第18話:水晶の間
それは全く未知なるものであり、そして未知なる空間。言葉を交わすことすらできないほど、三人は圧倒されていた。
「ここは……いったい……なんなん?」
そんな陽菜の呟きを、まるで裏切るように、空間全体からやけにポップな音楽が流れ出した。いや、空間と言うよりも、三人の意識に直接流れ込んでくるような感覚。
だが、それが中央に浮かぶ青い水晶のような物体から発せられていることだけは、なんとなく理解できた。
♪チャンチャラ~、チャチャチャ~♪
「まーるい……みどりの?……」
思わず陽菜が口ずさんでしまう。
すると、蓮が即座にポップな音楽に対して反応した。
「なんで、電器屋っぽいテーマなんだよっ!!」
その直後、今度は声が意識に直接響いてくるような感覚がくる。
『いらっしゃいませ。第三勧戒へ』
『Welcom to ……』
『歓迎光臨……』
日本語、英語、中国語……まるで多言語対応の店内アナウンスのようだった。
エレナが目を丸くして叫ぶ。
「えー! ここってインバウンド対応してるのーー!?」
陽菜が叫ぶ
「いやいや。エグいっしょ!?」
蓮も陽菜たちの言葉に続く。
「いやいや、ガチでそういうの要らんからっ!!」
三人の言葉に反応したかのように、店内放送のような音楽が途絶えた。
そして、短い静寂ののち、再び声が意識に直接流れ込んでくる。
『なんだ。せっかく歓迎したのに。ノリわるっ。空気読めないのかよ』
その言葉に、三人の眉間がほぼ同時にピクリと動く。陽菜が勢いよく振り向き、空間の中に浮かぶ青い水晶の物体を指さして言った。
「ねぇ、何コイツ? 今ちょいイラっとしたんだけど……」
エレナが腕を組み、真面目な顔で答える。
「んーー、ムカつくけど……様子を見てみよっか」
蓮もエレナの言葉に大きく頷いて、静かに言った。
「陽菜。一旦、エレナの言う通りにしよう」
そして、再び静寂が訪れた。意識の中には、何も流れ込んでこない。
(あれ? 不貞腐れちゃったのかな……?)
そう心で呟くと、陽菜が口を開く。
「あのー、ちょっといいですか?」
『で、一体どうしたのですか?』
「……」
陽菜と水晶が同時に口を開き、ふたりの会話がかぶった。
再び静寂が訪れる。タイミングを計ったように、陽菜が話し出す。
「あのー、聞きたいことが……」
『で、今日はどんな御用?』
またもや、言葉がかぶった。
まるで授業中のパソコンを使ったリモート通話あるあるの状況。相手の表情が読めないから起きやすい。ましてや今回の相手は、人間ではなく水晶である。
一瞬の間の後、再び話し出した。だがまたしても、同時に口を開いてしまう。
「それで教えて……」
『で、要件はなに?』
「え、あ、いや……」
すると、怒声のような言葉が三人の意識に流れ込んできた。
『ぬぁぁぁぁあああ! もぉぉぉぉおおお!! なんなんだよっ!!』
水晶の丁寧な口調が一気に崩れ、乱暴な響きに変わる。
そして、その物体は荒々しく続けた。
『会話被らすなや! 私が発する!!』
陽菜はきょとんとしながらも、口を小さく開く。
「……はい。さーせん。どうぞ……」
(機嫌悪くなると、口調変わるんだな……)
同時に、陽菜は心の中でも呟やいた。
またもや静寂が訪れる。その状況に我慢できなくなったエレナが、こっそりと陽菜に囁いた。
「また静かになったけど……なんか言ったほうがいいんじゃない?」
陽菜が首を振って、ヒソヒソと返して否定する。
「いや、今は黙っとこ。何言われるかわかんないし……」
ふたりがヒソヒソと話している中、水晶が話し出した。三人の意識に言葉が流れ込む。
『佐藤陽菜、エレナ……』
だが、水晶はすぐに話を止めた。どうやらヒソヒソ話に気づいたらしい。
『……なんだ!? 聞いているのか!!』
慌てて、ふたりはほぼ同時に叫んだ。
「「あ、いやなんでもないっす! 聞いてます!!」」
水晶はしばし沈黙のあと、低い声で続けた。
『佐藤陽菜、エレナ、北川蓮。あなたたちの戦いぶりは見せてもらいました。ですが、下っ端の妖に押されるとは……』
そして、きっぱりと乱暴な口調で水晶は言い放った。
『……はっきり言って、お前たちはポンコツだっ!』
それに陽菜が青ざめて反応する
「うわ~。ひでー言われよう……」
エレナも追い打ちをかけるように肩を落とす。
「なんか、ひどいこと言われてる……」
「……」
蓮はもう、呆れて言葉すら出なかった。
そして、水晶は言葉をさらに続けた。
「だから、あなたたちの力を試させてもらいました。無限ループの空間に……」
それを聞いて陽菜は思い出した。
(さっきの空間のことか……。こいつが犯人だったのか……)
そして、水晶は言葉をさらに続けた。
『だが、あなたたちは力を使わず、自らの推理と考察であの状況を打破した。それは褒めましょう』
陽菜がそれに反応した。
「あ……あざす」
そして、そのまま陽菜は続けた。
「いろいろ聞くと巻き込まれそうなので、1点だけ教えてください。彩華を助けるには、どうすればいいですか!?」
水晶が答えた。
『それは、彼女自身が解決せねばなりません』
陽菜が鋭く反応する。
「どうやって?」
水晶が答える。
『死結晶は妖の短刀。彼女自身の力でそれを奪えばいいのです。冒険ロマン活劇の鉄板です』
陽菜の目が輝いた。
「じゃあ、それをウチがとってくればいいんだね」
その言葉に蓮が制止するように反応する。
「いや、水晶は『彼女自身が解決せねば』と言った。たぶん、陽菜が取ると呪われるんだ」
水晶が低く答える。
『その通りです。死結晶を患っていない者が触れれば感染します。患っている者が取れば、解除されます。あなたはホントにバカですか?』
その言葉に陽菜はイラっとした。口がへの字に曲がる。
陽菜はそのイライラをなんとか抑えて、水晶に聞いてみた。
「おっほん! 死結晶の短刀……、あの襲ってきた連中はどこにいるのですか?」
水晶が静かに答える。
『それは、別の時空間──平たく言えば、妖の世界にいます』
陽菜は言葉を続ける。
「なら……そこにどうやって行けばいいんですか?」
水晶はしばし間を置き、口を開く。
『行くのは簡単です。想いを届ければ行ける。ですが、行くためには条件があります……。春裁の君……それを、あなた達が認め、禊を受ける必要があります』
そして声を強くし、断言する。
『雨宮彩華。彼女は冬裁の君……終わりし想いの裁定者。そして、あなたは春裁の君……芽吹く想いの裁定者。それがあなたの役目なのです』
水晶の声が低く、しかし確かな響きを帯びる。
『佐藤陽菜……。いえ、藤原得子と同じく王気を纏いし者、またの名を玉藻の前──』
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屋敷の中では、戦闘が繰り広げられていた。
琥珀色の瞳が暗闇の中で鋭く輝き、玉藻は刀を軽く握り直す。その瞬間、刀を振りかざす動きが流れるように廊下を切り裂く。
一瞬で、腹、胸、背中を打たれ、あっという間に、二名の米対テロ部隊員を倒した。
ほかの米対テロ部隊員も負けじと自動小銃で応戦する。火花と衝撃が暗闇を裂き、薬莢が床を跳ねる。
玉藻はそれをするりとかし、再び、一人、また一人と兵士たちを倒していった。
「人の子は極力殺さぬ。しばらく眠っておれ」
彼女の低く、冷たい声音が静かな廊下に響く。
敵は通路の構造を熟知しており、廊下を二手に分かれて進撃していた。
一方の廊下はすでに玉藻によって制圧されている。もう一方の廊下には、彩華と竜司が立ちはだかり応戦していた。
「月弓命道!」
彩華の声が轟く。
白銀の矢が疾風の如く放たれ、鋭く敵を叩く。竜司も武器庫から手にした自動小銃で応戦する。
ふたりは即席のバリケードに隠れながら応戦していた。
だが、戦闘慣れした彼らには押され気味だ。敵の的確な進撃の前に、彩華と竜司の防衛線は徐々に追い詰められる。
「やばいわね……押されている」
彩華がそう漏らすと、冷たい汗が額を伝い落ちた。
そのとき、遠方から低く唸るような重装備の足音と共に、特殊作戦群の隊員たちが駆けつけた。
「時女さんからの応援で来た。ふたりは後方へ」
一人の隊員が指示を飛ばし、柱やドア、バリケードを盾にしながら応戦する。
その瞬間だった。彩華の表情が再び変わる。
「ぐぅぅ……」
胸を押さえ、額から脂汗が滴り落ちる。
「彩華!!」
竜司が叫ぶ。
特殊作戦群の隊員たちは即座にその異変に気づき、彩華と竜司を護衛するように立ちはだかった。
「彩華! 大丈夫か!」
彩華は俯き、かすかに震える声で答える。
「ごめん……役に立たなくて」
竜司は強く首を横に振った。
「何言ってるんだよ。陽菜たちが帰ってくるまでの辛抱だ!」
竜司は彩華をしっかり抱きかかえ、肩を貸す。そして護るように彼女を支えながら、廊下の奥へと退避した。
部屋に入ると竜司が言った。
「彩華、見せて」
竜司は彩華の体を支えながら、傷の様子を確かめるためにそっと黒のトレーナーの裾を持ち上げた。
別荘で着替えたばかりの服だ。布地の下、薄水色のブラジャー付近に広がる黒紫の痣が痛々しく目に映る。別荘で見た時よりも明らかに痣は広がっていた。
「彩華……もう少しの辛抱だ。ここで休んでいてくれ」
竜司は落ち着いた声で言いながらも、瞳の奥には焦りが滲んでいた。
謁見室へと続く正面入口は、すでに特殊作戦群が完全に抑えていた。
米対テロ部隊側は弾薬が尽きかけているのか、弾倉を求めあう焦りの声が断続的に響く。正面突破を断念したのだろう。彼らはじりじりと後退を始めていた。
そのとき、時女が現れた。
一名の隊長と思われる特殊作戦群の隊員から簡潔な報告を受けると、短くうなずく。
「わかりました。じゃあ、手筈通りに」
時女はそう言うと、手をかざして低く詠じる。
「風よ、巻け!」
その言葉とともに、強烈な風が米対テロ部隊を襲う。暴風が生まれ、彼らを容赦なく吹き飛ばした。
兵士たちは体勢を崩し、壁に叩きつけられ、武器を取り落とした。
その隙を逃さず、特殊作戦群の隊員たちが一斉に立ち上がる。
「前進!」
号令ののち、自動小銃の消音器の音が響いた。隊員たちは、自動小銃を発砲しながら少しずつ前進する。
自動小銃の弾が尽きた隊員は即座に拳銃へと切り替え、一糸乱れぬ動きで前進を続けた。その動きは、まさに訓練を極めた特殊部隊のそれだった。
米対テロ部隊員も若干の応戦はするものの、勢いに押される形で後退を余儀なくされる。ついに彼らは侵入してきたゲートの外へと押し戻されていった。
奇しくもそれは、妖と人間が共闘するという、交わることのない二つの世界がほんの一瞬だけ溶け合ったような光景だった──。




