第12話:陽菜の死闘
陽菜は、白い帯を刀のように握りしめ、鴉焔へと切りかかった。
身を大きく反らし、跳躍と同時に振り下ろす。
「どりゃあっ!」
鋭い一閃を前に、鴉焔は素早く身を引き、後退した。
だが、陽菜も休まず、着地した足を軸に帯刀を横へ薙ぎ払う。狙いは鴉焔の脚。
しかし、獣のごとき身のこなしでかわされ、刃は空を切った。
さらに踏み込んで陽菜は白帯の刃を振る。
白帯の刃と鴉焔の刀の刃が交錯し、甲高い金属のような音が弾けた。
陽菜は即座に刀を跳ね上げ、横一文字に薙ぐ。鴉焔は身を沈め、刃先が頭上を裂くのをすり抜ける。
その動きを読んでいたかのように、陽菜はすぐさま反転し、逆袈裟に斬り込む。
右から、左から、突き、薙ぎ払い──。
陽菜は息継ぎすら忘れ、ただ全身で斬りかかっていた。
鴉焔は影のような速さで受け流し、払い、時にわずかに体をずらして躱す。
その余裕は、まるで遊んでいるかのよう。
今度は、鴉焔が刀を縦に振りかざした。
陽菜が、白帯の刃を横にしてそれを防ぐ。刃が再び交錯する。
その時、鴉焔が笑った。
「アンタ、負けず嫌いだね。ケーケケケ!」
「そんななまくらじゃ、俺には勝てないよ。ケーケケケケ!!」
陽菜は汗を滴らせ、短く言い返す。
「あっそ!」
その声と同時に、左手が閃く。 掌から放たれた青白い光球――。
至近距離から放たれたそれは、鴉焔の胴を直撃した。
「ぐっ!」
爆発の衝撃とともに、鴉焔の身体は大きく後方へと押し飛ばされた。
だが、砂浜に叩きつけられることはなく、両脚を深く砂にめり込ませ、力ずくで全身で衝撃を受け止める。
砂煙と爆煙が立ち込める中、鴉焔は口の端を歪めて笑う。
「……ほう、今のは少し効いたぞ。だが、ダメだねぇ、やっぱアンタ弱いや。ケーケケケ」
そう言いながら、鴉焔は片手をゆるりと掲げる。
「今度は、俺の帳に招待するよ」
次の瞬間、陽菜の帳は霧散した。開かれた黒き裂け目が彼女を呑み込み、景色は一変する。
そこは、血の色に染まったような赤黒い空間。焼け焦げた枯れ木が林立し、爛れた大地の上空には、不気味に赤い月が浮かんでいた。
月面には深いクレーターが刻まれ、赤光を滴らせるかのように照りつけている。
その空間に引きずり込まれた陽菜は、足を踏みしめるなり声を張り上げた。
「エレナっ! 彩華っ!!」
返事はない。不気味なほどの静寂。
陽菜は鴉焔を睨みつけ、怒りを込めて叫んだ。
「エレナと彩華は、どこにいる!?」
鴉焔は肩を揺らし、喉の奥で笑う。
「ケーケケケ……。呼んだのはアンタだけさ」
一瞬、胸の奥を冷たい孤独が突き刺した。
けれど、すぐに陽菜は強く息を吸い込み、両手で白い帯を握り直す。
「……なら。一人でも、やるだけだよ」
額に汗を浮かべながらも、瞳の光は揺らがない。
それを見透かしたかのように、鴉焔は笑って言う。
「ケーケケケ……アンタ、本当にバカなんだな。ここに呼んだのは、アンタを孤立させるためなんだよ」
低く響くその言葉に、重さを感じる。
鴉焔は一歩前に踏み出し、冷たく言い放った。
「アンタはエレナという妖精と、蓮という男がいないと、本来の力は発揮できない」
「それくらい分かってるだろ?」
陽菜は深く息を吸い込み、握り直した白帯を強く引きしめた。
「……重々承知だよ」
短く吐き出したその言葉に、彼女の瞳が烈火のように光る。
孤立していることも、力の一部を欠いていることも──すべては理解した上で、それでも戦うと決めた瞬間だった。
「だから、ウチは、諦めない……、デスる前にぶっ潰す!」
鴉焔が低く声を放った。
「そうこなくっちゃね~。倒し甲斐があるってもんだ」
そう言うと、鴉焔はゆっくりと横へ手をかざした。その動きに呼応するように、帳の空間から異形が静かに浮かび上がる。白装束に包まれたその姿は、一見人間のようでありながら、どこか異様だった。
まるでのっぺらぼうのように、顔には一切の表情がない。
しかし、その両腕は刀のように鋭く刃を形成している。
一体、また一体と、無数の白装束が現れる。
そして、鴉焔の刀の刃先が赤い空間を反射し、冷たく光を帯びながら、静かに陽菜へと向けられた。
それに呼応するように、白装束の群れが一斉に陽菜へ飛びかかる。
陽菜は、咄嗟に身を翻し、右、左と躱す。帯刀を振るい、飛びかかる白装束の異形たちを次々と両断していった。
「クソッ! 数が多い!!」
幸い、異形たちの動きは単純だったため、避けるのは容易だ。
だが、その数は圧倒的だった。切っても切っても、次から次へと迫ってくる。
そして、一体の異形を倒した直後、背後から鴉焔が突進してきた。
「キェェェェーーー!!」
陽菜は瞬時に反応し、身を翻す。右手で突き出してきた鴉焔の刀を辛うじて避け、その刃が陽菜の髪をかすめた。
だが、鴉焔の左腕は自由だった。
そこに、不気味な赤い球が現れる。
(やばいっ!!)
陽菜が、思考が瞬時に駆け抜けた瞬間、鴉焔は左手から赤い球を放った。腹部に鋭い衝撃が陽菜を直撃し、全身を吹き飛ばした。
「ぐはっ!!」
陽菜は、枯れ木へ激しく衝突し、地面に倒れ込む。
「くっ……!」
呻き声が赤い空間に低く響き渡った。身体は重く、思うように動かせない。それでも必死に力を振り絞り、顔だけを持ち上げる。
視線の先には、鴉焔がゆっくりと陽菜に向かって歩いてきていた。
その後ろを、白装束の異形たちが追従する。
ゆっくりと歩きながら、鴉焔が口を開く。
「さすがだね。王気を纏った裁定者だけのことはある。並みの人間ならとっくに死んでいるよ」
陽菜は喉の奥で息を詰め、赤い空間の中で鴉焔を睨みつける。
「……諦めるか、って言ったら、ウチは諦めない。絶対に……」
呻き声と共に立ち上がろうとする陽菜に向かって、白装束たちが再び突進してきた。
陽菜は、咄嗟に帯刀を振り、必死に攻撃をかわしながら異形たちを次々と両断する。
鴉焔は一歩、また一歩と着実に距離を詰める。その足音は、まるで空間の奥底から響くような重く、異質な音だった。
そして低く、口を開く。
「その心意気には感服するよ。でも、どこまで持つかね」
ゆっくりと歩を進めながら、鴉焔は続ける。
「アンタの力の源はまさに人間たちの“想い”だ。一人ひとりの想いは小さくても、集まれば強大な力になる」
白装束の猛攻を避けつつ、帯刀で両断しながらも、陽菜はその言葉をはっきりと聞き取れた。
「だが、今はアンタが必要としているふたりはいない……この空間では、アンタは赤子も同然なのさ」
そう告げると、鴉焔はゆっくりと手をかざし、叫び声と共に、再び不気味な赤い球を放った。
「キェェェェーーー!!」
陽菜はそれを帯刀で防ぐ。だが、それすらも鴉焔の思惑のうちだった。
鴉焔が勢いを増し、鋭く突進してくると、その左足で陽菜の腹部を蹴り上げた。
「うぁっ!」
衝撃が身体を貫き、陽菜は再び吹き飛ばされる。枯れ木の根元に激しく叩きつけられ、砂塵と口から血が舞った。
痛みが身体を締め上げ、息が漏れる。
「クソッ……」
それでも、陽菜は気力を振り絞り、よろめきながらも立ち上がった。白装束たちには目もくれず、鴉焔だけを睨み据えて突進する。
帯刀を振りかざし、右、左、下突き、薙ぎ払い、さらに青白い球を重ねて放つ。
だが、帯刀は防がれ、青白い球はすれすれで避けられた。陽菜の必死の攻撃は、一切届かない。
「ケーケケケ!! その程度かっ!」
鴉焔は左腕を大きく横にかざし、鋭い爪で陽菜を切り裂こうとする。
陽菜はすかさず後方に飛んで回避した。致命傷は避けたが、服が裂け、腹部にかすり傷が走る。血がじわりとにじみ出た。
「……つっ!!」
激痛に顔を歪めながらも、陽菜は止まらない。むしろ踏み込みを強め、再び突進する。
「その闘志、いいねぇ~」
嘲る声を浴びせられても、陽菜は止まらなかった。
鴉焔が刀を振ると、避けて後方へ回避。右足を滑らせるように踏み込み、低い軌道からの突き。即座に身を翻し、逆袈裟の斬撃。
帯刀は弾かれる。それでも、陽菜は食らいつくように次の一撃へと繋げていく。
その瞬間、鴉焔は右足で陽菜の腹部を蹴り上げた。腹部を直撃する衝撃。先ほどの傷が災いし、痛みは倍増した。
「ぐはぁっ!」
陽菜の身体は宙を舞い、無防備に吹き飛ばされ、地に叩きつけられた。もう、気力も尽き、立ち上がることすらできない。
鴉焔は、ゆっくりと歩を進め、倒れた陽菜の前に立ちはだかった。
その巨体が陰影を落とす中、鴉焔はゆっくりと手を伸ばし、陽菜を首を片手で握って掴み上げた。
「くっ……!!」
陽菜は苦悶の表情ながらも、両手で鴉焔の右腕をつかんで離れようとする。
だが、びくとも動かない。
「その目……まだ、闘志が残っているね。やっぱすごいよ。ケーケケケ!!」
そう言うと、鴉焔が笑った。
「だが、それも無駄だ……アンタの力は尽きた」
鴉焔の声が低く、赤黒い空間に響き渡る。その言葉は重く、陽菜の胸に冷たい刃のように突き刺さった。
陽菜は、必死に鴉焔の腕を握り返し、痛みに歪む顔で強く言った。
「……ウチは……諦めない……ぶっ潰すんだ!」
額に滲む汗と血、震える呼吸、その全てが、陽菜の意志を示していた。
鴉焔は僅かに首を傾け、低い声で答える。
「そうか……なら、終わりを告げる時が来たな。ケーケケケ!!」
その言葉と同時に、鴉焔は陽菜を力任せに放り投げた。
陽菜は枯れ木に叩きつけられ、痛みに呻きながら地面に倒れ込む。すると枯れ木の枝が、蔓のように絡みつき、彼女の身体を縛り上げていった。
(諦めない……そう言ったはずなのに……)
脳裏をよぎるのは、走馬灯のように流れる日々の記憶。
蓮、エレナ、彩華、竜司、そして家族たち。胸の奥で渦巻くのは、彼らと過ごした日々への切ない想い。
(蓮……ウチね……ここまでなのかな……)
(会いたい……蓮に、エレナに……)
呻き声と共に、陽菜の瞼は重く沈み、意識が霞んでいく。それでも、心の奥底でひとつの想いが囁いた。
(……蓮……助けて)
その時、鴉焔が陽菜へと刃を突き出し、冷たく低い声を響かせた。
「ひと思いに、その首を切り取ってやろう。文句があるなら煉獄で聞いてやる。ケーケケケ!!」
冷徹な刃先が、陽菜の喉元へと迫った──。




