ごめんね……ごめんね……」
陽菜も返す。
「本当は、もっといっぱい叱って怒ろうと思ったのに……なんでだろ……」
そう言うと、陽菜は涙をぽろぽろと流しながら微笑んだ。
「エレナ、無事でよかった……」
二人は抱きしめ合いながら、しばらく声を抑えて泣き続けた。
その様子を、周囲の仲間たちは静かに見守っていた。微笑みを浮かべながら、ただふたりの涙をそっと受け止めるように。
その光景を、少し離れた場所から、一人の妖が微笑ましく見つめていた。
「あらあら、せっかくの綺麗な顔がふたりとも台無しね」
その声に、陽菜たちが顔を上げる。
「美佳さん……」
美佳は、淡い月明かりの下で涙をぬぐいながら、穏やかに微笑んだ。
ゆっくりとふたりに歩み寄り、優しい声で言う。
「ふたりが心配で……。ちょっと来てみちゃったの……」
彩華が蓮に小声で問いかける。
「知り合い?」
蓮は静かに頷きながら答えた。
「ああ、ふたりにとっては、またちょっと特別な人かな」
その会話を聞いていた玉藻が、ふと視線を上げる。
その先で、先ほど倒したはずの鴎弩が、微かに身を起こしていた。
「消滅したわけではない……来るかっ!」
玉藻の叫びが夜空に響く。
「陽菜! エレナ!!」
月明かりに照らされる中、瞬間の静寂を破るように、鴎弩の巨体が再び動き出した──。




