第9話:佐藤家の戦闘
「イーグル1、異常なし」
モニターを見つめていた自衛官のオペレータが、後ろで立っている黒羽と藤堂に報告する。
晴れた夜。上空を静かに飛ぶ無人偵察機が、赤外線カメラで地上を監視していた。
画面には、森を覆う闇の中で規則的な点滅が浮かんでいる。それは赤外線ストロボの輝き──味方部隊の識別信号だ。
映し出されているのは、無人偵察機・グローバルホークからの映像である。
報告を受けた藤堂が陽菜たちに状況を説明した。
「来るとしたら……もう間もなくだと思う。大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
陽菜は頷いた。とはいえ、緊張は拭いきれない。
一行が身を潜めているのは、時女が用意した別荘だった。半島の突端に位置し、周囲に民家はない。正面の入口は森に隠され、反対側は切り立った崖。背後からの侵入は不可能に近い。
建物の外周には鉄柵と鉄条網が幾重にも張り巡らされ、入口も鋼鉄のドア、さながら要塞のような厳重さを誇っている。
さらに、その外側には自衛隊の精鋭部隊が展開し、森の中で一瞬たりとも気を緩めることなく警戒にあたっていた。
陽菜、蓮、彩華はジーンズにトレーナーという動きやすい格好だった。
対してエレナは、カーキ色のカーゴパンツにロングTシャツを合わせたミリタリー風で、レッグホルスターを装備し、ボディラインを際立たせている。
竜司に至っては上下迷彩服にタクティカルベストを装備し、遠目には自衛隊員と見間違うほどだった。
そんな中、彩華がぽつりと呟く。
「まさか、自衛隊が守ってくれるとはね」
それに時女が胸を張って答えた。今回も彼女は、ジーンズにトレーナーというラフな格好だった。
「だから、言ったでしょ~」
そんな時女の言葉をよそに、エレナが不安げに声を漏らす。
「……康太たちは大丈夫かな」
「向こうは大丈夫。というか、玉藻ちゃんと翅脈ちゃんがいるから、むしろ心配無用だよ!」
時女は軽くウィンクして笑ってみせる。
「いざとなったら、僕も支援に行くしね」
彼女たちは自由に移動できる力を持っている。だから佐藤家の護衛は玉藻と翅脈に任せてある。
しかも、白くま風のぬいぐるみ、ミミまでついているのだ。
後ろでは、蓮と竜司が拳銃に弾を込めていた。時女の屋敷から拝借してきたものだ。
その様子を黒羽がのぞき込み、低い声で問いかける。
「大丈夫そうか? ふたりとも、扱い方はわかるな?」
蓮が頷いて答えた。
「はい。エアガンとかで練習したことはあります」
黒羽は軽く頷き、指先で銃を示す。
「安全のため、装填は撃つ直前まで控えて」
「はい」
蓮が素直に答えると、黒羽は苦笑を浮かべて肩をすくめた。
「本当なら、銃刀法違反だな」
そう言って笑みを浮かべると、竜司が肩をすくめる。
「いや~、勘弁してくださいよ」
蓮も苦笑しながら付け加える。
「じゃあ、これ終わったら逮捕ですかね?」
そのやり取りに、陽菜がふっと微笑んだ。
すると彩華がすかさず茶化す。
「陽菜なんて、あたしに何回も暴言吐いてるし。名誉棄損で逮捕されてもいいんじゃない?」
陽菜の眉がピクリと動き、語気を強める。
「はぁ? 彩華はウチを心霊スポットに無理やり連れ回しただろ! 拉致監禁罪だな!」
彩華も負けじと怒鳴り返す。
「ざけんな! テメー、ちゃんとギャラ払っただろがっ!」
陽菜が負けずに言う。
「あんな安っすいギャラで払った気分になるなっ!」
ふたりの声がヒートアップしていく中、エレナが慌てて間に割って入った。
「もぉ~、またケンカ? ふたりともやめなよ~。恥ずかしいってばぁ」
黒羽はその様子を面白そうに眺めながら、肩をすくめて言った。
「残念だが、私たちは警察官じゃないからなぁ」
その言葉に場が一気に和み、思わず皆が笑い声を上げる。
モニター越しに無人偵察機を監視していた自衛隊員たちも、つい口元を緩めていた。
ひとしきり笑いが落ち着いたあと、藤堂が声をかける。
「みんな、少し休んで。なにかあったらすぐに報告するから」
陽菜が不安そうに口を開く。
「でも……」
「これが私たちの仕事だから大丈夫。大人の仕事の邪魔はしちゃだめよ」
藤堂はそう言って、柔らかく微笑んだ。
陽菜たちはその言葉に押されるように素直に頷く。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
陽菜がそう答えると、一同はそろって丁寧に頭を下げた。
本来、この別荘に来る予定だったのは、陽菜・エレナ・玉藻の三人だけだった。
だが、言うまでもなく、蓮、彩華、竜司はそれを拒否したのだ。
結果、時女は条件付きで同行を許可したのである。
< エッチな行為禁止! 部屋を汚すな! ダメっ!!>
へたくそなイラスト入りのストップマークとともに、その注意書きは各部屋のドアに貼られていた。
そう、これが時女からの条件である。
(ちっ!)
それが陽菜と彩華の率直な感想だった。
(クソっ!)
そして、蓮と竜司の正直すぎる感想であった。
二階への階段を上がり、それぞれが自室へ向かおうとしたその時。
時女が念を押すように声をかけた。
「いい?」
ドンッ、と自分の部屋のドアを叩き、睨みを利かせる。
「来た時に話したけど。ここはラブホじゃないからねっ!!」
その一言に、一行は顔を青ざめさせてドン引きし、そろって返事した。
「は、はい……」
やがて陽菜とエレナは同じ部屋に入り、布団へ身を投げる。
陽菜は大きなため息をつき、エレナは机の椅子を引き寄せ、彼女と向かい合った。
「陽菜……大丈夫?」
そう問いかけながら、エレナはそっと椅子を近づける。
「エレナ……どうしてこうなっちゃったんだろうね」
「みんなと楽しく、普通に暮らしたいだけなのになぁ~」
陽菜は俯き気味になり、重くため息をつく。
「まさか、軍隊まで出てくるなんて……」
ふと、陽菜が目を向けると、エレナが手を差し出して猫のようなポーズを作った。
そしてそっと陽菜の横に寝転がる。
「えへへ……また、ぎゅってしてあげるね」
そのまま陽菜はエレナの胸に顔をうずめ、ぎゅっと抱き着く。
エレナも優しく抱き返し、陽菜の頭をそっと撫でた。
「……あいかわらず、やわらかくていい匂い」
エレナは穏やかに微笑みながら、優しく撫で続ける。
「ねぇ、エレナ。ひょっとしたら、とんでもないことが迫っている……そんな気がするんだよね」
エレナが優しく撫でながら聞く。
「どういうこと?」
陽菜は肩をすくめ、少し笑みを浮かべながら答える。
「分からない。でも、最近変な夢を見るんだ……なんか、幽体離脱しているような気分」
陽菜は自分で言いながら、エレナの胸の中でクスクスと笑った。
「なんか、面白い夢だよね」
エレナは微笑みながら、さらに優しく陽菜を撫でて口を開いた。
「わたしはね、陽菜と蓮を結ぶためにここにいると思ってるんだよ」
「でも。いっぱい試練があると思ってるんだ」
陽菜がエレナの胸の中で言った。
「恋敵的な?」
エレナは遠くを見つめるような眼差しで答える。
「たぶん。もっと大きな試練かも」
陽菜は今の状況を思い返すように呟いた。
「これもそうなのかもね」
エレナが陽菜に励ますように言う。
「うんうん。既にとんでもないことだしね」
「じゃー。早くミッションをクリアしないとだね!」
陽菜がそう言うと、ふたりとも心から楽しそうにクスクス笑い始めた。
「クククク……アハハハ!!」
仰向けになり、ふたりの無邪気で明るい笑い声が、静まり返った部屋に温かく響き渡った。
そのとき、ノックの音とともに藤堂がドアを開けて入ってきた。
「動きがあったわ」
陽菜とエレナはさっと立ち上がり、一階へ降りる。
蓮たちも同時に降りてきた。
自衛官のオペレータが画面に目をやりながら、UAV・スキャンイーグル2の操作を進めている。
「佐藤家にて、会敵を確認。UAVからの映像です」
現地で待機していた自衛隊員からも無線連絡が入る。
『標的:4。数を確認。軽装備。11時の方角。送れ』
無線越しの報告が静かに聞こえてくる。
陽菜は不安そうな顔で画面を見つめた。蓮はそっと陽菜の手を握る。
「玉藻さんや翅脈がいるから、大丈夫だよ」
エレナもふたりの手にそっと手を重ね、笑顔を浮かべた。
「うん。大丈夫!」
彩華と竜司も陽菜の顔を見て微笑む。
「大丈夫!」
「うん!」
陽菜はみんなに大きく頷き、固唾をのんで画面の先を見守った。
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佐藤家付近は静まり返っていた。夜も更け、家の明かりは消えている。
私服姿の四名の外国人──アメリカ軍と思われる敵兵が、佐藤家の入口に現れた。一人は自動小銃を手にし、残る三人は拳銃を装備している。
だが、彼らの気配は既に玉藻たちに察知されていた。玉藻、翅脈、そしてミミは準備万端の構え。
さらに後方からは、私服姿の自衛隊員三名も接近していた。黒羽と藤堂の部下である。
四名の敵兵が家の門を押し開けた瞬間、玉藻、翅脈、ミミがふわりと目前に現れる。
敵兵は思わず目を見開いた。
「you're... a target... (おまえは……標的……)」
彼らが銃を構えようとしたその瞬間、玉藻は手をかざし、帳──想願空虚を展開した。
自衛隊員を含めた全員が、あっという間にその空間に飲み込まれる。
目の前に広がるのは、まるで賽の河原のような場所。無数の石が積まれ、仏塔のようなものも見える異空間だ。
四名の敵兵は恐怖で目を見張る。
「「What is a place !? (なんだ……これは!?)」」
だが、自衛隊員たちは動じることなく、正確に標的を拳銃で狙っていた。 事前に翅脈から、帳について説明を受けていたのだ。
玉藻が自衛隊員に向かって告げた。
「人の子の殺し合いは好まぬ。極力、わらわたちで片づける」
玉藻は続けて、翅脈とミミに告げる。
「飛ばし術は使うな。”自衛隊殿”を巻き込むやもしれぬ」
そう言うと、玉藻はおどおどする敵兵の一人に突進して、刀を抜いて振りかざす。
一瞬で、腹、胸、背中を打たれ、その隊員は倒れた。無論、殺してはいない。
残り三名が、玉藻へ向かって発砲を開始した。玉藻は再び突進し、刀を振るい、さらに一名を瞬く間に倒す。
ミミは、玉藻を護るように立ちはだかった。
すると、身体が玉虫色に光り、空間の力で敵兵の自動小銃のバレルを歪めた。瞬く間に使い物にならなくなる。
慌てて拳銃を抜き、発砲しようとする敵兵に、ミミは稲妻のように突進し、体当たりで大きく突き飛ばした。
一方、翅脈は残る一名を相手にしていた。だが、後ろから羽交い絞めにされ、敵兵の腕が翅脈の胸を強く押し付ける。
翅脈は怒りをあらわにした。
「まだ蓮様にも触られてないのに……この変態なのでっ!!」
その瞬間、敵兵の腕が勝手に離れていく。翅脈が術で操っていたのだ。
「な……なんだ、腕が勝手に……」
驚く敵兵の腕は、そのまま自身の顎を殴り、よろめいて倒れた。
あっという間に、四名の敵兵は倒れた。
翅脈は手をはたいて安堵する。
だが、ミミが突き飛ばした敵兵の一人が立ち上がり、玉藻に拳銃を向けた。
「このやろ~!!」
怒り任せに発砲しようとした瞬間──
パンッ!
自衛隊員の一名がその敵兵に向けて発砲した。
手を打ち抜かれた敵兵は膝をつき、呻き声をあげる。
玉藻はその自衛隊員に向かって頭を下げ、礼を言った。
「助かった。すまぬ」
翅脈も自衛隊員たちに向かって親指を立て、グッドマークを示す。
こうして、佐藤家側は完全に対処した。
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敵兵が拘束されている映像を見て、陽菜たちはようやく安堵の息をついた。
『標的拘束。敵兵負傷者1。救護班の要請。送れ』
『装備からPMCと思われる。送れ』
無線からも、拘束完了の報告が届く。
エレナが瞳をうるませて言った。
「よかったよ~……」
陽菜もこらえきれずに笑顔を浮かべる。
「みんな……ありがとう」
黒羽が静かに告げた。
「敵は民間軍事会社だったようだ。米軍ではなかった」
そして言葉を区切り、重く続ける。
「揺動が仕掛けてくる。覚悟してくれ」
その声に、陽菜たちは改めて真剣に頷いた。
安堵と緊張が入り混じる中で、胸の奥に小さな炎のような覚悟が灯っていく。
長い夜が始まった――そう、陽菜たちは感じたのであった。




