第20話:裁定者の役割
「ウチは春裁の君だそうです……」
陽菜の声には、叫びというよりも混乱と戸惑い、そしてどうしようもない苛立ちが混ざっていた。
戦闘がようやく終わり、翅脈も屋敷へ戻っている。
だが陽菜には落ち着く暇などなかった。水晶からの話を受け、すぐに沙耶へメッセージを送って助言を求めていたのだ。
沙耶は陽菜にとって、揺れる心のよりどころ──何かを掴みたいと願う存在だった。
返ってきた答えは予想外のものだった。
<私もね、さっき尚也から聞いて知ったの>
<だから正直、あまりよく分からない。たぶん尚也は知っていると思う>
──それが沙耶からの返信だった。
そして今、尚也に直接問いただした結果がこれである。
「水晶が言ったことは事実だ。だが、それは過去の話に過ぎない。気にする必要はない」
陽菜は言葉を詰まらせながらも食い下がる。
「でも! ウチはそんなもの受けるつもりはありません!!」
尚也は大きく息を吐き、静かな声で答えた。
「だが、君は天啓を受けた……」
その一言に、部屋の空気が固まった。
唯一、時女だけがクスクスと笑う。
「ねぇ、だから言ったじゃない。心配いらないって」
その笑い声に、彩華も竜司も、そして玉藻まで頭を抱え込む。
時女が空気が読めていない状況。陽菜はいたってまじめで神妙だったのだ。
尚也は落ち着いた声で言った。
「とにかく、陽菜ちゃん。いまは興奮しているかもしれない。少し座って話を聞いてほしい」
だが陽菜は、声を震わせながら叫んだ。
「やだ! ウチは普通に暮らしたいだけ。天啓も、今すぐ取り消してくる!」
尚也は、諭すように言った。
「まぁ、落ち着いて。とにかく聞いてくれ」
そう告げると、尚也は陽菜を椅子に座らせ、順を追って説明を始めた。
「そうだな。まずは、想いの世界……便宜上、“妖の世界”とでも呼ぼう。その世界には一人の妖の王がおり、四人の裁定者がいる。王の名は”梟”と呼ばれ、その配下に四人の裁定者がいると言う構図だ」
尚也は視線を巡らせながら続ける。
「裁定者にはそれぞれ季語が敷かれる、
春の裁定者。これを春裁の君という。──役割は芽吹く想いを司る者。産まれる想いを裁定する。
夏の裁定者。これを夏裁の君という。──役割は育つ想いを司る者。育む想いを裁定する。
秋の裁定者。これを秋裁の君という。──役割は収穫の想いを司る者。習得する想いを裁定する。
冬の裁定者。これを冬裁の君という。──役割は消えゆく想いを司る者。死する想いを裁定する。」
尚也は言葉を強める。
「佐藤陽菜──春裁の君。かつて、藤原得子が担っていた。
雨宮彩華──冬裁の君。かつて賀茂忠行が担っていたという
そして……そのさらに、前の春裁の君──それが、玉藻御前」
その言葉に一同が驚く。
陽菜は、玉藻を見据えた。陽菜と目が合うと彼女はコクリと頷く。
(玉藻さんが……春裁の君……?)
陽菜は、心の中で呟く。だが、その言葉は尚也には当然届くことはない。
そのまま、尚也は言葉を続けた。
「そして、水晶の言った通りだ。陽菜ちゃんには前任だった藤原得子と同じく、”王気”が宿った。それは、君とエレナが積み重ねてきた“想い”によって共鳴し、その共鳴が、玉藻を引き寄せたんだ。──もっとも、どこかのタイミングでエレナは“九尾の貌”……つまり本体も取り込んでいる。その影響も、無視できないだろう」
すると、エレナが蓮についての疑問を口にした。
「蓮も裁定者になったのはどうして?」
「それは、三人の想いが共鳴したことで、三人とも裁定者の資質として選ばれた」
尚也はそう言うと、一息つき、話を本筋へと戻した。
「春裁の君と冬裁の君は、代々この世界の者が担ってきた。だが、それは血縁によって継がれるものではない。王気は認められた者にのみ宿る。それを決めるのは”梟”だ。実に千年近くもの時を経て、いま候補者が現れたというわけだ。そして──鴉はそれを阻もうとしている。鴉とは、先ほど襲ってきた連中のことだ」
陽菜が疑問を口にした。
「どうして、その鴉がウチたちを……?」
尚也が答える。
「理由は分からない。だが、大方想像はつく。内政干渉されたくないのが理由だろう。だが、妖も人の想いあっての存在。裁定者がいなければ、存続できない。だからこそ、梟からふたりを守るよう言われた。その役目が”観察者”である俺だ」
陽菜がさらに疑問を口にした。
「じゃー、尚也さんは妖ってことですか?」
尚也は笑った。
「いやいや、俺も沙耶もれっきとした人間だ。時女から少し力を借りているだけ。まぁ、それは置いておくとして……陽菜ちゃん?」
その疑問に、不貞腐れた陽菜が小さく答える。
「でも、ウチはそんな世界で暮らすなんて嫌です。ここの世界に居たい」
彩華も強く同意した。
「あたしも、妖の世界には行きたくありません!!」
尚也は静かに頷き、答えた。
「妖の世界に住むことはない。あくまでいるのはこの世界。この世界で生きる者たちの裁定だ。現に、藤原得子も賀茂忠行もこの世界で生き、そして死んだ。でも、行き来はできる。だから水晶は『あなたたちなら倒せる』と言った。まぁ、執務で行くことはあるだろうがな」
蓮が疑問を口にする。
「ふと思ったのですが、なぜ春と冬の裁定者だけ人なのですか?」
尚也は少し間を置いて答えた。
「夏裁と秋裁は人ではなく、妖が育むものだからだ。対して、春裁は人から妖へ育まれるもの。冬裁は妖から人へ育まれるもの。春裁の君は、人の消えゆく想いを届け、冬裁は、妖の消えゆく想いを人へと返す。つまり──想いの循環、そんなところだ」
尚也は言葉を続けた。
「だからこそ、妖にしてみれば、人に“支配”されたくないという考えが生まれるのだろう。彼らは干渉を嫌う一方で、理解を求めてもいる。その矛盾が、鴉のような過激な行動へと繋がることもある。それは、無意識に共有された幻想──“国民国家”のようなものだ」
陽菜が強い口調で答える。
「でも、一生は無理です!」
尚也が再び笑って答えた。
「約定では確かに『時の尽きる限り』となっているが、一生ではない。だが、その紋様……つまり通行券は手に入れた。よって任期が終わっても、生涯自由に行き来はできるようになった。ポジティブに言えば、妖の世界でも冒険ができる。友達ができれば、生涯会うことだって可能だ」
尚也の言葉は、不意に場の空気を和らげた。
だが、すぐに陽菜たちに向かって言う。
「だが、さっきも言った通り、水晶の言葉……つまり天啓は降りたんだ。どうあがいても陽菜ちゃんは、もう春裁の君だ。あきらめて受け入れろ。そうすれば俺も肩の荷が降りる」
陽菜は少しムッとした口調で返す
「尚也さんの肩の荷を下ろすために、春裁の君になれってことですか?」
尚也は少し申し訳なさそうに笑った。
「まぁ、それは冗談だ。だが、君たちが王気を纏っているのは確かだ。王気は裁定者に必用な“力”。現に、陽菜ちゃんとは防衛大臣室で会っていただろ? 俺は知っている」
陽菜はその記憶をたどり、思い出した。
「あのとき……、偉そうなおじさんと会話していた件ですか……確かに、尚也さんと目を合わせたとき、何か感じました」
尚也は頷く。
「そうだ。そして彩華ちゃんも、先ほど別荘で幽体離脱のような感覚があったと言っていた」
尚也は続ける。
「それは王気による透視術の証拠だ。陰陽道の幻術とは違い、想いだけで自由に行き来することが出来る」
尚也は、すこし水晶に対して呆れた口調で呟いた。
「というか、水晶のヤツ、なにも言ってないんだな」
その言葉に、エレナが反応した。
「あ~、ちょっと怒らせちゃったからかも……」
尚也はその言葉を聞いて頭を掻いた。
「また、口悪くなって不貞腐れたのか」
エレナは、少し頬を掻きながら苦笑いする。
「あはは……、でも……そもそも、あの水晶って何なの?」
時女が静かに答えた。
「あれはね……僕の母なの」
その言葉に、一同が声をそろえて驚いた。
「「えぇぇぇぇぇ!!」」
しかし、玉藻と尚也は静かな表情のまま動かず、陽菜は無言で俯き、しばし考え込む。
時女は言葉を続けた。
「とはいえ、血は繋がっていないよ。僕に永遠に生きる術を授けてくれた存在……すべてを知り尽くしている者だよ」
尚也が補足する。
「一見、水晶に見えるもの……あれは水晶ではない。宇宙誕生からのあらゆる情報を蓄積し続けた結果、物質化してしまった存在だ」
エレナはまったく理解できなかった。
「んーーー。全然わからない!!」
蓮と彩華、竜司は揃って頭を抱え込む。やがて、蓮が小さく呟いた。
「……もう無理だな、これは」
竜司も肩を落とし、頷く。
「オレももうなにがなんだか……説明が複雑すぎる……」
そんな小さな声が、廊下の空気に混ざった。
しばらく沈黙が続き、陽菜は少し俯きながら、小さく口を開く。
「すいません……少し考えさせてください」
尚也が真剣な表情で答える。
「そうだな。いろいろありすぎた……少し考えるといい」
しばらくして尚也は付け加えた。
「真面目に言う。天啓は降りた。だが、断ることもできる。ただし、断ればこの世界の想いが浄化されずにあふれ、やがて争いが絶えなくなる。現に、千年近く不在となったことで、人類は争いの歴史になっているだろ?」
陽菜が、小さく言った。
「……はい」
エレナは不安そうに陽菜を見つめる。
「……陽菜? 本当に大丈夫?」
「……うん」
玉藻も沈黙のまま、じっと陽菜の顔を見据えた。
蓮もまた、言葉を探すように陽菜を見つめる。だが、声に出してかけてあげられる言葉は一つも生まれなかった。
尚也は視線を皆に向け、さらに言葉を重ねる。
「陽菜ちゃんの想いは別として、とにかく、彩華ちゃんの死水晶を取り除くことを先決しよう」
陽菜は頷きながら答える。
「はい。でも、彩華は妖の世界に行けないんです。どうすれば……」
それに尚也が威勢よく答えた。
「だからこそ、水晶は陽菜ちゃんに天啓を与えた。奴らは最後の阻止のために来る──必ずだ」
その言葉を聞き、陽菜の心に決意が芽生えた。
(そうだ……まずは彩華の死水晶を取り除かなきゃ!)
陽菜の胸には言葉にならない強い覚悟が宿った──。




