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【悲報】東京のJK、妖精と青春中に“想いのスキル”発動したので恋愛とバトル開始します。-シーズン1-  作者: 新発田 怜
3章 - Kapitel Ⅲ - 国民国家の幻想 編

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第21話:平安の春裁の君

 夜が明け、陽菜は自宅に戻っていた。

 ベッドに横になっても、眠りは訪れない。思考が頭の中で渦を巻く。


(彩華の事……裁定者……玉藻さん、はぁ……)


 窓から差し込む朝の光が、やけに眩しかった。まるで昨夜の出来事がすべて夢だったかのように外は静かだ。

 陽菜は、溜め込んだ息を吐き出すように、大きくため息をついた。


 エレナは不安げに、陽菜を見つめている。いまの姿は、妖精のままだった。

 彼女はそっと陽菜に寄り添い、寝たまま小さな声で話しかける。


「陽菜……わたし、やっぱり迷惑かけてるよね……」


 その言葉に陽菜は驚き、ベッドから上半身を起こす。


「ちょ、どうしたんだよ。そんなことないよ!」


 エレナはベッドの上で横になったまま、呟くように言った。


「だって……だってだよ。わたしが来なければ、兵隊さんも現れなかったし、陽菜が裁定者になることもなかったんだよ」


 陽菜はすぐに首を振り、強く言い切った。


「そんなことない! たぶん、遅かれ早かれ、こうなる運命だったんだよ!!」


 エレナの声は小さく、元気が失われている。


「でも……彩華まで……こんな苦しい思いをさせてるんだよ……」


 その言葉に、陽菜は返す言葉を持てなかった。自分だけなら、エレナと共に乗り越えられるだろう。

 しかし、彩華まで巻き込んでしまった事実は、否定できない。彩華は、死水晶の影響に蝕まれ、確実に死へと向かっているのだ。


 そんな重さを振り払うように、陽菜は首を振った。


「でもね。エレナと一緒だから、こんな冒険ができるんだよ。別荘で言った通り、これだって乗り越えられるミッションなんだ!」


 その言葉に、エレナはふっと微笑んだ。


「うん。そうだよね!」


 陽菜も小さく頷く。


「ウチが裁定者になることは別として、とりあえず彩華を治さないと!」


 エレナも力強く頷く。


「うんうん!」


 だが、陽菜には分かっていた。エレナの笑顔が、強がりで作られていることを。

 そして、だからこそ陽菜はその気持ちが痛いほど分かった。それは、陽菜を気遣う優しさであり、同時に、笑顔の裏に潜む悲しみ。

 陽菜は、その小さな影を決して見逃さなかった。


 そんな中、陽菜の視界に玉藻がふわりと空気のように現れた。

 静かな佇まいのまま、玉藻は微笑み、柔らかな声で告げる。


「起こしてすまぬ。就寝中であったか」


 陽菜は首を振り否定した。


「いえ。とても寝られる状態じゃないです。それに、あとで沙耶さんにもお礼を言いに行きたかったし」


 玉藻はその言葉にわずかに安堵の色を浮かべる。


「そうか。晩は沙耶殿にも世話になった。礼を申しておくれ」


 陽菜は視線を玉藻に向け、問いかける。


「はい。それで、彩華の方は?」


「うむ。いまは安定しておる。傷も塞がっておる。あとは死結晶のみじゃ」


 陽菜は少しだけ安堵の息を漏らす。


「そっか……あとは死結晶のみ」


 エレナも安堵の色を含んで口を開く。


「うんうん。あとは奴らがいつ来るかだね……」


 玉藻は陽菜とエレナに改めて向き直り、柔らかくも真剣な声で告げる。


「此度の件、誠にすまぬ。結果として妖の面倒事にそなたらを巻き込んでしまった。わらわもそなたが春裁(しゅんさい)(きみ)などとは存ぜず……許してほしい」


 その言葉に、玉藻は深く頭を下げた。


「いやいや、マジで問題ナッシング!!。いまエレナにも謝られたところだし」


 陽菜はそう言い、そっとエレナを見つめた。しかし、エレナの瞳にはわずかに気落ちした色が宿っていた。

 そして、玉藻が真剣な目で言葉を続ける。


「だが……天啓はすでに降りてしまった。わらわにはどうすることもできぬ。最後はそなた自身が決めることだ」


 そして少し間を置いて、玉藻は続けた。


「その……実はな、ふたりに伝えておきたいことがあるのじゃ」


 エレナが不思議そうに首を傾げる。


「伝えておきたいこと?」


 玉藻は静かに頷いた。


「うむ。藤原得子(ふじわらのとくし)のことじゃ」


 その名は、陽菜の前任の”春裁の君”にして、妖・玉藻の宿主。歴史上、玉藻前のモデルとされる人物であった。

 玉藻の声に重みが増す。


「恐らく、藤原得子は今も生きている。“妖”として。しかも……わらわとそなたたちを狙っておるはずじゃ」


 その言葉に、陽菜とエレナは同時に息を呑む。


「それって……」


「どういうこと?」


 ふたりが声を揃えて問いかける。

 玉藻は一瞬沈黙し、低く問いかけるように言った。


「以前に話したことを覚えておるか?」


 陽菜とエレナは、同時に那須での戦いを思い出す。玉藻と一戦交わした後の、あの言葉。


「わらわの“欠片”、その一片を今も持っているのは、おそらく藤原得子。わらわと分離した際、あやつは欠片を携えておった。その欠片が戻らぬのは、持ち続けている証拠」


 それに、エレナが低く答えた。


「たしか……玉藻が『そいつが動けば、この地はただでは済まない』って言っていたやつ?」


 玉藻は頷く。


「うむ……。得子は自ら望んで妖に堕ちた人物。そしてわらわを政略に巻き込み、結果としてわらわは封じられた」


 そう告げると、玉藻は当時の出来事をふたりに語り始めた――。


 --------


 平安の世。鳥羽上皇の寵姫であった藤原得子(ふじわらのとくし)に、不穏な空気ありとの報が陰陽師のもとへ届いていた。

 その時、すでに妖の存在でもあり、陰陽道と共闘関係であった玉藻は、自ら藤原得子の内に潜り込み、内偵を進めていた。


 その過程で、玉藻は重大な事実に気づく。


 ――得子が”春裁(しゅんさい)(きみ)”として禊を受けていたこと。

 ――(まつりごと)を妖の力によって掌握しようとしていたこと。

 ――邪魔となる陰陽師を妖の力で討伐しようと画策していたこと。


 しかし、得子が春裁の君であると知った以上、玉藻は危険に晒される。妖としての力を持つ玉藻にとって、得子の内にいることは自然と自身の存在が知られることを意味した。


 そして、案の定、得子は自身の内に玉藻がいることを察知してしまったのである。得子は妖の力を使って、(きょう)都中(みやこじゅう)に流行り(やまい)をまき散らし、その混乱の中で玉藻を内から追い出した。

 さらに王気をもって、人々の心を操り、”流行り病の元凶こそ玉藻なり”と信じ込ませ、討伐へと仕向けたのである。


 こうして、玉藻は文字通り妖として追われる身となった。


 事態を察知した当時の陰陽師・安倍泰成(あべのやすなり)は、玉藻と一計を案じる。


 それは――


 ――妖の力を封じることができる高野山の寺院に、得子を幽閉すること。

 ――人心の安定のため、玉藻の”本体”である“九尾の(かたち)”を封じること。


 玉藻は、自身が妖であるがゆえに、貌のみを封じることで事足りると判断した。貌を封じ、想いのみを“欠片”として分散させることで、事態の収拾を図ろうとしたのである。欠片があれば、玉藻は引き続き事態を見守ることはでき、必要に応じて貌を出せばよい。


 しかし、得子もまた一計を巡らせ、玉藻を内から追い出す際に“九尾の一部”を欠片として保持していた。それは玉藻の動向を探り、必要あらば利用するための策であった。


 得子は肉体こそ滅しても、妖としての存在が消え去るわけではない。万が一、得子が貌を吸収してしまえば、強大な力を得る可能性があった。そこで玉藻は安倍泰成と共に、京から遠く離れた地へ赴き、得子の手の届かぬ場所で貌を岩へ封じ、欠片を分散させたのである。


 そして、その“九尾の一部”は今、名を変えて“想いの欠片”として陽菜たちのもとに伝わっている。その欠片は、まだ玉藻のもとへ戻ってはいない。


 --------


 玉藻は当時のことを陽菜とエレナに語った。


「彩華には以前話しておったが、そなたらには伝える機会がなかったのじゃ」


 陽菜はその言葉に応じた。


「そんな事情があったんだ。でも、聞いて少し安心した。玉藻さんって、やっぱり悪い人じゃないんですね」


 玉藻はその言葉に微笑を漏らした。

 陽菜はさらに言葉を続ける。


「この時代では、“玉藻前(たまものまえ)”や“九尾の狐”は悪名高き最強の妖なんて言われているけど……実際は違う。知ったら、みんな驚きますよ」


 玉藻は首を振って否定した。


「いや、今はそれでも構わぬと思っておる。だが、それよりも、知らぬ方がよいこともある。ましてや藤原得子が世を乱すなど、知らぬほうがよいであろう」


 玉藻は語気を強め、慎重に告げた。


「なればこそ、気を付けるがよい。そなたたちが、春裁の君であることは今や知っておるはず。おそらく、あやつは狙ってくる。そなたらを。そして、わらわを――」


 その言葉に、陽菜とエレナは真剣に頷いた。

 しばし沈黙が流れた後、エレナが口を開く。


「くるとしたら、もうそろそろ?」


 玉藻が答える。


「分からぬ。だが、知った以上は早いと思う。用意さえ整えば、さして時間はかからぬであろう」


 その言葉に、陽菜とエレナは互いに見つめ合い、再び真剣に頷いた。

 そして陽菜は、再び玉藻の方を向き、ためらいがちに口を開く。


「玉藻さん……、いえ……」


 陽菜は、言いかけた言葉を飲み込む。胸の奥で、小さなざわめきが広がっていく。

 本当は──玉藻が春裁(しゅんさい)(きみ)だった頃のことを、聞きたかった。


 玉藻もまた、その思いを感じ取っていた。だが、今はまだ語るべき時ではないと悟り、ただ静かに瞼を伏せる。

 しばらくして玉藻が口を開いた。


「では、わらわは……」


 その時、エレナが玉藻に声をかけた。


「ちょっとお願いがあるの。彩華のところに、連れて行ってほしい」


 玉藻は頷きながらエレナに問う。


「それはよいが……沙耶殿のところへは行かぬのか?」


 エレナは真剣な眼差しで玉藻を見つめ、静かに答えた。


「大丈夫。今日は、陽菜にお願いする」


 そう言うと、エレナは陽菜へ視線を向ける。

 陽菜はきょとんとした様子でエレナを見返した。


「いいけど……どうしたの?」


「んーん。ちょっと、彩華の様子を見たくって……」


 エレナは再び玉藻を見つめ、今度は強い眼差しで言った。


「だから、お願い。連れて行って」


 その瞳に、玉藻は何かを感じ取ったようだった。


「……わかった」


 玉藻はそっと妖精・エレナの小さな手を取る。

 エレナは陽菜に向かって微笑む。


「ちょっと、行ってくるね」


「あ……、うん」


 陽菜がそう返した瞬間、玉藻に連れられたエレナの姿は、空気のようにすうっと消えていった。

 残された陽菜の胸には、言葉にできない小さな不安が、じんわりと広がっていった――。

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