第1話:教育実習生と蓮の教室
本章は比較的ミリタリー要素が強くなっております。多少ですが暴力描写ありです。(おまじない程度)
「動くなっ!!」
女性教師が鋭く声を張り上げ、銃口を陽菜たちへ突きつけた。
「佐藤さん……あなたは、一体何者なの……?」
振り返る陽菜とエレナ、そして玉藻。陽菜は静かに言葉を返す。
「なんで邪魔をするの?……藤堂先生」
その時、背後から靴音が近づき、もう一人の教師が現れた。
男の手にも黒い拳銃が握られている。
「全員、その場から動くな!」
だが、男はすぐに銃を腰へ収め、沈着な口調で陽菜たちに呼びかけた。
「佐藤さん……落ち着いて。私たちは君たちに危害を加えるつもりはない……」
陽菜は振り返って男性教師をみると深いため息を吐いて言う。
「黒羽先生まで。やっぱり……玉藻さんの言う通りだったね。どう見ても“先生”っぽくなかったし」
玉藻が一歩前に出て、掌を掲げる。
「陽菜……ここはわらわが」
玉藻が手をかざすと、その手からは赤い球が現れ、空気がじわりと震えた。
銃を構えている女性・藤堂三尉は即座にそれを捉え、拳銃を握りしめて狙いを定める。
そして、玉藻を睨みつけ、吐き捨てた。
「黒羽二尉は下がってください!」
「こいつらは、化け物だっ!!」
陽菜はにやりと笑いながら、自らの想願空虚を展開した。それは、夕焼け色をした砂浜のような場所。
そして、冷たく言い放つ。
「これ以上ショックなこと言われたら、ここから永遠に出さないよ。それでもいい?」
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それは十日ほど前の出来事。
「本日から二週間ほど、教育実習生として来られる。黒羽先生、藤堂先生です」
陽菜たちの担任教師がホームルーム中にそう告げると、教室の空気が一瞬ざわついた。
前の黒板脇に立つ二人の若い男女に、生徒たちの視線が一斉に注がれる。
「黒羽耕史です。よろしくお願いします」
落ち着いた低い声に、男子の何人かが「かっけー」と小声を漏らす。
「藤堂仁花です。まだまだ未熟ですが、皆さんと一緒に学んでいけたらと思います」
明るく笑顔を見せる女性に、女子たちは親しみやすそうだと囁き合った。
だが、陽菜とエレナはどこか引っかかるものを覚えながら、その二人の様子を観察していた。
胸の奥にざらりとしたざわめきが走る。
ときおり、五色が黒くきらめくのが気になったのである。
「ねぇねぇ、黒羽先生カッコよくない? 体つきもボクサーっぽいし、めっちゃイケてるよ」
香澄が、わくわくした様子で陽菜に囁いた。
「ウチはパスっ! それよりさ、梨紗とか狙ってみたら?」
にやりと笑って言う陽菜。本音では、早く梨紗に彼氏ができてくれれば……という思いもあった。
だが、当の梨紗はそっけなく答える。
「私も、パーース」
それでも、陽菜にだけわかるように小さく微笑み、唇を動かした。
「だって、まだまだ、陽菜が好きだもん……」
香澄が首をかしげながら、不思議そうに言った。
「ん?梨紗なんか言った?」
梨紗は少しにやけてから、くすりと笑い答える。
「んーん。なんでもな~い」
そう言うと、梨紗は陽菜に向かって柔らかく微笑んだ。香澄には聞こえていなかったが、陽菜には口の動きと表情とが相まって、はっきりと伝わってきた。
「はぁ……」
陽菜は大きくため息をつく。
いまは妖精の姿のエレナが、それを見てクスクス笑いながら陽菜に言った。
「梨紗ちゃんの陽菜好きは、まだまだ続きそうだね~」
エレナの言葉に、陽菜は少しムッとした。
そんなとき、廊下を例のふたりの実習生が歩いてくるのを目にした。
チラリとふたりは陽菜を横目で見やる。
(あの教育実習生のふたり、ウチを見るときだけ五色の輝きが黒っぽくなるんだよね……)
陽菜がそっとエレナを見やると、エレナも同じように感じていたらしく、小さくうなづいた。
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そして、十日後の現在。
陽菜とエレナ、そして蓮は、いつもの放課後の校舎裏の芝生でのんびり過ごしていた。
陽菜とエレナは、教育実習生の件について蓮に話していた。
「なるほど……怪しいな」
それは蓮の言葉だった。
「竜司から聞いたんだけど。あの玉藻さんが現れた千葉の廃墟な。あそこの犯人が死んだらしいんだよ」
「玉藻さんが、”対処する”って言った後だから……もしかしたら、何か関係があるのかも」
蓮はそう言いながら、悩むように顎に手を当てた。
「わらわは何もしておらぬ」
するとふわりと玉藻が現れた。
今の玉藻は“本体”を取り込んでいるため、自由に動ける状態になっている。
「こんちゃ」
蓮が玉藻に挨拶すると、玉藻は屈託のない笑顔を向けた。
「玉藻さん、あの人たち、何者か分かったかな?」
陽菜の質問に、玉藻は答える。
「だぶん、衛士か兵と思われ」
「何日か追いかけたが、どこか不思議な建物に入っていた。ふたりを調べているのは間違いない」
蓮が小さく頷く。
「つまり、警察か自衛隊関係者ってことか……」
「事件と関係あるのかな? ちなみに、ウチとエレナは、何もしてないぞ!」
「うんうん!」
陽菜の言葉に、エレナも勢いよく同調する。
「わかってるよ」
蓮は二人を安心させるように頷いた。
「わらわも承知しておる。ふたりからは血の匂いはせぬ。人の子が同種を殺めてはならぬ」
陽菜はそれを聞いて微笑んだ。
「とりあえずさ……蓮のクラスに出る怪異、ぶっ潰しちゃおう!」
それは、蓮からのヘルプだった。
どうやら、蓮のクラスでは身の回りの物が勝手に移動したり、なくなったりすることがあるらしい。
ただそれだけなら、たまたまのことだったり、忘れていただけの可能性もある。
だが、どうやら小さな怪異の目撃情報もあるらしいのだ。
そのため、陽菜とエレナ、そして蓮は、今夜調査をする予定を立てていた。
そこへ玉藻が口を開く。
「よかろう。その“ばいと”、わらわも手を貸そう」
その言葉に、陽菜とエレナ、蓮は思わず顔をほころばせた。
夜の学校は、ひっそりと静まり返っている。
わずかに、部活の片づけをしている気配が残る程度だ。
一行は、蓮の教室を目指して足を進めていた。
できるだけ目立たぬよう、スマホのライトで足元を照らすだけにとどめて。
エレナも警戒を忘れず、人間の姿で同行している。
ふと、陽菜がぎゅっと蓮の手を握った。
「蓮、陽菜ね……こわいの♪」
下から覗き込むように見上げ、あざとく演技しながら体を寄せてくる。
「うそこけ」
蓮が冷たく返すと、陽菜は少しムッと頬をふくらませた。
エレナがクスクス笑って口を挟む。
「陽菜は蓮に甘えたいんだよね~」
陽菜が「うん」と言わんばかりににこっと笑みを浮かべ、こくりと頷いた。
それを見ていた玉藻が、急にまじめな顔になって言い出す。
「なるほど、想い人同士であれば仕方あるまい。己で開いてもよいが、わらわが帳を張って場を整えようか?」
「え、いやいや! そこまではいいから!」
陽菜は慌てて遠慮したが、玉藻は首をかしげたまま続ける。
「なぜだ? 帳であれば時を忘れて過ごせるぞ。人の子は子孫を残すのも務めじゃろう?」
さらに真顔で言葉を重ねた。
「京の都でもそうであった。何も気にする必要はない」
その瞬間、背後を黒い影のようなものがさっと通り過ぎた。
陽菜、エレナ、玉藻はもちろん、蓮もそれに気づいている。
蓮は幾度も“想い”と向き合い、怪異との戦いを経て感覚を研ぎ澄ませていた。
そしてそれは、玉藻が叩き込んだ訓練の成果でもあった。
一行は、その影を気にしながらも、そのまま進むと、蓮の教室までたどり着いた。
確かにガサガサと、教室内から音がする。しかし人の気配はない。
一行は二手に分かれ、陽菜とエレナ、蓮と玉藻がそれぞれ別の入口へ向かう。
「いくよ」
陽菜が小さく声を上げると、同時に教室の入口を開けた。
「だれだっ!!」
その声とともに、何かがいきなり陽菜に向かって突進してきた。
「うわっ!」
「うぉ!!」
陽菜とエレナは思わず身をかがめ、身を守るようにふさぎ込む。
妖は宙を浮くように飛び、陽菜とエレナを無視して教室から逃げるように飛び去った。
それを見た玉藻が呟く。
「妖精……?」
「あれは……ひょっとして」
蓮も同時に、小さな声で言った。
陽菜とエレナは立ち上がり、声を上げて追いかけ始める。
「屋上にむかった! 待ちやがれ!!」
蓮と玉藻は、その姿をじっと見つめていた。
そのとき、蓮の目が廊下に落ちている淡く輝くものに留まる。
蓮がそれを手に取ると、そこには淡く白に輝き、まるで翅のような形をした美しい押し花があった。
「玉藻さん、これって……?」
玉藻は頷く。
「先ほどの妖が落としたものであろう」
蓮はさらに言う。
「たぶん、僕が知っている翅脈という妖精が落としたものです」
そう告げると、ふたりはその後を追った。
陽菜とエレナは屋上の非常ドアを開け、外に飛び出す。
エレナが妖に向かって声をかけた。
「あんた。スプリガンね。また悪さをしにきたの?」
そのスプリガン・翅脈が呟くように言う。
「姐さん……」
陽菜が続ける。
「逃げようたって無駄だよ。分かるだろ? 逃げられないってことくらい」
以前の戦いで、翅脈は死の間際まで陽菜とエレナに追い詰められていた。
その時の恐怖は、まだ心に残っている。
それでも翅脈は必死に言葉を絞り出す。
「悪さなんかしないので! アタイはお礼をしたかっただけなので!!」
陽菜が首をかしげて問いかける。
「お礼?」
その時、後ろから声が聞こえた。
「これだろ?」
蓮だった。手には淡く輝く押し花を持っている。
その押し花を見て、陽菜は見覚えがあった。
同じものを、かつてエレナが父・康太に渡していたのを知っていたのだ。
エレナもまた、その時のことを思い出す。
妖精にとって押し花を渡すのは、感謝の印であると同時に、愛情表現の一つでもある。
エレナはなるほどと微笑み、陽菜も納得したように言った。
「なんだ、そう言うことか」
翅脈は顔を赤く染め、呟く。
「その……蓮様には助けていただいたので……」
「家には行きづらくて。でも、ここでもどこが居場所かわからず……それで……」
顔はまるでゆでダコのように赤い。
蓮は翅脈の傍まで歩み寄り、優しく言った。
「ありがとう、翅脈」
そして翅脈の小さな手にそっと触れる。
「アタイの名前、わかってたので?」
蓮は微笑んで答える。
「ああ、あの時、寝たふりしてたからな」
翅脈は顔をさらに赤く染めながら、呟いた。
「そういうことですか……」
そして、ようやく微笑みを浮かべた。
「翅脈ちゃんって言うんだね~」
エレナもにこやかに言う。
陽菜もその様子を見て、自然と微笑んだ。
そんななか、翅脈の瞳に玉藻の姿が映った。
玉藻はふわりと現れ、静かに言う。
「例のふたりが着けてきている」
玉藻が陽菜たちに告げたその瞬間、翅脈が帳を開いた。
「Grenzlinie 」
空気が震え、世界は一瞬で夕焼け色に染まる。
屋上の代わりに広がったのは、赤く燃える果てしない草原だった。
蓮は慌てて言う。
「翅脈! どうしちゃったんだ!!」
玉藻が告げる。
「この妖精は、わらわと戦うつもりでいる」
陽菜が冷静に答える。
「あいつは、人間になるのが目的」
「うん……。その鍵が今、目の前にいるんだもんね……」
エレナも頷きながら言った。
翅脈は玉藻に向かって、吐き捨てるように言った。
「アタイは人間になるのが目的。そして、その目的も今、はっきりしたので」
「九尾から欠片を奪い、人間になって蓮様をお守りする!」
翅脈の瞳には、揺るぎない決意が宿っていた──。
お付き合いいただき、誠にありがとうございました。
次回もお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。




