第3話:玉藻と翅脈
夜。陽菜たちは彩華の家のリビングに集まっていた。竜司も顔をそろえている。
一行は、先ほどの出来事をひとつひとつ説明していった。
話を聞き終えた竜司が、ぽつりと呟く。
「たぶん……ユーチューブ動画が発端かもしれないな」
「発砲なんて、普通の警察がすることじゃない。考えられるのは陸自の調査隊……でも学校に潜入してるとなると、“別班”の線が濃いかも」
陽菜が竜司に問いかけた。
「別班って?」
「非公式のスパイ組織っていったほうがわかりやすいかな」
竜司が答えると、彩華が肩をすくめた。
「まったく……ややこしい話に巻き込まれたわね。ユーチューブ動画に、受刑者の不審死……めんどっちー」
一同が考え込んでいると、部屋のドアが開いて蓮が入ってきた。
エレナがすぐに声をかける。
「翅脈ちゃんはどう?」
「傷はだいぶ良くなっているよ。今は休んでいる」
蓮の答えに、彩華と竜司は胸をなで下ろした。
蓮はポケットに手を入れ、翅脈からもらった押し花を取り出して眺めた。
ほんのり笑みを浮かぶ。
「でもなぁ……オレ、エレナもその翅脈って子も、妖精の姿だと見えないんだよな~」
竜司がそう言いながら肩を落とす。
「うんうん。だから竜司の前では極力人間化しているんだよね」
エレナが柔らかく微笑んで答えた。
ちなみに今のエレナは人間の姿をしているので、竜司の目にもはっきり映っていた。
「でもさ……なんで妖精が人間になりたかったんだろ?」
竜司の疑問に、玉藻が答える。
「いつの世も、ないものねだりは尽きぬ。人の子は妖を羨み、妖は人の子を羨む……」
「特にあの妖精の場合は、蓮殿を守るという明確な理由が生まれたようじゃな」
その言葉に、彩華がニヤニヤと陽菜を見て茶化す。
「それって、蓮取られちゃうんじゃな~い?」
「んなっ……そんなわけないっすわよ!!」
陽菜が慌てて否定すると、蓮を睨みつけた。
「……なんで俺が睨まれるんだ」
蓮が困惑すると、エレナはクスクスと笑い、竜司は腹を抱えて爆笑していた。
そんな中、玉藻が静かに口を開く。
「一度、時女に会ったほうがよさそうじゃ」
玉藻の言葉に、蓮が首をかしげる。
「……ときめ?」
「うむ。わらわの旧き友よ。なにか知っておるやもしれぬ」
その一言に、陽菜たちは驚き、息をのんだ。
最初に口を開いたのは陽菜だった。
「まさか……玉藻さん以外にも、この時代まで生きてる者がいるってこと!?」
彩華が眉を寄せ、低く呟く。
「それって……ひょっとして、同じ“九尾”ってこと?」
その直後、彩華の問いに答えるように、どこからか声が響いた。
「いえ……“永遠の時”をさまよう、ひとりの少女のことなので」
その声の主は翅脈だった。
ドアをすり抜けるように、ふわりと姿を現す。
「翅脈ちゃん大丈夫?」
エレナが心配そうに声を掛ける。
「もう平気?」
「無理してないか?」
陽菜と蓮も同様に声を掛けた。
「……うん。皆さんには助けてもらって、本当にありがとうございました」
翅脈は小さく頷きながら、丁寧に頭を下げた。
その礼儀正しい姿に、陽菜も彩華も思わず目を丸くする。
「時女殿にお会いになるので?」
翅脈の問いに、蓮が真剣な表情で答える。
「ああ……今はそれが、一番の手がかりだと思う」
しばらく考えたあと、翅脈は全員を見渡し、静かに口を開いた。
「蓮様も行かれるなら、アタイも連れて行ってほしいので」
玉藻がゆっくり口を開く。
「よかろう。ただし、一つ条件がある」
翅脈はぴんと背筋を伸ばし、緊張の色を見せる。
「一旦、わらわと共闘すること」
翅脈はにっこりと笑顔を返した。
「わかりましたので」
玉藻もまた、穏やかに笑みを浮かべて頷く。
すると、玉藻の身体から小さな玉虫色の輝きがほのかに立ち上り、それは翅脈の身体へと流れ込んだ。
翅脈の身体は淡く白く輝き、まるで内側から温かい光を帯びたかのようだった。
玉藻は静かに告げる。
「蓮殿を守るとの言や良し。若干ではあるが、人間化できるよう配慮する」
「人間の姿でいられる時間は一日に一回程度。それでも蓮殿を守るよう、努めよ」
翅脈は真剣な眼差しで頷いた。
それは、改めて蓮を守るという決意の表れでもあった。
陽菜は心の中でそっと思う。
(この子の本来の五色は白……ウチと一緒なんだ)
白の五色……それは清浄を表し、平和と安らぎの想いの色。
その光景を見つめる陽菜、エレナ、蓮の三人は、玉藻の寛大さに息をのんだ。
先ほどまで互いに戦っていたにもかかわらず、玉藻はそのことをまるでなかったかのように振る舞ったのだ。
その懐の深さに、三人は自然と感心せずにはいられなかった。
玉藻が翅脈に向かって無言で頷く。翅脈もそれを察したのか、静かに目を閉じた。
すると、淡く白い輝きが体中を包み込み、足元から徐々に霧のように消えていく。
ぱっと視界が白く閃いた──
紫のフリルが揺れるワンピースに、赤い髪をサイドテールに結い上げた青い瞳の女性が姿を現す。人間の姿をした翅脈が、そこに立っていた。その姿は、どこか幼さを残した少女のような印象を与えている。
竜司は喜びの声を上げる。
「おお、これなら俺にも見えるぞ!」
これで姿がはっきり見えると、安堵した表情だった。
蓮が口を開く。
「翅脈、とりあえずしばらくは、俺ん家に居候してもらえばいい」
翅脈は驚きの声を上げる。
「よろしいので?」
蓮は続けた。
「妖精の姿で居てもらうのが基本だけどな」
竜司も付け加える。
「実際、そのほうがいいかもな。顔バレしてるから、自宅も連中に知られているはずだし。万が一の護衛がいたほうが安全だ」
それに全員が頷いた。
陽菜も頷きながら言う。
「まぁ、妖精の姿なら、良しとしよう」
すると、翅脈は胸を叩き、陽菜に向かって答えた。
「姐さん。安心してください。蓮様はお守りいたします。あと、妖精のアタイがまぐわうこともございませんので」
その言葉に、陽菜の頬はみるみる赤く染まり、顔全体が熱を帯びたように見えた。
周囲はその様子に耐えきれず、大笑いに包まれた。
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別れ際、陽菜は蓮と翅脈を呼び止めた。
陽菜は素直に頭を下げ、言葉を紡ぐ。
「翅脈、その……この間は、我を忘れていたとはいえ、ごめんなさい」
翅脈が優しく答える。
「いえ、アタイはもともとスプリガン……邪妖精なので、気にしなくていいので」
「それに悪いのは、むしろアタイのほうなので。アタイこそ、ごめんなさいなので」
そう言われて、陽菜はそっと翅脈の頬に手を添えた。
その瞬間、翅脈の身体が白く淡い輝きを放ち、温かく光った。
それを見たエレナは微笑み、そっと口を開く。
「翅脈ちゃん、よろしくね」
翅脈は軽くお辞儀をし、礼儀正しい姿を見せる。
そして、蓮と翅脈は静かに去っていった。
ふと、ふわりと玉藻が姿を現した。
陽菜とエレナに向かって、静かに語りかける。
「西方の妖精には、悪さをする者もいれば、宝を守る者もいると聞いたことがある」
「あの妖精は、守るべき宝を見つけたのかもしれぬ」
その”宝”とは迷うことなく、蓮のことであろうと、ふたりは自然に感じ取った。
さらに玉藻が口を開く。
「先ほどのふたりが、まだおるぞ」
陽菜は目を細め、大きくため息を吐いた。
「あの車でしょ? ずーっとさっきから居るし、どうせ家も知ってるだろうし……エレナ、送ってもらおうか?」
「うんうん。それ、賛成だね~」
エレナも頷き、ふたりは黒羽と藤堂のいる車へと向かった。
人間が行うような張り込みや監視は、妖精や陽菜たちのような特殊な存在には通用しないのであった──。




