第28話:戦の結末 -エピローグ-
「陽菜ちゃんだったっけ? ごめんね~」
そう言って頭をかきながら笑ったのは、尚也だった。
「なるべく戦意喪失させないようにしようと思って……」
その軽口に、沙耶の眉がぴくりと動く。
「ざけんな! そういう態度、女性に嫌われるぞ!!」
「そういうお前も、男から好かれないぞ!」
尚也も負けじと応酬する。
陽菜とエレナは顔を見合わせ、思わず吹き出した。
「ふたりとも仲がいいんですね」
「なっ……!」
即座に否定し、慌ててそっぽを向くふたり。
そんな中、彩華が視線を鋭くして口を開いた。
「……にしても、なぜこのような茶番を?」
その一言に、場の空気が変わる。
玉藻がゆっくりと振り返り、琥珀色の瞳を細める。
彩華は言葉を重ねた。
「さっきの、蓮への攻撃。見掛け倒しのフェイクだったわね。そして以前、陽菜の自宅に現れた時も。あれも含め、すべては“演出”に過ぎない」
静寂が落ちた。
玉藻はふっと唇をゆがめ、やがて低く告げる。
「うむ……。わらわは “欠片と貌” と対話したのだ。場合によっては、手を貸してもらうためにな」
「手を貸す……って?」
陽菜が身を乗り出す。
玉藻は真剣な眼差しで、ひとつひとつ言葉を選ぶように告げた。
「わらわの欠片を持つ、もう一体の妖。そやつが動くならば……この地は、ただでは済まぬであろう」
重い沈黙が落ちた。
誰もが言葉を失い、空気だけが冷え込んでいく。
やがて玉藻は目を伏せ、淡々と続けた。
「無論、そなたらの自由だ。時が来たら教える……」
そう言い残すと、彼女は口を閉ざした。
その瞳の奥には、測り知れぬ思惑がかすかに揺らめいていた。
沈黙を破ったのは、陽菜だった。
「でも、欠片なくなっちゃったから……エレナはしばらく獣人化できないね」
それを聞いたエレナは少しがっかりした。
「うん……。御飯もいっぱい食べられないな……」
エレナは肩を落とし、しょんぼりした。
玉藻が手をかざし、その光景を制するように口を開く。
「案ずるな。ふたりには、わらわの欠片の一部を残してある。今まで通り、変わらぬぞ。その証拠に、今も人間のままであろう」
その瞬間、陽菜とエレナの胸元が淡い緑に輝いた。
「……ほんとだ」
「よかったぁ……」
思わずふたりは顔を見合わせ、ほっと息をつく。
「それに、陰陽師の娘にも稽古をつけねばならぬ。そこの若人にも、最低限の護身術は教えんとな」
「ほんとに!?」
彩華が目を輝かせ、竜司も前のめりになって声を上げる。
蓮は真剣な眼差しで玉藻を見つめ、静かに口を開いた。
「玉藻さん……陽菜がまた暴走しそうになったときに、それを抑える術も教えてください」
玉藻はわずかに口元を緩め、低く応じる。
「無論だ。だが、術では制御できぬ。それは、そなたの想い次第よ」
その言葉に、蓮の胸の奥の緊張がわずかにほどける。
彼は静かに頷き、陽菜の背中を見つめるのだった。
すると、竜司が静寂を破った。
「……よし! とりあえず飯食いに行こうぜ! なにせ彩華が“素泊まり”で予約しやがったからな!」
「え? マジ??」
陽菜が目を丸くする。
「しゃーねーだろ! いつ終わるかもわからんかったんだし!」
すかさず陽菜がニヤリと笑った。
「じゃー、責任取って、彩華のゴチね」
「はあっ!? なんでそうなるのよ!!」
彩華が全力で否定する。
エレナと沙耶は口元を隠してクスクス笑った。
そのやり取りに、緊張で固まっていた空気が一気にほぐれていった。
そんな中、沙耶がぽんと手を打つ。
「そうだ! 今日、私、尚也と帰るから。代わりに玉藻さんが泊まってね!」
「えーーーっ!?」
全員が一斉に驚きの声を上げる。
沙耶は両手を合わせて拝むように頼み込むと、にやりと尚也を見上げた。
「ってことで、尚也! 抱っこして送ってね♪」
小悪魔のように甘えた声色。尚也は眉間にしわを寄せ、即答する。
「マジで嫌だ!」
それを聞いた陽菜と彩華がニヤニヤと茶化す。
「尚也さん、照れちゃってるのぉ~?」
だが、尚也は真剣な顔で断言した。
「こいつ、前におんぶしてやったとき……寝ゲロ吐きやがったんだ」
「寝ゲロダイレクトは……マジでキツい……」
その一言で場の空気が凍りつく。
「……マジ?」
全員が青ざめて呟いた。
尚也はゆっくり振り返り、重々しい声で言い放つ。
「いいかい。世の中はね……甘酸っぱい青春群像劇だけじゃないんだ」
異様なほどに重い言葉だった。
「忠告、あ……あざす……」
全員が反射的にそろえて答えてしまう。
ただひとり、沙耶だけが怒り心頭で今にも爆発しそうだった。
来た道を戻りながら、一行は道路へと出る。
その道すがら、陽菜が蓮とエレナに囁いた。
「ねぇねぇ……沙耶さんと尚也さんって、歳の差カップルかな?」
エレナがニヤニヤしながら言う。
「うん、仲いいもんね~。可能性あるんじゃない?」
蓮は違うことを考えていたようで、少し真面目に口を開いた。
「あの人も、沙耶さんみたいに魔法が使えるってことだよね」
陽菜とエレナは顔を見合わせる。
しばらく考え込んだあと、エレナがぽつりと呟く。
「……きになるね。聞いてみる?」
だが蓮は、少しの間を置いて首を振った。
「いや、やめておこう。今は陽菜のことだけで精いっぱいだ」
その言葉に、陽菜は思わずムッとする。
「ちょ、なにそれ、ウチがお邪魔ってことみたいじゃん!」
エレナはクスクス笑いながら茶化した。
「陽菜、すねちゃだめだよぉ~」
陽菜もぷっと頬をふくらませる。
やがて三人は顔を見合わせ、こらえきれずにクスクス笑った。
その前では、まだ沙耶と尚也が歩きながら口論を続けている。
「だーかーら! あれは不可抗力だったの!」
「寝ゲロダイレクトは……マジでキツいんだよ!」
一方で、陽菜たちの後ろでは彩華が財布を開き、ため息混じりにお金を確認していた。
「奢る金ねーし……竜司、奢ってよ!」
「なんで俺なんだよ!!」
そんな掛け合いもまた、どこか楽しかった。
陽菜はエレナに言った。
「でも、まさか名前の由来がパチンコ屋だったとはね~。お父ちゃん泣いちゃうかもよ」
エレナは頭をかきながら照れ笑いを浮かべた。
「えへへ……」
「でも、なんでエレナって言ったの?」
エレナが少し考えて答える。
「分からない。たぶん、康太とお話したかったんだと思うの。名前も忘れてたし。それに、自己紹介は必要でしょ?」
陽菜は微笑んで言った。
「そうだね。でも、ウチはエレナって名前、好きだよ」
「陽菜~。いい子だねぇ~」
そう言うと、エレナは陽菜の頭を優しくヨシヨシと撫でた。
夕日に染まる山々を背に、二人の笑い声がそっと風に溶けていく──。
陽菜たちの冒険は、これからもまだまだ続く。
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それは、防衛大臣の執務室でのことだった。
ドアのノック音とともに、制服を着た自衛官の男女二名が入ってきた。
「直接、君たちが来るとは、よほどの事態かね」
男は無表情のまま口を開いた。
「閣下、この映像をご覧ください」
その男性自衛官がノートPCを差し出す。大臣は画面の動画をじっと見つめた。
「とあるユーチューバーの映像です。この女性……ご存じでしょうか」
それを見た、大臣の顔色が変わった。
「こ……これは、九尾か……」
「はい」
男性自衛官の返事を受け、大臣は低く呟いた。
「先日のスクランブル騒ぎもそうだが……動き出したか」
男性自衛官は説明を続けた。
「それと、この場所ですが……5年ほど前に強姦殺人事件があった現場です」
大臣は黙って男性自衛官を見つめる。
「犯人の三名はすでに刑務所に収監されていましたが、全員、不審死を遂げています」
「公式には心不全として処理されましたが、検視の結果では心臓を握り潰されたような痕跡が……」
大臣は再び動画に目を移し、低く呟いた。
「その犯人が、九尾の狐だと?」
「あるいは……この映像に映る誰かかもしれません」
今度は、女性自衛官が慎重に言葉を重ねた。
大臣は眉をひそめる。
「しかし、たかが少年少女に、このような力が」
「ですが、こちらの映像もご覧ください」
男性自衛官はそう言うと、動画のシークバーをスライドさせた。
「明らかにCGではなく、別次元の空間内での出来事のようです」
それは、陽菜たちが怪異と戦っている映像だった。
さらに女性自衛官が付け加えた。
「気になって身辺を洗いました。すると、この青髪の女性、動画上では“エレナ”と呼ばれている子ですが、マイナンバーも、戸籍も、病院記録も、一切存在しませんでした。もちろん、出生も不明です」
大臣は目を細め、重々しく言う。
「なるほど……だから、君たち“別班”で調査したい……というわけか」
ふたりは声を揃えて答えた。
「はっ!!」
大臣は頭を抱えながら言う。
「いいかね。“別班”は国外事案をメインとする諜報部だ。国内事案については警察庁がうるさい……」
男性自衛官が答える。
「ですので、ここへ参上した次第です。加えて、これは警察が対処可能な事案でもないでしょう」
大臣はしばらく考え込んだあと、静かに頷き、決意を込めて言った。
「必要予算は承認する。調査したまえ。総理には私から伝えておく」
自衛官の男女二名は敬礼をし、静かに執務室を退出した。
大臣は肩の力を抜くことなく、独り言のように呟く。
「全世界に流れてしまうとは……荒れるぞ……アメリカも、中国も黙ってはおるまい……」
そのまま内線に手を伸ばす。
「至急、総理官邸へ連絡。時女様のお目通りを願うよう、総理に通達しておけ」
「……なんでもいい! そう言えば、伝わる!!」
その瞬間、国家をも揺るがそうとする事態が、静かに動き出した──。




