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【悲報】東京のJK、妖精と青春中に“想いのスキル”発動したので恋愛とバトル開始します。-シーズン1-  作者: 新発田 怜
3章 - Kapitel Ⅲ - 国民国家の幻想 編

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第23話:妖会 ーあやかし会ー

 夕方の陽菜の部屋。カーテン越しにオレンジ色の光が差し込み、柔らかく揺れていた。

 ベッドの上では、エレナと翅脈が並んで雑誌をめくっている。ふたりとも、妖精の姿のままだ。


 今日は、陽菜と蓮が夕方までちょっとしたデートに出かけていた。

 エレナと翅脈は、できるだけその時間を邪魔しないよう気を配っている。もちろん、陽菜も蓮も「気にしないで」と言ってくれた。


 けれど、エレナも翅脈もふたりの想いを静かに見守りたかった。それに、妖精同士の会話も、たまには悪くない。


「この洋服がかわいい!」


「こっちの様子もお嬢様っぽくて好きなので!」


 そんな他愛もない会話をしながら、穏やかな時間が進む中、窓を叩く音がしたのだ。


 コンッ! コンッ!!


 エレナは顔を上げ、軽く首をかしげる。ふわりと淡い緑の光が彼女を包み、人間の姿へと変わった。

 そのまま窓辺に歩み寄り、そっと鍵を外す。すると、エレナは思わず声を弾ませた。


美佳(みか)さん!」


 そこには、千葉の海で出会った女性──美佳が立っていた。風に揺れる長い黒髪。その中で、赤い瞳だけが淡く光を宿している。二階のベランダに、まるで風に乗るようにふわりと降り立っていた。


「こんにちは」


 美佳の柔らかな声に、エレナも嬉しそうに答える。


「こんにちはー!」


 そのやりとりを見て、翅脈は少しきょとんとした表情を浮かべた。

 けれどすぐに、翅脈も礼儀正しく頭を下げる。


「あなたも、“想い”の存在ですね。お初にお目にかかりますので」


 ”妖”と言わず“想い”の存在と言ったのは翅脈の礼儀だった。

 その言葉に、美佳は目を細めて微笑んだ。


「はい。はじめまして」


 その屈託のない笑顔に、翅脈の警戒も自然と解けていく。


「いまね、陽菜と蓮はちょっと出かけてるの。もうすぐ帰ってくると思うよ」


 エレナがそう伝えると、美佳は穏やかにうなずいた。


「少し遊びに来ちゃったの。……お邪魔してもいいかしら?」


 エレナは嬉しそうに頷き、快く迎え入れた。

 

「それにしても、人間になれるなんて、エレナちゃん凄いね!」


 それは純粋な驚きと賞賛のこもった言葉だった。

 美佳はエレナが人間の姿になれることを知らない。


 そして、翅脈とともに、いままで起きた出来事を美佳に語った。

 ──九尾の狐に出会い、戦ったこと。

 ──陽菜が“妖の世界の裁定者”として選ばれたこと。

 ──そして、妖たちに命を狙われていること。


 ときおり興奮気味に身振り手振りを交えて語り、ときには悩みを打ち明けるように声を落とす。

 美佳は静かに頷きながら、時折やわらかな笑みを浮かべていた──。


 だが、ひと通りの話を終えると、部屋の空気がふっと静かになった。

 エレナが俯くのを見て、翅脈が首をかしげる。


「エレナ、どうかしましたので?」


「……ううん、なんでもないの」


 そう言いながらも、その声には少し影が差していた。

 美佳はそんな彼女を見つめ、優しく問いかける。


「気になることがあるのね?」


 翅脈も後を押すように、言葉を添える。


「今日は女子会ならぬ、“妖会”ですから。遠慮はいらないので」


 エレナは小さく息をつき、ほんの少しの沈黙ののち、ゆっくりと口を開いた。


「わたしね……最近、考えちゃってるんだ。陽菜のそばにいるのが、ほんとに“いいこと”なのかなって」


 翅脈が目を見開いた。


「そんなこと……どうして?」


「だって、陽菜は優しいの。いつもわたしを守ってくれる。でも、そのたびに傷ついたり、怖い思いをしたりしてる。春裁(しゅんさい)(きみ)のこともそう。……わたしがいなければ、陽菜はもっと“普通の女の子”でいられたかもしれないの」


 エレナは小さく唇を噛みしめ、ぽつりと続けた。


「彩華も……わたしがいなければ、こうはならなかったと思う」


 その言葉は、まるで胸の奥からこぼれ出るようだった。かすかな声には、はっきりとした痛みが宿っている。


 美佳は黙って聞いていた。すぐに慰めることも、軽い励ましも言わない。ただ、目の前にいる人間となった妖精の想いをまっすぐ受け止めている。


「だからね……」


 察した翅脈の表情が凍りつく。


「それは……。エレナ、責任ではないので」


 それにエレナが答える。


「分かってる。危ないのも、バカみたいなのも。でも……陽菜を傷つけたくないの。わたしがいなければ、陽菜はきっと笑っていられるはずだから」


 静かな沈黙が降りた。それは悲しい決意を包み込むように、ゆっくりと落ち着いていく。


 やがて、美佳が小さく微笑んだ。その瞳には、どこか遠くを見るような懐かしさが宿っている。


「……エレナちゃんは、ほんとに優しいのね」


 エレナは、はっとして顔を上げた。


「でもね、優しさってね。ときどき“ひとりきりの寂しさ”にすり替わるの。誰かを想うあまり、自分を置き去りにしてしまうことがあるのよ」


 美佳の声は穏やかで、でもどこか悲しげでもあった。


「私はうまく言えないけど……。陽菜ちゃんはね。エレナちゃんと一緒だから笑っているんだよ。それを忘れないでね」


 エレナは言葉を失い、唇をかみしめた。胸の奥で、なにかが揺らいだ。

 それでも、決意だけは変わらない。


(……でも、やっぱり。わたしが、責任を取らなきゃ)


 静かな部屋に、エレナの想いだけが、深く沈んでいった。


 --------


 そのころ、陽菜は蓮とデートの真っ最中だった。学校帰りなので、場所は近場の町中だ。


 アイスクリームを食べながら、スマホでカシャッ、カシャッと写真を撮る。無論、隣には蓮の姿もある。他愛もない会話を交わし、時には手をつないで、寄り添って。

 陽菜は、そんな“普通のJKライフ”を心から楽しんでいた。


 ふたりは親水公園のベンチに座り、近くのクレープ屋で買ったクレープを頬張っている。陽菜は生チョコクレープ、蓮はサラダクレープ。


 そんな日常の味を楽しみながら、陽菜はふと口を開いた。


「ねぇ、蓮。ウチ、春裁(しゅんさい)(きみ)に選ばれたじゃん……」


 その言葉を聞いた瞬間、蓮は直感した。

 ──陽菜は、迷っている。


「おう。俺の意見、言っていいか?」


 陽菜は顔を上げ、素直に頷いた。

 蓮は少し笑って言う。


「個人的にな。……面白そうじゃん?」


「えっ……?」


 思わぬ答えに、陽菜は目を丸くする。てっきり、蓮は反対すると思っていたのだ。

 蓮は少し間を置いて尋ねる。


「陽菜は、どう思ってるんだ?」


「ウチはね……蓮と、エレナと一緒ならって思ってる」


 さらに蓮は聞いてみた。


「で、そのエレナはどう思ってる?」


 陽菜は視線を落とし、少し顔を曇らせた。その様子を見て、蓮は小さく息をついた。


「……まだ、エレナの言葉、聞けてないんだな」


 陽菜は両手でクレープを持ち直し、小さく呟く。


「エレナ……ひょっとして……」


 蓮は先に察して、まっすぐに答えた。


「だから、エレナも守るんだ!」


「うんっ!」


 陽菜は笑顔を取り戻し、蓮の肩にそっと頭を預けた。

 そして、少し震える声で言う。


「蓮……ごめん。迷惑かけてばっかで……」


 陽菜のその言葉に、蓮はすぐ反応した。


「それだよ。その言葉、エレナも言ってる。だからふたりとも気にしすぎなんだって」


 陽菜は目を瞬かせる。蓮は続けた。


「陽菜が俺のことを思うのと同じで、エレナも陽菜のことを思ってる。だから、その遠慮を取っ払わないと、前に進めねぇよ」


 陽菜は静かに頷き、蓮の肩に頭を預けたまま、柔らかく微笑んだ。


「……うん」


 少しの沈黙。空には、茜色がゆっくりと滲みはじめている。


「もう、夕方だね……」


 陽菜が寂しそうに呟いた。蓮は空を見上げながら、軽く笑う。


「じゃあ、また陽菜の想願空虚に行こうか」


 想願空虚。それは展開した者の“想い”に左右される場所。極論を言えば、陽菜と蓮のふたりであれば、時の流れすら存在しない。永遠に、ふたりきりでいられる空間でもある。

 蓮の提案に、陽菜は顔を上げてジト目で睨みつけた。


「さっき行ったばっかじゃん。……蓮のお盛んっ!」


「なっ……なんでそうなるんだよっ!」


 陽菜はニヤリと口角を上げ、わざとらしく頬に手を添える。


「そんなにウチの身体が魅力的なんかぁ~? 参っちゃうな~♪」


「なっ……んなことねーよっ!」


 蓮が慌てて否定すると、陽菜はムッと頬をふくらませた。


「なによそれー! ちょっとぐらい“そうだよ”って言ってくれてもいいじゃん!」


「所詮、蓮も……ウチの魅力的な身体だけが目的だったのね……」


 そう言うと、シクシク泣き出した。


「お……おい、なんもしてねーだろって……」


 蓮は慌てて慰めようとした。その直後──。


「あ~~んぐぅ!」


 陽菜は、蓮の手にあったサラダクレープの“最後の一口”を手で奪い、豪快に食べ干した。


「んなぁぁ!!! 最後の一口をっ!!」


 蓮は、大学受験、高校受験、その他ありとあらゆる人生の転換期に失敗し、挫折した人間のような叫びをあげて、うな垂れた。

 蓮は、好きなものを最後まで残しておく習性がある。そして、その最後の一口の“チョリソー”も同じように残していたのだ。


「ぬあぁぁぁぁぁあああ!!」


 陽菜はそんな蓮の絶叫を完全に無視し、最後のチョリソーを口に放り込む。


 ムシャムシャ……。


 意図的に咀嚼音をたてながら食べ続けた。


「なんで食うんだよ! 知ってるだろ、俺がウィンナー系ガチ好きなのっ!!」


 そんな言葉を無視して、陽菜は咀嚼音を出しながら、しれーっと食べていた。


「んなもの知るかっ! ウチを凌辱した罰だっ!!」


 蓮の悲鳴と、陽菜の咀嚼音が、静かな公園にこだました──。

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