第4話:時女
「ウチにとっては、バチクソ遠かったわ~! で、マジで今日、日帰りなの?」
陽菜は絶好調に叫んだ。
陽菜、エレナ、蓮、彩華、竜司の”スローなライフ一行”は時女の屋敷の前にたどり着いた。
といっても、目の前にあるのは立派な屋敷ではなく、まるで洞窟のような洞穴だった。駅からほど近い住宅街の一角、寺の境内の隅にその場所はあった。
そこへ、ふわりと玉藻と翅脈が現れる。
「羨ましいな~。好きなときに現れられるなんて」
彩華が嫌味っぽく言う。
「彩華も幻術使えばいいんじゃね?」
陽菜が茶化すように返すと彩華が即答した。
「幻術なんて味気ないわ。それに、どうせなら、うまいもん食いたい」
「うんうん! 彩華の言う通り!!」
エレナが勢いよく同意する。
「いや、エレナは食いすぎだろ」
陽菜がツッコむが、エレナは気にせず腰に手を当て、ふんっと鼻を鳴らした。
そのとき、蓮がふと寺の駐車場に目をやる。黒塗りの高級セダンが一台停まっていた。
この場所には似つかわしくない存在感。竜司も気づいたらしく、ふたりは無言で頷き合う。
蓮は玉藻に視線を移し、口を開いた。
「で、時女さんって人が住んでるの、ここ?」
視線の先には”八尾比丘尼入定洞”と看板が立っている。
「そうじゃ。知っておるのか?」
玉藻が答えると、竜司が眉をひそめた。
「ってことは、この洞穴に入るってことか?」
「いや、それは“フェイク”じゃ」
「ええっ!?」
一同は思わず声を上げた。
驚きの理由は洞穴そのものよりも、玉藻が口にした言葉、”フェイク”にあった。
まさか千年以上も生きる存在が、そんな現代語を口にするとは。
(た、玉藻さんが“フェイク”なんて言うとはっ!!)
そんな陽菜の心の叫びをよそに、玉藻は洞穴の横にある坂道を迷いなく上っていった。
そこには、特に入り口らしいものは見当たらない。
だが、玉藻が歩みを進めた瞬間、その一帯の空間が波のように歪んだ。
「これって……幻影?」
彩華が呟くと、周囲も思わず頷く。
陽菜はためらうことなく、ゆらめく空間に身を投じた。
次の瞬間、平衡感覚がふっと失われる。
まるで宇宙を漂っているような浮遊感。視界の先には、ブラックホールめいた半球状の輝きがあり、光はすべてそこへと吸い込まれていった。
陽菜の身体もその渦に呑み込まれる。
──そして、真っ白な空間が現れた。
声を発すれば反響する、無菌室のように清浄な空間。
正面には玉藻が立っていた。
「ここが……八尾比丘尼……時女さんの家?」
玉藻は無言で頷く。
やがて、一人、また一人と仲間たちが現れ、全員がそろった。
玉藻は前方に見える大きな扉へ向かって歩き出す。扉までは五十メートルほど。
その前には、召使らしき若い女性が直立していた。
「ご予約のない方をお通しするわけにはまいりません」
続けて、もう一人の女性が冷たく言い放つ。
「お引き取りください」
玉藻は一歩前に出て、意に介さぬ口調で告げた。
「構わぬ。玉藻が来たと伝えよ。気になるなら、本人を連れてくるがよい」
陽菜たちは事の成り行きを見守る。
その横で彩華が小声で呟いた。
「……予約制みたいだね」
「じゃあ帰ろっか。カニ食べたい」
エレナが無邪気に言う。
「カニ高ぇんだよ!」
陽菜が即座にツッコむ。
ふたりのやり取りをかき消すように、扉の奥から女性の怒声が響いた。
「もし、それ以上の要件があるのなら、直接こちらへ来るようにと申せ!」
続いて重々しい声が告げる。
「話は以上だ。よいな。敵を見誤らぬよう、そう申すのだ!」
その声に応じるように、召使が扉を開けた。現れたのは初老のスーツ姿の男だった。
ハンカチで額の汗を拭いながら、ゆっくりと姿を現す。
陽菜たちは言葉を失い、その様子を見つめていた。
エレナが陽菜たちにこっそり囁く。
「なんか……怖そうだよ~」
「うん……気張る必要がありそうだね」
陽菜が応じたその時、奥から女性の声が響いた。
「かまわぬ。その者たちを入れよ」
召使たちはすぐに道を開き、一行を中へと促した。
白一色の無菌室のような広間。声を出せば反響するほど広大で、中央には赤い絨毯が玉座まで真っすぐに敷かれている。
中世の王の謁見室を思わせる広間の奥、三段の階段の上に玉座があった。
そこに座っているのは、十四、五歳ほどの少女。玉藻を思わせる花魁風の豪奢な衣装に髪飾り。
茶色の髪と、陽菜や玉藻と同じ琥珀色の瞳。
「ひさしぶりよのう……玉藻御前。あるいは玉藻の前と申すべきか。数百年ぶり……いや、千年近いかもしれぬな」
玉藻の表情が一瞬だけ曇る。陽菜たちも、そのわずかな変化に気づいた。
「それにしても……そなたの連れは何者じゃ?」
少女は細めた瞳で一行を見渡した。
「妖精が二匹、人の子が四匹……」
続けて少女が口を開くと、陽菜たちの間に緊張が走る。
「わらわは時女。さて、人の子と妖精たちよ、何の用じゃ?」
エレナがまたも小声で陽菜に耳打ちする。
「やっぱり……怖そう~」
その言葉に時女がぴくりと反応した。
「妖精よ。なにか申したか?」
「ひっ……! い、いえ……なんでもないです!」
エレナは慌てて首を振る。
翅脈もその威圧に耐えられず、蓮の背後に隠れた。
「……蓮様、アタイもちょっと苦手かも」
時女は深くため息をつき、冷ややかに言い放つ。
「……妖精風情が」
その瞬間、玉藻が声をあげた。
「時女、ちょっと調子乗りすぎ」
場にいた全員が驚き、心の中で叫ぶ。
(えっ!? また現代語やんけ!!)
玉藻の口から、再び”現代語”が飛び出したのだった。
玉藻が言葉を続ける。
「話したいことがあるのだが……ここでは外まで声が漏れる」
そう言うと、玉藻は玉座の奥へと歩き出した。
「ちょ、ちょっと! そっちはダメだってば!!」
時女が慌てて叫ぶ。
振り返った玉藻は笑みを浮かべる。
「案ずるな。その者たちもわらわの友じゃ。皆もついて参れ」
そう言って奥へ消えると、時女はため息吐いて言った。
「はぁ。じゃあ……みんなもこっち、おいで」
突然のフランク口調に、一行はぽかんとした顔になった。
廊下へ出ると、長く続く広い通路が眼前に広がっていた。艶やかな朱塗りと金箔の襖絵が並び、深紅の絨毯が足音を吸い込む豪奢な空間だ。
左右の部屋からは召使たちの姿がちらほらと覗く。だがその様子は、華やかな廊下の印象とは裏腹に拍子抜けするほど緩んでいた。
スマホをいじる者、ワイドショーに夢中な者、お菓子をつまみながら井戸端会議をする者──まるで艶やかな舞台の裏側、楽屋裏のようだった。
竜司が小声で呟く。
「……なんか、さっきと雰囲気違くね?」
蓮も頷く。
「俺もそう思う」
翅脈が蓮に寄り添って言う。
「……なんだか、現代慣れ? なのかもで」
蓮は頷くと、翅脈の言葉を竜司に伝えた。
やがて一行は一つの扉の前に立つ。
玉藻が言った。
「ここが、時女の部屋だったな」
「ちょっ……僕の部屋はだめだって! 男の子も来てるんだから!!」
時女が真っ赤になって慌てる。
「構わぬ」
玉藻はおかまいなしに扉を開いた。
──そこは、普通の女の子の部屋だった。
ぬいぐるみ、テーブルの上にはコスメ、スマホ、ノートPC……違うのは三部屋ぶち抜きの広さくらい。
(いやいや! めっちゃ現代に溶け込んでるやんけ!!)
陽菜たちは心の中で全力ツッコミをする。
「長い月日が経っただけあるな。この時代に合わせた部屋になっておる」
玉藻が部屋を見渡しながらそう言い放つと、時女は奥の部屋の戸を慌てて閉めた。
それを見た玉藻は首を傾げる。
「なぜ、そこを閉める?」
「……」
陽菜が慌ててフォローする。
「玉藻さん……たぶん、それは“デリカシー”っていうものかと……」
「うんうん! その通り!!」
時女が力強く同意する。
「……デリカシー、とは何ぞや?」
玉藻が真顔で問う。
(それは知らんのかい!!)
蓮は心の中で全力ツッコミする。
観念したのか、時女は顔を真っ赤にして叫んだ。
「昨日、雨だったから……下着を部屋干ししてるの! それに……さっき脱いだ下着も、まだ洗ってないの!! 男の子来るなんて思わなかったの!!」
(……ちょっと、ウブで可愛い)
蓮は心の中で思う。
(そういう恥じらい……いい……)
竜司もまた、男の性に正直だった。
そんな中、玉藻がそっと時女を抱きしめる。そして、柔らかい声音で口を開いた。
「久しいな、時女……」
その瞬間、時女もためらうことなく抱き返す。
「玉藻ちゃん……久しぶり」
翅脈が抱き合うふたりを見ながら、蓮に向かって囁くように言った。
「姐さんたちの関係みたいなので」
蓮も同意するように返す。
「たしかに、そうだな」
自然と蓮の視線は、陽菜とエレナへ向いた。ふたりは寄り添い、微笑み合っている。
まるで、目の前の光景が彼女たちの関係を映しているかのようだった。
その後、一同は改めて部屋の床に座ると、玉藻が紹介した。
「ということで、時女じゃ」
時女は艶めかしい口調で流し目を送りながら、ゆったりと言葉を紡ぐ。
「そう、僕は時女……時の流れを旅する女。人は八尾比丘尼と言う……」
「……」
一同はきょとんとした表情を浮かべる。
彩華がそっと手を上げ、口を開く。
「……うん。玉藻から聞いてるし、街のあちこちに“八尾比丘尼”って謳ってたから……」
それを聞くと、時女は不貞腐れ、足をバタバタさせながら仰向けに寝そべった。
「ちょー、つまんねー! ノリわるーー!!」
陽菜が突っ込む。
「っていうか、あのゲーミングPCとマイクにリングライト……」
竜司が続ける。
「しかも、あれ見ろよ、銀の盾だぞ! エグなユーチューバーかよ!!」
さらに蓮も付け加える。
「密林の段ボールとか……めっちゃ現代に溶け込んでるじゃんか!!」
そんなツッコミを、玉藻が静かに咳払いして遮った。
「おっほん! で、陽菜、話を」
我に返った陽菜は、時女に用件を伝える。
「単刀直入に聞きます」
陽菜は続ける。
「東京から新幹線で二時間、在来線で約一時間半。
彩華の爆睡大いびきにうなされ……
竜司の腹痛で電車を一本逃し……
エレナはカニを食いたいと大騒ぎし……
ウチは蓮とイチャイチャするチャンスをグッとこらえ……
合計、四時間半かけてここまで来た。
……そんな努力も、気軽に現れた玉藻さんと翅脈を見て、正直イライラした心境……。
については、まぁ、一旦置いといて」
「……自衛隊員に狙われたんですが、なにか心あたりありますか?」
間髪入れずに時女は頷いて答えた。
「うん。知ってるよ」
時女は続ける。
「だってさー、玉藻ちゃんをユーチューブに出しちゃうんだよ。そりゃ当然っしょ! しかも、日本だけじゃないよ。アメリカも狙ってくるはずだよ」
さらに時女は言った。
「特殊部隊とか来ちゃうかもね~」
アメリカまで狙っているという言葉に、一同は騒然とした──。
お付き合いいただき、誠にありがとうございました。
次回もお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
※次回更新は、10/3 22:30頃となります。ご了承ください。




