第5話:得物
「え~……日本もアメリカもってなると、さすがにデスるわ~」
陽菜は肩を落とし、凹んだ声を漏らした。
その言葉に時女が反応する。
「とりあえず、日本は大丈夫だと思う」
蓮が口をはさんだ。
「さっきすれ違ったおっさんが、その証拠ってわけか」
意外にも蓮の勘は当たっていたらしい。時女が頷き、言葉を続ける。
「でね。三人には当日、僕の別荘に泊まってもらおうかなって思ってるんだ」
「当日? つまり、作戦があるってことですね?」
陽菜が身を起こして問い返す。
「うん。敵の狙いはあくまで政治的な思惑による玉藻ちゃんの確保。そして、その次が陽菜ちゃんとエレナちゃん。なら、おびき出すまで。そして……。んーん、これはいいかな?」
何かを言いかけた時女の言葉に、蓮と竜司は一瞬引っかかった。
だが、その違和感をかき消すように、陽菜の表情が曇り、静かに口を開く。
「でも……学校とかあるし……、家族も心配だよ……」
エレナもそれに頷いた。
「うん……わたしもそれはすごく心配だよ」
それに対し、時女は自信ありげに請け負った。
「そこはもう手配済み。家族も心配無用! 事件は休日に起きるのだ!!」
さらに時女は続ける。
「決戦は、二週間後の土曜日の夜」
竜司が険しい顔で口を開く。
「相手は世界最強の軍隊だぞ。本当にそんなにうまく動くのか?」
「普通なら動かない。だが、千載一遇のチャンスをこちらが作れば、否応なしに動かざるを得ない」
時女はそう言い切ると、唇の端をつり上げた。
「これは“戦略”というより“心理”……いや、“想い”の分野の話なのだ! ククク……せいぜいド派手に暴れまわってやるっ!」
その異常なまでにやる気スイッチが入った姿に、皆は思わず引いてしまう。
そんななか、時女は玉藻へ視線を送った。玉藻は静かに頷く。言葉を介さずとも、意志は確かに通じ合っていた。
「蓮、竜司に渡すものがあるんだ」
そう言うと、時女は立ち上がり、近くの引き出しをガサガサと漁りはじめる。
「んー……あれ? このへんにあったんだけどなー」
引き出しの中には、さまざまな貴金属類が無造作に突っ込まれていた。
一同は顔を見合わせた。陽菜の心の中で思わず呟く。
(えぇぇ……、せめて片付けようよ……)
時女が空気を読んだのか、ムッとして振り返った。
「いま、みんな『片付けろ』って思ったでしょ!?」
全員が大きく首を振る。思ってはいたが、口には出さない。
ただ、一人玉藻だけは平然と答えた。
「わらわは思ったぞ。じゃが、いつものことゆえ気にはせぬ」
時女はさらにムッとしながらも、またガサガサと引き出しを漁る。
そしてしばらくののち、ぱっと顔を輝かせて声を上げた。
「あった! これこれ!! これをふたりに!」
蓮と竜司に差し出されたのは、銀細工のきらめくブレスレットだった。環には繊細な唐草模様が彫り込まれ、留め具には小さな羽根の意匠が刻まれ、中央には赤い宝玉がはめ込まれている。
「これは、世界で唯一、人間が術を使えるブレスレット。あとは、恋人同士で、宝玉に触ってみて」
そう言うと、陽菜と蓮、彩華と竜司のペアがそれぞれ宝玉に指を触れる。すると、赤い宝玉が淡く輝き始めた。
それを見て、時女が説明する。
「これで、陽菜ちゃんの力を蓮が、彩華ちゃんの力を竜司が一部だけ使えるようになる。ただし、利用には制限があり、副作用もあるから気を付けて」
蓮が眉をひそめる。
「副作用と利用制限?」
時女は頷き、答えた。
「たぶん、最初のうちは、持続時間は三分に満たない。”想い”……精神力を大量に消耗するから、極度の疲労に襲われると思う。あとは、自分たちで確かめてほしい」
玉藻が淡々と言う。
「基礎はそなたらに叩き込んだ。組み合わせれば使えるじゃろう」
翅脈がぼそっと言った。
「……結局、アタイらが来るのはお見通しだったんですね。時女殿に一本取られましたので」
時女はさらりと応じる。
「ピンポン! ピンポン! そういうこと」
玉藻がふと口を開いた。
「……それと、時女、もう一つ願いがあるんだが……」
「うん。分かってる」
時女は迷うことなく短く頷いた。
──そして一行は、時女の部屋を出ると廊下を抜け、突き当たりの階段を下りていった。
行き着いた先は、大きな鉄格子の扉。時女が暗証番号を入力する。
ガシャッ! ブーーン。
電子音が響き、分厚い扉が半開きになった。
その先に広がっていたのは、巨大な武器庫だった。
壁には無数の銃器が整然と飾られ、棚には拳銃から自動小銃まで多種多様に並んでいる。
まるでアクション映画のワンシーンのようだ。
「必要なものがあれば、護身用に持っていって」
時女がさらりと言った。
「すげー!! これ全部本物っしょ!」
蓮が思わず声をあげる。
ミリタリー好きの竜司は、それ以上に目を輝かせた。
「うぉぉぉぉ!! あれも、これも……、コイツなんてどうやって手に入れたんだよ!!」
女性陣は対照的に、冷めた視線を送る。
「んーーー、鉄砲は要らないかな」
陽菜がそう言うと、時女は近くの拳銃を手に取り、スライドを軽く引きながら言った。
「まぁ、たしかに男の子以外はいらないかもね」
エレナが陽菜と彩華に小声で囁く。
「時女さんって、やっぱり謎だよね~」
「うんうん。めっちゃ謎だわ」
彩華も頷きながら答える。
そんな、ふたりのやりとりを横で聞きながら陽菜は、銃を前に子供のような目を輝かせる蓮と竜司の姿に、自然と微笑んでしまった。
ふと、陽菜の視線が玉藻に引き寄せられた。
玉藻は銃器には目もくれず、迷いのない足取りで部屋の奥へ進んでいく。
突き当たりの壁には、いくつもの刀が整然と飾られていた。
陽菜も自然とその背を追い、玉藻の隣に並ぶ。
玉藻の手が伸び、一本の刀を静かに抜き取った。
「玉藻さん……」
呼びかけに応えるように玉藻が振り返り、陽菜の顔を一瞥する。
次の瞬間、鞘が音を立てて引き抜かれた。
──シャキン。
鋭い金属音と共に、刃がきらめきを放つ。
照明を反射した刀身は、まるで生き物のように冷ややかに光り、周囲の空気までも凍りつかせるようだった。
刀身は通常の日本刀と同じ、浅く反ったその刃は、まるで揺らめく尾のように優雅に波打っていた。
刃文は炎がひそやかに燃え上がるかのように、光の角度でゆらゆらと揺れる。
鍔は精緻な円環に九本の尾が絡み合うデザイン。漆黒の鞘には銀の蒔絵が施され、光を受けるたびに九尾の尾が浮かび上がる。
その背後から、時女がゆっくり歩み寄ってきた。
それを陽菜は振り返って見る。
「やっぱり……それを選ぶんだね」
時女の言葉を聞きながら、玉藻は懐かしげに刀を見つめ、低く呟いた。
「まさか、まだ残っていようとはな」
時女は軽く笑みを浮かべて答える。
「いつか取りに来ると思ってた。だから、ちゃんと手入れしておいたんだよ」
玉藻は、ぽつりと漏らした。
「……すまぬ」
陽菜が思わず問いかける。
「この刀は……?」
時女は真顔になり、静かに説明する。
「これは玉藻ちゃんがかつて愛用した刀。彼女の“想い”によってのみ真価を発揮する、まさに妖刀だよ」
玉藻が続ける。
「この刃には本当の切れ味はない。斬撃も峰打ちも、すべてはわらわの力に依る……だからこそ、自在に想いを込められるのだ」
陽菜が目を丸くして口を開く。
「なんか……すごく。かっこいい」
その言葉に、玉藻はわずかに微笑んだ。そして視線を移し、玉藻は一つの短刀を見つけた。
「まさか、是雄の鍔の付いた短刀があるとはな」
その短刀は、深い藍色の直刃を持っていた。柄は紫の革に銀糸で幾何学模様が編まれ、鍔には黒鋼に透かし模様が施されている。 その鍔は生前、弓削是雄が愛用していた逸品だった。
「これは彩華にいいだろう」
玉藻はそう言うと、視線を陽菜に向けた。
「そなたにも……」
しかし、その言葉が出る直前、陽菜が首を振って止める。
「ウチはだいじょうぶ。よくわからないけど……必要なときに手に入る気がするの」
その言葉に、玉藻と時女は視線を交わした。まるで互いに何かを察知したかのように。
玉藻は優しく微笑み、短く言った。
「そうか……」
皆は万が一に備え、護身用の武器を手に取った。だが、これが本当に”護身用”と言えるのか、陽菜と彩華は首をかしげる。
陽菜が彩華に呟く。
「どっか、戦争でもするのかな……?」
彩華は呆れたように肩をすくめて答える。
「マジで男ってわからん……」
陽菜が眉をひそめながら付け加えた。
「いや……妖精もじゃね?」
その時、エレナは両手に自動小銃を構え、まるでアクション映画のヒロインのようだった。
「陽菜! 見て! カッコいいでしょ。エクス〇ンダブルズだよ」
ふんっと鼻を鳴らして、自慢げに胸を張る。
対して、翅脈もいつの間にか人間化しており、両手に拳銃、ベルトを着け、腰には大量の弾倉を装着していた。
「蓮様! 見て下さい。ジョ〇ウィックなので!!」
陽菜、彩華、そして蓮は青ざめて頭を抱えた。
蓮が竜司に向かって叫ぶ。
「そんなにいらんだろ!」
それでも蓮自身も、自動小銃と拳銃を手にしていた。
陽菜がジト目でツッコミを入れる。
「いや。蓮も変わらんから」
一方、竜司は完全におかしな状況に突入していた。拳銃や自動小銃はもちろん、大量の弾薬をバッグに詰め込み、顔はにやけて我を忘れている。
「イヒヒヒヒ……アハハハ……」
正直、見ていて怖い……。
「いや……どこから持ってきたんだよそのバッグ」
「なんかの映画で、鉄砲屋さんの武器を盗むシーンあったよね……」
陽菜と彩華は、互いに顔を見合わせながらそんな会話を続けた。
そこで、彩華が強烈な一言を放つ。
「おっほん! あたしたちは殺し屋じゃないの! ピストルは一人一個まで!!」
陽菜も続けて言う。
「あと、大きいのもダメっ!!」
エレナ、蓮、竜司、翅脈の視線が一斉に彩華と陽菜へ集まる。
「えーー、陽菜ひどいよぉ~!」
「マジ!? 一丁とかありえんだろっ!!」
「ライフルは必要だろっ!!」
「蓮様を守れないので!!」
そんな怒声を無視して、彩華と陽菜が腕を組んで仁王立ちする。
「文句あるヤツは前に出ろや。……んぁ?」
彩華のその気迫に押され、四人はしぶしぶ声をそろえた。
「……はい」
そんな空気など意に介さず、時女は高らかに宣言する。
「ということで、作戦開始だ! エイエイオー!!」
四人は、なぜかやる気満々で呼応した。
「「エイエイオー!!」」
対して、陽菜と彩華はその雰囲気についていけず、気の抜けた声で返すしかなかった。
「……エイエイオー……」
玉藻は無言でその様子をうかがっている。
しばらくして、陽菜が小さく手を上げ、時女に尋ねた。
「……で、その作戦って……?」
騒ぐ彼らに、その問いが伝わったのかどうか、陽菜には全く分からなかった──。




