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【悲報】東京のJK、妖精と青春中に“想いのスキル”発動したので恋愛とバトル開始します。-シーズン1-  作者: 新発田 怜
3章 - Kapitel Ⅲ - 国民国家の幻想 編

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第22話:悩み事多きこと

「大丈夫ですか? すみません、昨晩はありがとうございました!」


 陽菜は、沙耶の自宅マンションを訪ねていた。

 沙耶は屈託のない笑顔で玄関に立ち、迎えてくれる。


「大丈夫よ! それより今日はエレナちゃん来てないのね?」


 沙耶の気遣いが伝わってくる。陽菜は小さく頭を下げた。


「すみません。なんか、彩華の様子を見たいって……。『大丈夫だ』って玉藻さんも言ってたんだけど……」


 その言葉に、沙耶は少しだけ表情を曇らせた。


「そうなんだ……」


 けれどすぐに、いつもの明るさを取り戻すように笑顔をつくり、陽菜を招き入れた。


「それにしても、陽菜ちゃんがまさか“裁定者”だったなんてね。びっくりしたわよ」


 沙耶は紅茶を注ぎながら言った。

 テーブルの上には、陽菜が途中で買ってきたケーキが並んでいる。


「ウチもびっくりしました……。ていうか、どうしたらいいのか全然わからなくて……」


 陽菜の戸惑いに、沙耶は柔らかく微笑みながらカップを置いた。

 そして──なぜか冷蔵庫を開け、ビールを取り出す。


(えぇぇ……まだお昼前なんだけど!?)


 陽菜の心の声をよそに、沙耶はプルタブを開け、缶ビールを一気に飲む。


「くぅぅぅー! プハー!! やっぱこの一杯のために生きてる気がするわー!!」


「あ、あはは……」


 陽菜は苦笑いを浮かべるしかなかった。沙耶はそのまま、ビールのつまみにケーキをつまむ。

 陽菜が思わず、ツッコミを入れた。


「えっ、ちょ、それ……おつまみじゃなくてケーキっすよ?」


 沙耶は、きょとんとした顔で陽菜に言う。


「あら? ケーキって意外と味が濃いのよ。ツマミにもなるんだから」


「そうなんですね……あははは……」


 陽菜が引き気味に笑う横で、沙耶はご機嫌にビールとケーキを交互に味わっていた。

 沙耶は缶ビールをクルクル回しながら口を開く。


「正直に言うとね。私、陽菜ちゃんが“裁定者”になってびっくりしたと同時に、嬉しかったの」


 そう言うと、沙耶は立ち上がり、デスクの上の写真立てを手に取って、陽菜に見せた。


「これ、たぶん陽菜ちゃん見たよね?」


 それは、初めて沙耶の家に来た時、エレナと囁き合った写真だった。

 そこには、三人の男女が映っていた。茶髪の男性と、翡翠色の髪の女性、そして金髪の女性。

 皆、どこか整いすぎていて、まるでドラマやアニメの中から出てきた登場人物のようだ。


 そして沙耶は言う。


「陽菜ちゃん、あの時『私が“別の世界にも行ける人間”』って言ったの、否定しなかったよね?」


 陽菜はその言葉に頷いた。それは事実だった。自分もエレナも不思議な力を持っている。

 いわゆる“異世界”があってもおかしくない──そう感じていたのだ。


 沙耶は静かに続けた。


「この子たちはね。想いの世界の住人なの」


「だから、陽菜ちゃんとエレナちゃんのことを尚也から聞いた時、正直、ワクワクしちゃって……ごめんね」


 陽菜は、少し驚きながらも素直にほほ笑んだ。そして、おずおずと打ち明けるように口を開く。


「ウチは、春裁(しゅんさい)(きみ)になれる自信がないんです。それに……普通に女子高生でいたいんです」


 沙耶はその言葉に、静かに問いを返した。


「普通って、なにかな?」


 そして、優しく続ける。


「エレナちゃんが見える。そして、エレナちゃんが一緒にいる。しかも、想いを力に変えて相手を倒すこともできる。それってもう“普通”じゃないんじゃないかな?」


 陽菜は少しムッとして言い返した。


「でも、それだったら“普通”ってなんですか!?」


 沙耶は笑みを浮かべた。その笑みは、まるで包み込むような大人の温かさを帯びていた。


「じゃあ、私って普通かな?」


 陽菜は即答した。


「違いますっ!!」


 沙耶は吹き出すように笑い、ビールを一口。そして、くるくると缶を回しながら言った。


「あはは。やっぱりね。妖の世界に行けるなんて、普通じゃできないの。つまり、陽菜ちゃんも私と同じ。もう“普通”の外側にいるのよ」


 陽菜は言葉に詰まる。

 沙耶はそんな彼女の様子を見て、少し声のトーンを落とした。


「だったら、それを大いに活かせばいいじゃない?」


「でも……」


 陽菜はうまく言葉を続けられなかった。

 沙耶はそんな彼女に穏やかな笑みを向ける。


「陽菜ちゃん。人はね、自分にしかできないことを探し続ける生き物なの。それが見つからないと、どこか虚しくなってしまう。クリエイティブな人ほど、その空白に苦しむのよ」


 そして、少し寂しげに微笑んだ。


「結果的に、自暴自棄になる……。ネットでは”ラクしたい”って言葉がよく流れてるけど、みんな本当は、自分の居場所を見つけたいだけなんだと思う」


 静かな言葉が、陽菜の胸に響いた。

 沙耶はビール缶を軽く指で叩きながら、ふと陽菜の方を向いた。


「そういう意味では、陽菜ちゃんは、自分にしかできないことを見つけたんじゃないかな?」


(自分にしかできないこと……)


 陽菜は心の中でそう思いながら、静かに俯いた。

 しばらく沈黙が流れたあと、ゆっくりと顔を上げる。唇をかすかに震わせ、まるで救いを求めるように、声を絞り出した。


「ウチは……どうすればいいのでしょうか……?」


 沙耶は立膝をついて、缶ビールをくるくると回しながら笑った。


「それは陽菜ちゃんが決めること。天啓は断ることもできるみたいだしね。でも、私なら――食ってみるかな」


「えっ?」


「食わないより、食ってから”まずい”って言いたい派なの。せっかくチャンスがあるんだし、口に入れてから考えた方が早いわよ」


 そう言って、沙耶は片目をウィンクさせた。その軽い仕草に、陽菜の頬が少し緩む。

 沙耶は立ち上がると、空になった缶を軽やかにゴミ箱へ放り込み、冷蔵庫から新しいビールを取り出す。


 その背中を見つめながら、陽菜は思った。

 

(……たしかに、食わず嫌いよりは食べてみてから決めた方がいいのかもしれない)


 エレナがいる。蓮も、彩華も、竜司も。沙耶や尚也だって、外から支えてくれる。

 そう思うと、少しだけ胸の奥が軽くなった気がした。

 すると沙耶が、ふと振り返って言った。


「でもさー、そもそもエレナちゃんや蓮くんはどうなんだろうね? ふたりも対象なんでしょ?」


 陽菜はその言葉に、ピタリと動きを止めた。青ざめた顔で頬をかき、苦笑いを浮かべる。


「あ、そういえば……。完全に忘れてました……」


 その瞬間、沙耶は吹き出した。


「あっははは! 陽菜ちゃん、最高!」


 沙耶がビールを持って戻ってきたリビングに、昼前の明るい笑い声が弾んだ。

 しばらくして、沙耶がふと気になるように口を開く。


「そう言えば、エレナちゃん……大丈夫? いまの話に少し被るかもしれないんだけど、早朝会ったときにね、元気なさそうだったのよ」


 その言葉に、陽菜も小さく頷いた。


「今回の件、自分のせいだと思っているみたいなんです。『自分がウチと一緒にいるからだ』って……そう思ってるみたいで」


 沙耶が問い返す。


「陽菜ちゃんはそう思ってないのよね?」


 その言葉に、陽菜は目を丸くして言い切った。


「もちろんですよ!! でも、彩華の件もあって、自分を責めてるみたいなんです」


 沙耶は少しだけ真顔になり、静かに言った。


「エレナちゃんはね、陽菜ちゃんと一緒にいるからこそ、笑顔でいられるの。いい? ちゃんと様子を見てあげて」


 沙耶は一瞬視線を逸らし、落ち着いた声で言葉を続けた。


「鴉はひょっとしたら……。まさか、エレナちゃん……」


 陽菜は軽く眉を寄せた表情で首をかしげる。


「なにか、気になることがあるんですか?」


 沙耶は一瞬だけ視線を逸らし、そして陽菜にそれとなく話してみた──。


 --------


 陽菜が部屋に戻ると、エレナがベッドにうつ伏せになり、雑誌をめくっていた。

 いまのエレナは獣人化──つまり、人間の姿だ。


「ただいま」


 陽菜が声をかけると、エレナは笑顔で顔を上げた。


「おかえりー」


 その明るい声に、陽菜は少しだけ胸を撫でおろす。

 ──見たところ、今のエレナの様子は、普段と変わらない。


 陽菜はそれとなく話を振った。


「彩華、どうだった?」


 エレナはいつもの屈託のない笑みを浮かべて答える。


「大丈夫そうだったよ。いまは死水晶の影響も出てないみたい」


 その返事に、陽菜も小さく息をついた。

 けれど──心のどこかで、何かが引っかかっていた。


「鴉が……近々くるらしいよ。沙耶さんが言ってた」


 そう言って、少し意地悪そうに言ってみせる。カマをかけるつもりで言った一言だった。

 だが、その瞬間。エレナの表情が固まった。


「……いつ来るの?」


 その声は、今までのエレナとはまるで違っていた。陽菜の胸がきゅっと締めつけられる。

 ──やっぱり、なにかある。


 陽菜はエレナの隣に腰を下ろした。ベッドがわずかに沈み、シーツがふたりの体温を混ぜる。


「ねぇ、エレナ。ウチに、ちゃんと話してよ? やっぱ、いつもと様子が違う」


 穏やかな声でそう言う。だが、エレナは小首を傾げた。

 

「大丈夫だよ。どうしたの? 」


 エレナはきょとんとした顔で陽菜に振り向く。

 でも、その顔には何かを隠しているのが伺えた。


「やっぱりおかしいよ。朝のこと、気にしてるの? ウチはエレナが原因だなんて思ってないよ」


 陽菜の真っ直ぐな言葉に、エレナが答える。


「うんうん! 大丈夫!! もう気にしてないよ……」


 その笑顔は明るすぎて、かえって痛々しかった。

 ちょうどその時、下の階から声が響く。母・結衣が呼んでいるのだ。


「エレナー? ちょっと手伝ってくれるー?」


「はーい」


 エレナはベッドから軽やかに起き上がると、振り返って陽菜に微笑んだ。


「陽菜? 心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だから、ね!」


 そう言って、陽菜の頭をやさしく撫でる。その手の温もりが離れていく。

 階段を下りていく足音が遠ざかる中、陽菜はベッドの上で拳を握りしめた。


(……問題ナッシング、なんかじゃないよね)


 胸の奥に、言葉にならない不安が沈んでいった──。

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