第13話:二人VS二人
「「陽菜!!」」
エレナと彩華の声が重なった。
突然、陽菜は鴉焔とともに、想願空虚から掻き消えたのだ。
しかし、陽菜が形作った砂浜の光景は崩れない。
「……隔離されただけ。陽菜はまだ、この空間にいる!」
エレナは直感でそれを読み取り、身構える。
だが次の瞬間、鳩宇がエレナに猛然と飛びかかってきた。鋭く伸びた爪がエレナを裂こうと迫る。エレナは手をかざし、空間を捻じ曲げて受け止めた。
鳩宇の爪先とエレナの腕の間には、歪んだ隙間が生じ、肌に一切の傷は届かない。
鳩宇が喉の奥で不気味に笑い、声を漏らす。
「キキキ……よそ見している暇など、あるまい?」
エレナは口の端を上げ、挑発するように言い返した。
「まったく……ぼんじりの言う通り、だっ!!」
言葉と同時に腕を払う。空間の歪みを利用して、鳩宇の爪を強引にはじき返した。
次の瞬間エレナが、鳩宇に突進した。
手をかざすと、圧縮した空気の塊が気弾となって放たれる。
鳩宇は爪を振り抜き、その弾丸を容易く弾き払う。
だが、それこそがエレナの狙い。エレナの掌に青白い光が凝縮し、至近距離で鳩宇の顔面に放った。
「はぁっ!」
瞬間、鳩宇の顔面で炸裂する。
「ぐわぁ!!」
閃光と爆風に包まれ、鳩宇は呻き声を上げながら後方へ大きくよろけ、膝を突いた。
「くっ……この小娘が……!」
エレナはそのまま砂浜に着地し、右足を軸にして即座に鳩宇へ突進する。
再び青白い光球を放とうと構えた瞬間、鳩宇は身じろぎひとつで姿を消した。
「しまった!!」
エレナの叫びと同時に、エレナの脇に現れた鳩宇の蹴りが炸裂する。
強烈な衝撃に、エレナは砂煙と共に大きく吹き飛ばされた。
エレナは素早く身を翻し、膝をついて着地すると、そのまま立ち上がった。
「キキ……まだ終わらんぞ、小娘」
鳩宇の低い声が砂浜に響くと、エレナに向かって飛びかかってきた。エレナはバク転の要領で身を翻し、その攻撃を鮮やかに回避する。鳩宇の爪が砂浜を抉り、深い溝を刻む。間髪入れず、エレナは反撃に転じ、飛びかかる。
こうして二人の肉弾戦が始まった。
蹴り、拳、肘など、互いの攻撃を受け止め、かわし、そして反撃する。
砂煙と衝撃が絶え間なく舞い上がる。
戦いながら、エレナはレッグホルスターに手を伸ばし、瞬時に拳銃を抜き取った。
パンッ! パンッ!!
至近距離から鳩宇に向けて発砲するが、鳩宇はぎりぎりで弾丸をかわす。間髪入れず、エレナは蹴りと拳を叩き込もうと身を乗り出し、再び互いの攻撃を受け止め、かわし、反撃を繰り返した。
拳銃を握り直し、再度発砲する。鳩宇は、またしてもぎりぎりで弾丸をかわし、その隙を突いてエレナの拳銃を蹴り飛ばした。
拳銃がボトりと砂浜に落ちる。
エレナは額に汗を滲ませながらも、その隙に、青白い光を再び掌に凝縮させた。
「まだまだっ! ぼんじりーー!!」
呼吸を整え、一気に鳩宇へ踏み込む。鳩宇はそれを読み取り、刃のように鋭く伸びた爪で迎え撃つ。
掌から放たれた光と爪が激突し、眩い閃光と爆発、そして衝撃波が辺りを包んだ。
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一方、彩華もまた、鴎弩と戦っていた。
「クォォォォーーー!!」
鴎弩の二刀流の刃が、彩華めがけて襲いかかる。
咄嗟に彩華は後ろへ跳び退きつつ、手をかざした。
「月弓命道!」
白銀の矢が放たれる。だが、鴎弩の二刀流の刃は容易くそれを弾き返した。
砂浜に刀の鋭い切っ先が突き刺さり、大きく砂を抉る。
「ちっ! 刀はヤバいわね……」
彩華はそう呟くと、腰の短剣を素早く抜き出した。
短剣に向かって、素早く九字を切る。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前! 令百由旬内無諸衰患。急々如律!!」
言葉とともに、彩華の胸元が淡く青く灯り、短剣が同じ青の輝きを帯びた。
その光は短剣を包み込み、伸びていく。まるで短剣が一振りの刀へと変貌するかのようだった。
それは、玉藻から受けた鍛錬の成果──青は彩華の五色のあり、”想い”の色。
「行くよっ! フライドチキン野郎!!」
鴎弩も刃をクロスさせ、構えた。
「相手になる! 陰陽師の娘よっ!!」
勢いよく踏み込み、短剣を真横に振り抜く。刃の青い光が軌跡として残る。
鴎弩もそれを察し、二刀をクロスに構えて突進した。
ふたりともほぼ同時だった。
その刃が互いにぶつかり合い、鋭い金属のような音と共に激しい衝撃が走る。砂浜に衝撃波が広がった。
鴎弩が口を開く。
「そなた、なかなか面白い。殺すには惜しい」
彩華が言う。
「じゃー。アンタが負けなさい」
互いに一歩後ろへ下がり、間合いを取る。彩華の短剣は依然として青い刃を煌めかせていた。
そして彩華が再び踏み込み、短剣を振りかざす。
右から、左から、突き、薙ぎ払い──青白い光が鋭く伸びる。
鴎弩は全身を使い、それらを巧みにかわし続ける。だが、彩華は一瞬の隙を見逃さなかった。短剣を低く構え、勢いよく踏み込む。
「これでどうだっ!」
渾身の力を込め、短剣を斜め上から斬り下ろす。刃先の青白い光が軌跡を描き、その一撃が鴎弩の防御を強く押し破ろうと迫る。
「ぐ……!」
鴎弩はその攻撃を払うと、思わず大きく後退した。
そして低く、感心するような声を漏らした。
「なかなかだ……。あの一撃を受けていたら、防御は崩れ、手前がやられていたかもしれぬ」
そして、声をつづけた。
「だから……許せぬ。少し苦しむ猶予を与えよう」
彩華が言った。
「苦しむのは、アンタのほうだっ!!」
そう叫ぶと、彩華は勢いよく突進した。だが、鴎弩も動きを止めない。一本の刀を彩華に向けて投げ放った。
「なっ!」
彩華は素早く身体をひねり、その刀を避ける。突進が一瞬止まったその隙を突き、鴎弩は視界から姿を消した。
次の瞬間、鴎弩は短刀を携え、彩華へ向かって再び突進する。
「しまった!!」
彩華は咄嗟に身を翻し短刀を避けようとするが、短剣は彩華の胸部をかすめた。
服が裂け、血がジワリとにじむ。鋭い痛みが彩華を襲い、咄嗟に手で傷口を押さえた。
鴎弩が振り返り、低い声で放つ。
「死結晶の刀……じわじわと苦しむがよい」
そして、鴎弩は怒り交じりな声を続けて放った。
「何が起ころうと、もはや許せぬ……」
彩華は顔を歪めながらも、強く言い放った。
「この程度で死ぬわけがない。戦いはこれからだっ!!」
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その頃、蓮と竜司は陽菜たちの元へ向かっていた。
とは言え、距離も離れていたこともあり、どこで想願空虚が展開されているのかはわからない。
近くに居れば、絶対に自分たちも取り込まれていたはずだから。
走りながら、蓮が低く言う。
「問題はどうやって入るかだな」
真っ暗闇のはずなのに、森の中はまるで昼間のように明るい。これが、陽菜たちが見ている視界なのか──蓮はそう思わずにはいれなかった。
それは、淡く輝いている、ブレスレットの宝玉のおかげだった。
「ブレスレットが輝いてる。想いはつながっているんだ」
竜司の言葉に、蓮も頷いて言う
「ああ、きっと手はあるはずだ」
そんな時だった。上空から、一人の男性・白石尚也が降りてきた。
「君たち……蓮くん、竜司くんだよね」
その言葉に、蓮が答える
「尚也さんですよね?」
上空から降りてきた尚也に、ふたりは驚いた。
それと同時に、蓮は尚也に向かって呟いた。
「やっぱり……沙耶さんと同じで、魔法が使えるんですね」
尚也はその言葉には答えず、ただ状況を測るように目を細めると、静かに口を開いた。
「彼女たちに会うには、彼女たちに”想い”を伝えることだ。陽菜ちゃんたちをイメージしろ。そうすれば空間に入れる」
尚也の言葉に蓮は、陽菜とエレナを思い描いた。
竜司も無言でそれに倣う。
すると宝玉が赤く強く輝き始めた。
それを見た尚也は、蓮の肩に軽く触れ、言った。
「すまない。俺も連れて行ってくれ。彼女たちの空間には、君たちと一緒でしか入れない」
蓮の視界が忽然と暗転する。まるで深い闇に吸い込まれるような感覚。
瞬間、その感覚は消え去り、次の瞬間、陽菜が作った想願空虚の内部に立っていた。
そこでは、エレナと彩華が妖と激しく交戦していた。
砂煙と光が渦巻く中で、二人が蓮たちに気づく。
「「蓮、竜司!!」」
エレナと彩華がほぼ同時に叫んだ。
尚也は視線を鋭く妖たちに向け、低く言い放つ。
「鳩宇、鴎弩。これ以上、邪魔するな」
その声に、鳩宇が低く、しかし怒りに満ちた咆哮を上げる。
「きさまっ! 邪魔しに来やがって!」
「観察者かっ!!」
鴎弩も鋭い声音で応じる。
だが、蓮の視界には──陽菜の姿がなかった。その不在が、蓮の胸にじわりと焦燥を広げた──。




